選後鑑賞 亜紀子
残雪に間伐すすむ山毛欅林 阿部琴子
山毛欅の森は美しい。新潟には名を知られた山毛欅林がある。森を健康に保つための間伐作業は葉を落としているこの時期に行われるのだろう。いまだ冷たい空気をチェーンソーの音が震わせる。残雪、すすむの語に自ずと雪解け進み、芽吹きの季節がすぐそこに来ていること、これからの瑞々しい木々の季を思う。
日永しや見越しの松に庭師ゐて 中山正子
お屋敷の塀の上、松ケ枝に人影を見る。おや、庭師がまだ仕事中。もうこんな時間なのに、そういえば明るい。日永の情感たっぷり。
咲き初めし花に車窓を寄せくるる 南雲節子
家族の車で外出の折、たまたま咲きはじめたばかりの桜に出会ったのか。お花見に来たわけではないが、俳句の種の一つにでもとの心遣い、花の傍まで車を近づけてくれる。まだ咲き初めたばかりの花というところ、いっそう思いやりの深さを感じた。
襟元を直し合ひたり新社員 長井恒治
つい最近、どこの会社の新人研修、あるいは親睦会か、リクルートスーツに身を包んだ一団が徳川園の美術館の前に集合しているのに出会った。先輩とおぼしき引率者と新人とは同じような格好をしていても区別がついた。なんとなく緊張気味の一団ではあったが、お天気の良い日でどの表情も明るく見えた。掲句のような始まりから、後々まで、同期の繋がりは特別なものがあるらしい。
十三まゐり雨に肩寄す一つ傘 小谷真理子
関東で育った私には十三詣りの体験はない。しかし最近では関東でもお祝いする所があるらしい。数え十三歳になった男女が虚空蔵菩薩にお詣りして福と知恵を授けていただくという行事。一度関西での吟行の折にお詣りの家族に出会ったことがある。美しい着物の女の子、母親、父親。今時の子は十二、三歳ともなると体も大きくしっかりして見えるが、ようやくティーンエイジャーの入り口。両親と一緒の姿はやはり初々しい。掲句、あの家族がたまたまの雨に一つの傘に寄り合う姿を想像できた。音調がお詣りの情緒を表すのに一役買っている。
蓮を植う板一枚に身を置きて 高田くにゑ
蓮根畑、田んぼと言うべきか、蓮根栽培の作業は暑い最中も寒い冬もいつも泥の中。掲句は春先の種蓮根の植え付けと思われる。板一枚に乗っての作業というから、あらかた水を抜いてある田なのだろうか。こういうことは実際を見たことがないと分からないが、身を置きての措辞に蓮田に働く人へ心寄せている作者の心が見える。
断捨離の七段雛のおたきあげ 玉井和子
立派な雛壇の断捨離とは。人形はどんなものでも処分するとなるとちょっと戸惑いを覚える。人の形をしているからだろうか。ましてや雛人形であればこれまでの様々の思い出を纏っているのだから勇気が要る。しかしお焚き上げは捨てるということではなく、感謝を込めて供養するということだから持ち主も納得できるのだろう。掲句の詠みぶりもどこかさっぱりとしている。断捨離とは物の問題ではなく、気持ちの問題なのだと教えられた。
姨捨山の奥も又山鳥ぐもり 池田節子
奥も又山、鳥ぐもりの言葉の連なり、音の調子。信州姥捨山の伝説を十七文字で言い尽くしているようだ。
成人詐欺注意メールや四月馬鹿 豊田風露
本年四月より成人年齢が十八歳に引き下げられた。若い人が契約に伴う消費者トラブルに巻き込まれぬようにという注意喚起のメールだろうか。まさか偽メールではないでしょうねえ。お上も含め、弱い者への優しさが失われていく世の中。まさに四月馬鹿と言いたくなる。