選後鑑賞 亜紀子
山清水厨にも引き木地師村 端径子
木地師は轆轤を用いて橡や欅などの材から椀や盆を作る技能集団。その昔は山を渡り歩いていたという。木地師発祥の地といわれる近江小椋谷。歴史は千百年以上も遡るという。水清き山間の隠れ里のような佇まい彷彿。
散歩道猪出没に後もどり 中川幸子
山の動物が里に現れるようになって事件も起こる。原因は様々だが、まずはお互いに危害を与え合わないよう暮らしたい。おちおち散歩も楽しめないのは困る。
橡咲ける空の青さや港町 石井素子
神楽の鈴のような、あるいは華燭のような橡の花。思わず見上げた空は真青。下五で港横浜と知り、洒落た並木道の景が浮かび上がった。
月一度迎ふる僧も更衣 松尾佳代子
月命日にお坊さまを欠かさずお迎えする暮らし。夏衣でおいでの姿に日月の流れをひとしお強く感じられたのでは。
老妻の眼鏡カラフル青葉風 釘宮幸則
お若い老妻。風の青葉も一色ならずカラフル。
点薬の時を守りつ日の永き 小谷真理子
術後の手当てか。朝昼晩と欠かさぬ目薬。習慣化すればどうということはないのだろうが二、三ヶ月は続くのか。日もさらに長くなっていく。
草好きの友と散歩やみどりの日 買手屋一草
草花好きの気の合う二人。道辺の草、垣内の花、あれこれ寄り道、お喋り、楽しいみどりの日。
今朝夏の浅間連峰風かろし 岩下悦子
星眠先生の「白兎のごとき初浅間」は浅間・烏帽子火山群の一つ。作者は日常この連峰の姿として目にするのだろう。初夏の快い風が吹き渡る。
あさなさなとぎ水注ぎ薔薇咲かす 松尾守
植物に米の研ぎ汁、土の中で栄養分が発酵して良い効果があるのだとか。まさに手塩にかけて咲かす薔薇。
しきたりの疎かならず府中祭 佐藤法子
府中市の大國魂神社の創建は西暦百十一年。例大祭のくらやみ祭、今年の日程は四月三十日から五月六日とのこと。ようやくコロナが落ちつき、由緒ある祭礼が執り行われたようだ。
残雪やみくりが池の深眠り 小原緑
富山室堂のみくりが池。岸辺の斑雪にようやく巡りきた春を感じつつ、湖面は凍結、まだ息もせず沈黙の様子。それでいて掲句から不思議に紺碧の湖面を想起。
初かはづ甑倒しを知らせけり 松瀬弘佳
酒造りの一年最後の醪の仕込みを終えることを甑倒しと言うそうだ。ちょうど初かはづを聞く頃に重なるのだろう。懐かしく優しい蛙の声に辺りの景も想像できる。
試し読みしだいに耽り書肆薄暑 藤原省吾
立ち読みしていることを忘れている作者。書肆薄暑の語に街の風景。
昼夜無く超然とミニ鯉のぼり 長谷部未楽
ミニ鯉のぼりの超然が愉快。ひらひらとは靡かぬ突っ張ったままの素材?
夏向きの妻の髪型わがカット 小林一之
カットも手入れも簡単な切り下げ髪か。もっと短髪か。わがの一語が効いている。