ブログ 「ごまめの歯軋り」

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吉田武 著 「虚数の情緒ー中学生からの全方位独学法」 (東海大学出版部 2000年2月)

2016年05月16日 | 書評
全人的科学者よ出でよ! 好奇心に満ちた健全なる精神を持った人のために 第12回

第Ⅱ部 数学

第7章 虚数 (その2)

著者吉田氏は本書の題名「虚数の情緒」について語り始める。数学には美しさが必要だに始まり、数学の研究には感情が中核をなすといった岡潔氏の言葉を引用する。私も高校生の頃読んだ岡潔氏の「春夜十話」という本で、情緒が大切だというくだりを読んで、なぜと訝ったことを覚えている。その問題はそのままのして五十年が流れた。ここでまた吉田氏から情緒の話を聞いた。分かるということは人様々の理解があること、そこには脳の根底において納得という感情が強く働いているである。虚数の情緒とはなんだろう。虚数がもたらす多面的な美しさを本書はこれでもこれでもかと指し示した。虚数は確かに数学の見方を一変させた。これに不満な人も多いだろうが、これほど理論の美しさはないと吉田氏は言う。代数とは具体数の計算より、17世紀にデカルトにより数の代わりに文字を用いることで抽象化の道をたどった。2次方程式の判別式が負となることは、根を持たないというべきか、虚数根を持つというべきか大いに議論があった。16世紀タルタニアが一般的な3次方程式の解法を虚数を前提とした手法にしたのである。負数の平方根に意味を持たせた。以来ガウス、コーシー、アーベル、リーマン、ワイエルシュトラウスらにより、虚数の数学が本格化した。負数の平方根を堂々と「虚数」と呼ぼうという様になるのに200年かかった。実数と虚数の和を複素数とすることで複素平面という二次元ができた。微分積分は平面における連続関数を基礎として、「解析関数」の研究がデカルトによってはじめられた。20世紀になると量子力学において、シュレージンガ-方程式 ih'φ=Hφ(h'プランクの定数 Hハミルトニアン、φ波動関数)に堂々と頭に虚数を冠している。物理の実世界においても、虚数なくしては表現できないのである。アインシュタインの特殊相対性理論、ディラックの一般相対性理論は時空の物理学を創設した。そこにおいて用いられるのが、ローレンツ変換で不変な量 s^2=x^2+y^2+z^2-(ct)^2を、s^2=x^2+y^2+z^2+(ict)^2とおくと、時間と空間を区別せずに扱える「時空のユークリッド化」という相対性理論ができたのである。ここで虚数が重要な位置を占めている。ホーキングは時間は虚数なのではないかという、一方的な時間の流れを提起している。実世界を研究する物理学において「虚数の実在性」さえ主張されている。数学的取扱いに便利な仮の数という意味ではなく、重力や量子電磁気学の「場の理論」において虚数の実在性が議論されている。

(つづく)