ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

読書ノート 中里成章著 「パル判事ーインドナショナリズムと東京裁判」 岩波新書

2012年03月01日 | 書評
東京裁判でA級戦犯無罪を主張したインド代表パル判事の評伝 第3回

序(3)
 ラグビノド・パルは東京裁判でインド代表判事を務め、A級戦犯の被告全員が無罪であるとする反対意見書を提出した人として知られる。日本は敗戦後60年以上たっても、ドイツと違って主体的に侵略戦争を反省せず、未だに歴史認識問題を引き摺ったままである。村山談話・河野談話が日本政府の公式見解だとしつつも、裏では日本憲法はアメリカの押し付けられた憲法だといい、アジア太平洋戦争は侵略戦争ではなく自衛戦争だとする「大東亜戦争肯定論もしくは免罪論」を言い続けているのが、日本保守本流勢力の認識である。小泉元首相は公然とA級戦犯が祀られる靖国神社を参拝して中国・韓国外交関係を破壊して反省がなく、岸信介元首相の孫にああたる安倍元首相は2007年訪印しパル判事の孫に面会した。安倍は「戦後レジームからの脱却」を唱える自民党最右翼の政治家である。戦後を卒業して、もっと古い戦前に戻りたいとする日本旧支配層の生き残りである。安倍が持ち上げようとしたパル判事はインドではすっかり忘れられた存在であったという。現地カルカッタではパルの研究者もいないので誰も安倍元首相の行動に言及する人間はいなかった。日本では異様な「評判を得ている」パル判事の全貌を明らかにし、「パル」シンドロームの本質を明らかにしたいという動機が中里氏に本書を書かせた。日本の研究者でパル意見書をきちんと読んだ歴史家は「教科書裁判」で有名な家永三郎氏である。家永氏は「パルは日中戦争の引き金となった盧溝橋事件を全く誤認している。全編を貫くパル判事の強烈なイデオロギー的偏向には唖然とせざるを得ない」という。パル意見書を批判する学者達の主張は「パル意見書は裁判の意見書の形式で書かれているが、実は政治性の強い文書だといって差し支えない」という。政治性とは反共、民族主義、汎アジア主義、反人種主義なのか意見は一致していないが。著者はパルの実像を追及したいという。
(つづく)

読書ノート 小坂井敏晶著 「人が人を裁くということ」 岩波新書

2012年03月01日 | 書評
裁判とは共同体に対する反逆を封じる秩序維持装置である 第10回

第2部 秩序維持装置の解剖学 (2)
 自白を誘導する心理操作術について本書は心理学的に解説しているが、よくテレビでお目にかかる場面であるので詳細は省略したい。被疑者の情報を遮断して絶望に追いやりやさしい言葉で落とす手管である。日本で捜査期間中に弁護士を呼ぶ被疑者は10%ほどで、その弁護士も検察とグルの場合が多い。被疑者の利益を守る弁護士は7%にすぎないという。日本の捜査は物的証拠よりは自白に頼ることが多い。検事の自白調書の文章作成力(ストーリー)がすべてである。米国には司法取引があり捜査に協力すると罪が軽くなるという仕組みで自白を誘導する。日本でも検察の自由裁量権は大きい。オーム真理教の捜査において協力した林被告は罪一等を減じられ、死刑から無期になったといわれる。自白とともに目撃証言は決定的影響を判決に与えるが、目撃証言がいかにいい加減かは、よく心理学実験で確かめられている。死刑冤罪者の8割近くに目撃証言があった。最初は目撃記憶に自信がなくとも、警察から示唆されると次第に自信を持ち始めるから記憶というのは性質が悪い。そして犯罪化説が検察によって構成されると、合致しない事実は無視され、あるいは合致するように(つじつまが合うように)歪曲解釈される。捏造までしてしまったのが、大阪地検特捜部のフロッピー書き換え事件であった。証拠捏造は米国の警察官の1/6にも上るという。鑑定すり替え・偽造も多い。被疑者の虚偽自白強要による冤罪事件の典型的なものに、甲山事件、土田日石ピース爆弾事件、足利事件などがある。一番悲しいのは、自暴自棄に陥った被疑者がどうにでもなれと、検察の物語(供述書)に署名してしまい、そしてそれを何度も繰り返し聞かされることで、自分の記憶を偽造することである。
(つづく)

文芸散歩 蜂屋邦夫訳注 「老 子」 岩波文庫

2012年03月01日 | 書評
中国戦国時代の「無為自然」を説く思想書 第25回

第57章 「以正治国 以奇用兵 以無事取天下 吾何以知其然可哉 以此・・・」
正道によって国を治め、奇策によって戦い、事を起こさないように天下を統治する。世に禁令が多くなると人民は離反し、世に武器が多くなると国家は乱れる。世に技術が盛んになると邪なものが生まれ、世に法が横行すると盗賊が増える。何もしないと人民はよく治まり、豊かになり、素朴になる。(文明論、法治主義批判)

第58章 「其政悶悶 其民淳淳 其政察察 其民欠欠・・・」
政治が大まかであれば人民は純朴である。そもそも絶対的正義で割り切れることは何もない。禍福あざなえる縄に如しというように「相対の道」の両極に迷ってはいけない。(文明論、法治主義批判)

第59章 「治人事天 莫若嗇 夫唯嗇 是謂早服・・・」
人を治めるには吝嗇が一番である。国を治める根本の道である。財を積むのではなく、徳を積めば勝てないものはない。(文明論、もったいない運動)
(続く)

筑波子 月次絶句集 「弥生三月」

2012年03月01日 | 漢詩・自由詩
雪裡寒梅且後時     雪裡寒梅 且つ時に後れ

北陰不発到南枝     北陰発せず 南枝に到る

弥生三月春風転     弥生三月 春風転じ
 
疎影横斜淑景移     疎影横斜 淑景移る


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(韻:四支 七言絶句仄起式  平音は○、仄音は●、韻は◎)
(平仄規則は2・4不同、2・6対、1・3・5不論、4字目孤平不許、下三連不許、同字相侵)