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橡の木の下で

俳句と共に

「百合匂ふ」令和7年「橡」7月号より

2025-06-28 16:10:09 | 俳句とエッセイ
百合匂ふ   亜紀子

あるか無き身にも縄張り糸とんぼ
脇長屋夕日うつろふ薄暑かな
会へばまた別れは来たり若葉雨
若きらを乗せて離陸の風薫る
朝涼し花の名前を尋ねあひ
朝あさの社にこぼる黐の花
眠りこそ妙薬ならめ椎の花
フォロワーはロマンス詐欺師百合匂ふ
杜鵑ひと日こつきり忽と消え
ビルの谷奔流のごと神輿渡御
囀るやニコライ堂の庭雀
若葉風通ふ貧しき神父寮
聖堂は小さし枇杷の実まだ青し
寝返りが打てたとラインこどもの日
秘蔵つ子の一羽となりぬ軽鳧のひな


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「神田神保町界隈吟行会」令和7年「橡」7月号より

2025-06-28 16:04:19 | 俳句とエッセイ
令和七年神田神保町界隈吟行会
            選評 亜紀子

入選

一席
腰窓にマロニエの花書肆二階      山﨑淑子

毎年五月大会は橡(マロニエ)の花の盛り。神保町の横町にも紅花トチノキの並木が続いていた。界隈には戦災を免れた趣深い建物が残っている。腰窓、マロニエの花、書肆の二階、どこかウイーンあたりの素敵な街角に居るような。

二席
平積みの赤札古書にみどりさす     緒方眞帆子

いかにも古書店街の五月。良き出物が見つかったろうか。

三席
友を待つ古書肆に聞くや祭笛      松尾守

 折しも神田祭のこの日、どこに居てもどこからか威勢のいい鉦、太鼓の音が聞こえて来た。

古書店の長居の翁夏帽子        勝部豊子
風薫る理工専門書の書泉        深谷信郎
立ち読みのはしごの神田ソーダ水    吉藤青楊
古書街で父の書に逢ふ青しぐれ      鳥越やすこ
少年の素足踏ん張り太鼓打つ      小谷真理子
もむたびに肩に食ひ込む荒御輿         大塚洋二


五月大会も四十一回を迎えました。運営を担ってくださった幹事様がた、また遠方をお越し下さったかたがた、全ての皆様に感謝です。今年は趣変わり神田神保町の吟行会も楽しいものでした。神田祭真っ最中、これまで皆様の俳句でしか知らなかった、否、知っていたように錯覚していた祭の賑わいを肌で触れ得たことも収穫でした。
 
吟行会参加者詠草

スマホ繰る店主や古書の街薄暑     福元和雄
立ち読みの柳の青む古書通り      吉藤淳子
黒南風や古書肆に地上げ阻止の檄    久保裕子
宮入りへ神輿躍らせ神田町       杉山哲也
古書店の若き店主や青楓       松本もとじ
開け放つ古書肆の扉のどかなり    北原和音
聖堂の影に点りし白十字       折田幸弘
春光のとどく古書肆の中二階      谷眞理子
銀輪を降りず本繰る春の書肆     志水美穂
相乗りの力士降りくる祭笛      斎藤博文
古書街の閉店多し黄金週        藤田重信
古書漁る神保町や若葉風        菅原ちはや
神田祭犬も揃ひの法被かな       佐野愛子
薫風やチャリのまま選る文庫本     大出岩子
神輿五基ゆくしんがりは乳母車     仲上順子
練り歩く神輿に続く清掃隊       片岡嘉幸
金箔の神田神輿を扇ぎけり       馬場奈穂子
地下店に舁き手休ます夏祭       藤原省吾
御神輿の波遠ざかる学生街       吉村姉羽
夏来たる釣人今も外堀に        梅沢仁治
夏近きカフェや野ばらのティーカップ  瀬尾とし江
浮世絵店多国語弾み春うらら      今井はつ江
夏空に吸はれし神の白き鳩       後藤知朝子
夏めくや古書街カレー激戦区      中野順子
バブーシュカの母子額づく春の燭    縄野むつみ
橡咲くや古書店街の華やぎぬ      清野富子
古書の街神田祭の注連飾る       角田はる子
棚主をつのる古書店風五月       木村恵里子
夏来たるカレーの聖地神保町       飛川亮子


 
          

