選後鑑賞 亜紀子
菖蒲湯や子等は年中かすり傷 岡田まり子
自分の子供時代、確かに年中かすり傷だったような気がする。今のような便利な絆創膏はなかったから、ちょっと水洗いしただけだったろうか。少し傷が大きいときは赤チンというのを丸めた脱脂綿に浸してピンセットで摘んで塗ってもらった。赤チンは製造過程で水銀を含んだ廃液が発生するということで生産中止となって今の子供たちは知らないだろう。ちょっと怪我を繰り返すくらいが元気の証拠。菖蒲湯には色々薬効があるらしい。子供達が丈夫に育って欲しい親心。遊び場が減ったり、塾や習い事、ゲームにSNSに忙しかったり、現代の子等の環境は昔とは違うのだろうが、いつの日も子供が伸び伸び手足を広げ、走り、跳んで遊び回れますように。
五月雨やひくき家並の赤瓦 松瀬弘佳
赤瓦の家並み、趣深い古くからの街並のようだ。鳥取、島根、山口あたりか。掲句の趣からは沖縄は除外。鳥取の倉吉が赤瓦の街として有名らしい。何れにしても、傘さして歩いてみたいものだ。
五月雨や大河を前に家二軒 蕪村
赤瓦の五月雨も絵になりそうである。
夏萩に吹く風忌月淡くゐて 西村惠美子
夏萩、緑の中に小さなピンクがかすかに揺れて、涼やかで、時に少し寂しい。その人を見送ってからだいぶ年月が経ったのだろう。忌日が巡ってきたなと忘れはしないが、特別なことをするわけでもない。我ながら淡くなったと思いながら、やはり慕わずには居られない。
将棋指す祖父の手ほどき夏座敷 掛川芳枝
藤井聡太の大活躍で将棋界は盛り上がっているようだ。興味を持つ子も増えているのだろう。しかしお祖父さんの時代は将棋はもっともっと人気があったことと思う。正座してその教えを乞うお孫さん。涼しく整理の行き届いた夏座敷がぴったりの場所だ。
ところで我が家のすぐ目と鼻の先に藤井七冠永世棋聖が師匠とよく通ったというカフェがある。カレーが好きだったとか、真偽のほどは定かではないが。また七夕には徳川園で王位戦の第一局が開催される。将棋ファンでもない私も何だか胸がざわついている。
みどりさすかつて信徒の隠れ巌 小泉洋子
五島列島、隠れ耶蘇の村。隠れ巌とは洞窟だろうか。明治政府がキリスト教を認める方針を打ち出すまで過酷な迫害に耐えた信徒。みどりさすの語にその後の安寧とそれ以前の歴史の重みの二つを思う。
貯木池のすたれて梅雨の鰡太し 上尾太郎
輸入に押されて国産の木材の需要が減ってしまって久しい。それゆえの貯木池の衰退ということのようだ。水面を打って翻った鰡の胴ばかりが丸々と大きい。さみしい限り。国内の木材を省みず、林業従事者は減り、山は荒れ、本当にさみしいばかり。
夜鷹鳴き酒酌み交はす無人小屋 宮﨑清之
山小屋の一夜、リズムを刻む夜鷹の声に更けてゆく。一日の行程の話、あちらの山、こちらの山の四方山話。美味しい一杯が重なっていくようだ。
ダービーや夫拳もて膝叩く 市田あや子
俳人にしてみればダービーは初夏の一季語。日本中央競馬会が主催、府中競馬場で開催され、実績のある三歳馬にとって最も栄えあるレースとのことだ。俳人ではないご主人にとっては思わず拳に力の入るレース。中七下五の実況中継が見事。
植樹祭后のお召うすみどり 松井亜作枝
今年度の全国植樹祭に天皇皇后両陛下が出席。その際の皇后は植樹に相応しい淡い緑のスーツがよく似合って。掲句からは后の来し方に思いを寄せている作者の心情が感じられた。うすみどりという語の効果か。