朝なさな見る感染表走り梅雨 亜紀子
春愁 亜紀子
春愁の人との距離を二メートル
クウォランティン春落葉積む学舎も
花堤人の波見てすぐ返す
籠り居に虻蜂来たり蝶来たり
あたたかき夜道ひとすぢ花水木
術なきに何か急かるる春北風
閉ぢられし世に次々と芽吹く木々
一人づつ蝸牛となりて籠るかな
新社員在宅のまま研修も
老木もみな柔和なり芽吹きどき
楠若葉照らふ鴉のマイホーム
お喋りをしてついて来る春の雨
ひさかきの香にくすぐらる花粉症
二分咲いて二分の花にもカメラマン
前撮りの二人で吹けるしやぼん玉
悼 小沢チエ子様
散る花やしばし鴉も黙しをる
令和二年紙上五月大会講評 亜紀子
特選(一句)
軽鴨親子乗せて小梨の花いかだ 石井昭子
小梨は桷の別名。晩春、淡いピンクを刷いた白い花をつける。林檎によく似た清楚な花。山や湿地に多い。絢爛たる桜の花の筏を分けて進む水鳥の句は多いが、ここで軽鴨親子の乗るのは小梨の花。周囲の瑞々しい緑、澄んだ水や空気。溌剌と清々しい自然の様が自ずと想像される。
二重丸(九句)
小走りに山の雨くる花山葵 金子まち子
山間の渓流。陰ったと気付く間もなくぱらぱらと。小走りの語が活きている。清流の音も聞えるような。
蝮酒たうたう一夜ねむられず 買手屋一草
蝮酒に神経が昂ってしまったのか、神経が昂っていたので蝮酒を試してみたのか。いずれにしても一晩眠れず。掲句には蝮酒が効いている。
楤の木の冬芽の太る噴湯村 折田幸弘
鹿児島には良き温泉が幾つもあって、各地、山菜などを供してくれるようだ。掲句は何処の湯どころだろう。楤の木の冬芽に心懐かしい鄙びた様子が想像される。噴湯村の語には冬も穏やかな地が感ぜられる。膨らみ始めた楤の芽、実際あたたかな日も間近のようだ。
ドイツ民謡習ふ巻き舌窓うらら 大谷阿蓮
開け放した窓からドイツリートを練習する声が聞こえてくる。巻き舌のRの音は日本人にとっては難しい。そのフレーズにくると力がはいって、心なし姿勢が前こごみになる。うららかな日和、窓下に春の草花。と、一度は解釈して、ふと立ち止まった。ドイツ語のRについて調べると、喉の奥を鳴らす北部地方と、文字通り巻き舌の南部地方と発音の仕方に違いがあるらしい。してみると、この民謡は南部のもの。ドイツ語の歌曲を民謡と確定しているからには掲句の作者はその道に精通しているようだ。この練習生は作者自身だろうと思い至った。
山笑ふ計画すすむひとり旅 黒川清子
良い季節到来。ひとり旅の計画はどんどん膨らむ。
はたと気付けば、カレンダーもまだだいぶ先のことだわと、一人笑っているようにも感じられる。
便追の馬柵に尾を振る牧開き 大出岩子
良い季節が巡って来た。便追はセキレイ科の鳥で、鶺鴒と同じくよく尾を上下させる。明るい林、草地で繁殖する。山の牧場は格好の住処だろうか。馬柵に止まっているのは縄張りを張っているのかも。木雲雀の別名よろしく、鳴き声は鈴を降って賑やかだが、姿はどちらかといえば地味。その鳥をすかさず便追と認識して、特徴を良く捉えた作者はさすが“橡人”。
百合鷗いつもどこかで小競り合ひ 菅原ちはや
百合鷗はいつも群れているから、掲句のような状況も折々見られるのだろう。空中を舞いながら、こちらで追いつ追われつ、飛び離ったと思えば、今度はあちらでもというような光景か。小競り合いの語にこの鳥らしい様子。
大耳の人と親しく年忘れ 梅沢仁治
大耳とは広辞苑によると「こまかなことに気をつけず、おおざっぱに聞きながすこと」とある。忘年の盃を交わした相手は下世話な突っ込みなど入れず、適当にというよりは、おおらかに話を汲み取ってくれる人らしい。福耳の持ち主か。気心知れたご友人であろう。
西陣の織子爪とぐ花の冷え 石井昭子
西陣のつづれ織り。縦糸に横糸で絵を描くように爪で織り込む。爪掻本綴織と言うそうだ。高度な技術と手間の要る仕事。
令和二年五月大会は新型コロナウイルス感染のため中止になりました。投稿していただいた俳句は幹事さん方が例年通りに取りまとめて詠草を作成。同人選も頂戴しました。居ながらにして勉強させていただきました。有難うございます。