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選後鑑賞令和7年「橡」7月号より

2025-06-28 16:01:22 | 俳句とエッセイ
選後鑑賞    亜紀子

太陽の塔は熟年夏に入る     渡辺一絵

 一九七〇年開催された大阪万博。橡会員の多くは記憶にあることと思う。「人類の進歩と調和」を誰もが、少なくともあの当時の我が国は、信じて疑わなかった。かくいう自分も子供ながらに胸踊らせて来場者ごった返す会場に居た筈なのだが、これといって覚えているものがない。未来像のようでもあり、埴輪のように古代の像のようでもあり、岡本太郎の太陽の塔の一種異様な迫力だけは印象に残った。
 本年五月、塔が国の重要文化財に指定されるとのニュース。掲句はこのことを踏まえていると思われる。 
現役時代の煮えたぎるエネルギーが五十年余を経て深く沈潜し、今文化財となった事実を「熟年」と捉えたものと解釈。熟年というのは一般的に中高年齢層のこと。その上で夏に入るの季語が、今も健在という思いを暗示しているようだ。真夏の熟年でありたいもの。
 ちなみに二〇二五年、まさに開催中の大阪万博は末は賭博場になるそうだ。私たちは如何なる道を歩んで来たのだろう。

春寒の昼餉レンチン独りごつ   福井純史

 レンチン、電子レンジで食べ物を温めること。タイマーがチンと鳴って温め終了を知らせてくれる。私の辞書には載っていないが、皆お分かりと思う。電子レンジで温めるなどとは言わず、料理の先生でも「チンする」と表現する昨今。まことに生きている言葉は面白い。春寒、独りごつの語にいい男が一人でぼそぼそと昼飯を食べる様子を見る。この二語がレンチンの語を生かしてくれる。

常節の巣穴を探る磯あそび    北山委子


 トコブシとアワビの違いは?トコブシは小さく、身が柔らかい。煮付けておせち料理に入っている、というのが私の理解。どんなところに棲息しているのかなど全く分からない。広辞苑によればトコブシは浅海の岩石下などにすむとある。掲句作者は海に親しいようだ。上からは見えない岩の奥に手探り、あるいは棒など突っ込んで探りを入れるのか。光眩しく、生き物ひしめく春の磯遊びは楽しそうだ。トコブシはアワビと同様に漁業権の対象で、勝手に採ってはいけないとある。それゆえ掲句もあそびとして押さえているのかと思う。

金継の筆先照らす花明り     泉川滉

 破損した陶器を漆で接着し、装飾として金粉を撒く。修繕の技法でありながら、繕われた器はまた新しく生まれ変わり、末永く愛用される。日本で生まれた金継は今海外でも注目されているとのこと。その工程は複雑だそうだが、旅の思い出に金継をというツアーなどあるらしい。
 掲句、筆先とあるがどの工程か。やはり金粉を撒く筆だろう。花明りのもと、美しい和の光景。

ヘルパーの手捌きすぐれ株分くる 吉田庸子

 介護のヘルパーさんは依頼人の要請によって提供するサービスは様々。今日は鉢の株分けを手伝ってくれたらしい。園芸好きな作者と園芸に長けたコンビのようだ。手捌きすぐれとあるから、てきぱきと時間内に作業を終えてくれた様子。春の土いじりはその先の花々が楽しみだ。

茅花流し江の島今日も賑はへり  吉川フミ子

 小学六年の修学旅行は江ノ島だった。今も昔も観光名所。あれは秋の旅だったけれど、やはり夏が御誂え向きだろう。茅花長けて靡く頃、やや重たい海風もいかにも江ノ島らしい気分。



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「沢ふたぎ」令和7年「橡」6月号より

2025-05-29 14:09:43 | 俳句とエッセイ
沢ふたぎ   亜紀子

節まはしかろきいかるに木々芽吹く
沢ふたぎ真白の花を瀬に渡す
新緑に今日若返るひと日かな
四重奏緑の雨を大玻璃に
新緑にところを得たり作り滝
吹流し燕も蝶もひるがへり
方丈をしぬぎ幾年桐の花
この先は花を眼下に高架線
花よりも月の真白き帰り道
体操の後はおしやべり春落葉
朝あさを祈る人あり花は葉に
黒北風と呼ぶらし木々も震へをる
すんなりと慣らし保育や燕くる
入園式みどりごとても畏まり
侘び寂びが分かると赤子花を見る



