ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 岩本裕著  「世論調査とは何だろうか」 (岩波新書 2015年5月)

2016年07月05日 | 書評
国民の意志や意見を伝える世論調査は、民主主義社会の武器となりうるか 第3回

序(その3)

本書はこの問いの答えになるかどうは分からないが、選挙だけではわからない国民の意見、まさに民意をはかるために、「世論調査」があると主張しています。こういう政治状況だからこそ、国民が政策に納得しているかという「民意」を政権に突きつける必要性があるのでしょう。それが世論調査がますます重要性を増す理由であると本書は断言してます。しかし世論調査の数字は魔物です。マーク・トウェインは『世の中には三つの嘘がある。嘘、大嘘、統計だ」といっています。ハフは「統計で嘘をつく方法」という本を書いています。ダレル・ハフ著  「統計でウソをつく法」(講談社ブルーバックス 1968)は統計が陥り易いバイアスについて次のようにまとめています。この問題については本書第5章に重なっていますので、本書第5章の統計のバイアスについては省略します。
1) 1924年度のエール大学卒業生の年間平均所得は25111$である。(当時ですごい高給である)
(種明かし)税務署調査ではないので事実より大げさに給料を申告する。安月給の人や失敗した卒業生は答えてこない。答えてきたのは成功者ばかり。(教訓)最初からサンプルに偏り(歪み)があった。この集団は全体を代表していない。
2) 当社の平均賃金は5700$である。(こんなにもらっている人は誰、殆どが平均以下)
(種明かし)平均の定義をしないで、算術平均値を公表した。数少ない高級取りに引きずられた。(教訓)平均には算術平均、中央値、最頻値がある。"平均にだまされるな"。
3) A君とB君はIQテストを受け結果はA君が98、B君は101であった。A君の母親は自分の子はB君より劣るのではないかと劣等感に悩まされている。
(種明かし)IQには確率的誤差±3%を含む。標準は100±3であるので範囲は(97-103)である。(教訓)絶対値は気にするな。全ては誤差を含む。誤差範囲内にあれば同じ。
4) 夜のドライブは危険が倍増する。(警察がよくする話で本当だと思い込んでいる人は多い)
(種明かし)大体真実らしいが結論ではない。夜のほうが交通量が多いからで、交通量を同じにして評価しなければ結論づけられない。(教訓)ベースとなる数字の原単位はなにか。
5) 6月の自殺者が最高となるのは、6月に結婚が多いからだ。(結婚は人生の墓場)
(種明かし)相関はあるが、全く因果関係の無い2つのお話。春には好転するだろうとがんばってきたが一向に良くならない今日の景気に絶望。(教訓)偶然の相関は原因結果ではない。
6) シカゴ紙は169社の調査で3分の2の会社は朝鮮戦争で物価が高騰して苦しんでいると発表した。
(種明かし)1200社のうち回答があったのは169社(回答率14%)に過ぎなかった。(教訓)回答率を秘密にした話はウソ(バイアス 歪み)がある。
7) 中国のある新疆自治区の人口調査が中央政府の各部署より依頼された。年金関係調査には1億人と答え、国勢調査には3000万人と答えた。さてどちらが正しい回答か。
(種明かし)お金がもらえる調査では多く答え、税金や徴兵の基礎資料となる調査には少なく答えた。(教訓)調査の趣旨に応じて回答者は答えを選んでいる。真実を述べていない。
8) 1935年の英国の国勢調査では農村人口が50万人も増加した。農村へ帰ろうという社会現象と解説された。
(種明かし)農家の定義が前年より変更になった。(教訓)政府統計資料にはこの手のすりかえが多いので要注意。
だから世論調査という方法は取扱注意です。その注意点も本書で説明しています。科学的世論調査は民主主義社会の中で私たちが持つ武器ですと筆者か結論づけた。憲法改正を巡る問題と国民投票といった大問題に世論は決定的な影響力を発揮するでしょうが、地域行政の政策決定とという直接民主主義に多いに効果を発揮すると期待される。討論型世論調査やパブリックコメントという手法が、原発事故後に民主党内閣府で採用され、熟議型民主主義の芽生えが現れた。世論調査という手法が民主主義の根幹に展開するのも本書の魅力である。本書はそれほど難しいことは言っていない、統計学や社会学、政治思想の本でもない。メディア関係者でNHK世論調査の担当者の感想と思いを書いた本である。

(つづく)