橡の木の下で

俳句と共に

選後鑑賞平成28年「橡」4月号より

2016-03-27 10:13:34 | 俳句とエッセイ

選後鑑賞     亜紀子

 

夕づくや雪の大根一つ引く  服部幸次

 

 

 立春を前にしてよく雪が降った。これまでめったに降雪を見なかった地方で案外に積もって驚かされた。掲句もそのひとつだろうか。おろしにするのか、汁の実にするのか、夕食に使う大根一本を庭畑に抜きに出た。雪の上に首を出し、大きく開いた青い葉にも雪を被ている。「大根一つ引く」に夕暮れ時のどこか侘しい静けさが伝わって来る。

 

立春や鳩のきらめき又翳り  田辺良子

 

 気温より先に日差しが春めいてきた。鳩の群の旋回。一瞬光を受けて輝き、さっと翻って暗む。朝の空で折々みかける光景も、今日は立春ゆえに際立って見える。

 

浅春や日溜りに刈る夫の髪  買手屋一草

 

 年季の入った夫婦の日常。日溜まりは縁側か、明るい窓辺か。外気はまだ冷たいのだが、二人を包む日光が眩しい。浅春が効いている。

 

古雛や古里こぞり街起し   柴宗平

 

 雛人形による街起しは全国各地に広まっているようだ。その多くは城下町、宿場町など古い町並の保存されているところ。由緒のある雛人形も残されていて、町の至る所に飾られ観光客を楽しませる。作者とは愛知県豊田市足助町の雛まつりを吟行したことがある。飯田街道(中馬街道)の宿場町。山間の宿である。素朴な土雛も多かった。それこそお雛さんもこぞり出て過疎の地域興しを買って出ているようだ。

 

寒雀ねぐら談義のひとしきり  谷本俊夫

 

 雀の塒は葉の茂っている樹木、竹薮などがほとんどだそうだ。しかしわが町の郵便局のビルの壁には日が落ちる頃になると雀たちが集まってきて姦しい。人口の建造物でも塒になるらしい。掲句のままである。ひとしきりお喋りが続き、いつの間に静かになると闇が落ちている。

 

寒念仏犬の遠吼えしてゐたる  窪田郁子

 

 身を切るような寒の朝、鉦とお念仏の声、かぶさるようにどこかで犬が長鳴いている。現在の風景か、遠い日の思い出か。念仏と犬の遠吠えが雰囲気を伝える。

 

四囲の音消えて降り継ぐ牡丹雪 指宿エミ子

 

 一月末、強い寒波に見舞われた日本列島、鹿児島も氷点下の気温記録を更新した。あちこちに記録的な降雪。鹿児島県は九州最南端に位置しているが、あながち雪が降らないわけではないようだ。しかし今年の降り方は特別だったのでは。周囲の音をみな吸い込んでしまうような春の雪。ことさらに耳を澄ます作者。

 

涅槃会の団子丸める座につきぬ  西野喜美子

 

涅槃団子悦びて艶出でにけり  星眠

 

 涅槃吟行から戻る父が土産に涅槃団子を持ってきてくれた。緑、ピンク等、きれいな色の小さな団子。とうとう一緒に涅槃寺を尋ねる機会はなかったけれど、懐かしい思い出のお団子。掲句のように善女が寄り合って、各色に染められた米粉の団子を丸めるのだろう。

毎年顔馴染みのお仲間。手を休めることなく働きながらも、和やかなお喋りが聞えてきそうだ。

 

木の中に雪宿りせる雀たち  荻野光子

 

 降り続く雪を避けている雀たち。時折羽を振う。何かしらと覗いてみた作者。思いの他の数の雀が隠れていた。木の中にと平易に詠い出し、雪宿りと優しく言い取って、小鳥に寄せる心が出ている。