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「現代世相俳句」令和7年「橡」6月号より

2025-05-29 13:51:50 | 俳句とエッセイ
現代世相俳句    亜紀子

 一夜の雨に、ベランダから眺めている緑が一気に盛り上がり迫って来た。季節は加速し、移って行く。緑の中から揚羽蝶が二つ縺れ出る。隣接する庭園の牡丹は終わり、今や楓や楠、椎の若葉が日々匂わんばかり。その庭園の方から流麗な鳥の声。おそらく渡りの途次のオオルリだ。昨日開園前の垣に沿う道で姿を見かけたから間違いない。今朝もまだ人の訪れのない庭で、せせらぎを覆うような若楓、サワフタギや卯木の花を喜んで歌っているのだろう。
 昔私が赤ん坊だった頃、外に出ると青葉若葉がちらちらと揺れるのをじっと見ていたそうだ。この子は詩人だよとは今は亡き伯父が残してくれた言葉。それは自分の子供たちの幼かった日々にも同様で無心に緑の葉擦れを見つめていた。子供は皆詩人なのだろう。幼稚園のママ友の一人は何か落ち込んだ時、子育てに悩んだ時、とにかく緑の木の下に行くのだと言っていた。緑には力があるのよと。小学生になった子の野外学習に付き添った日のこと。どの子らの表情にも教室では見たことのない輝きがあった。緑には真実力がある。
 自然が力を与えてくれる。自然は私たちの体内に分かち難いものとして存在している。否、私たちの存在そのものなのだ。だからこそ、橡俳句は自然を友とし連綿と詠い続けてきた。時が変わっても変わらぬものは自然であり、それが脅かされるときは私たち自身危うい時である。清浄な高原俳句の世界を懐かしむ。
 その一方で世の中の変化とともに橡俳句も変わってきたのは確実だ。ここ最近の句をあらためて振り返る。

啓蟄や公園デビュー靴鳴らし  永山比沙子
        (令和三年 五月大会特選)

 コロナ渦中にあり吟行に出るのは難しく、五月大会も紙上で開催された時期。靴を鳴らしているのは歩き始めた曽孫ちゃま。ケータイに送られたきた動画を見ての作。思わず懐かしい歌「靴が鳴る」が聞こえてくるようで、小さな動画の画面のさらに向こう、春の野の広がりを想像する。ケータイ動画やメールを題材の句は増えている。

こんにやく咲く冬やトランプ返り咲く  吉沢美智子
            (令和七年一月 橡集)
 トランプ大統領再選。コンニャクの花のいささか不気味な様が暗示的で、就任後四ヶ月になる現在にも通じているか。どんなことでも俳句になる。

短日の迷惑メール切りもなく   市川美貴子
友の訃のメール一行虎落笛    國廣辰郎
世とへだつスマホ圏外葛咲けり  藤原省吾

 老いも若きもスマホやパソコンなしでは不便な日常。日常そのものであるから、そこに俳句が生まれるのも当然の成りゆきであり、それぞれの切り口がある。

小康のネイルアートや秋灯下   市田あや子

 ネイルアートは若者文化という思い込みがあったが。秋灯のもと、自分の指先を見つめた作者は今は帰らぬ人。

正月を救援物資粥啜る      島崎善信

 あれから既に一年と半年、毎月の投句に能登を思う。

園丁のインターンシップ龍田姫  市川美貴子
種蒔ロボット秋には稲を刈るさうな 原口淑美
探梅やナビに引かれてかくれ里  高嶺京子
麻酔熊深雪の穴に戻されて    伊藤霞城

 折々の世の姿も全て五七五に。

手拍子のホームにひびく雛まつり 宮口喜代子
シルバーツアー桑の実あれば摘み食らふ  岩壽子
ヘルパーと買ひ物ひらく春炬燵   大野藤香

 他にもデイケア(デイ)、介護、介護士、セニアカー、リハビリ、脳トレ、免許返納などなどの語、何もかも詩にする頼もしい俳句の友垣。
 こうして見てくると一句の味わいの深さは季語にあるようだ。季語が滑ってしまうと、詩の味わいは薄れてしまう。結局私たちは自然の運行のうちに生きているのを改めて思う。さて皆さんの感想はいかに。
  
            
  
            

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