橡の木の下で

俳句と共に

草稿02/28

2014-02-28 10:15:50 | 一日一句

人の訃を告げ春を告げクロッカス  亜紀子


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草稿02/27

2014-02-27 08:51:04 | 一日一句

節分草文より二輪こぼれけり  亜紀子


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「春の雨音」平成26年『橡』3月号より

2014-02-27 08:46:24 | 俳句とエッセイ

 

春の雨音   亜紀子


縫ひ目なき銀の毛衣こぶしの芽

つかの間の夕焼けに焦ぐる冬の森

町かどのとんど小さき火を上ぐる

葛餡やひたひたと夜の冷えいたる

高楼に見る街ひそか阪神忌

センター試験皆マフラーをして帰る

星凍るみな地下鉄へ消えてゆき

夜明けはや鴉が恋の唄ならし

水仙は春の雨音傾ぎ聞く

目白にも喉のうるほひ雨ぬくき

塩敷いて蒸し風呂あつき二月かな

 

 

 

 


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「待春」平成26年『橡』3月号より

2014-02-27 08:45:59 | 俳句とエッセイ

  待春        亜紀子

 

 立春も間近となった一月の終りに、ある講演を聞きに出かけた。「動機づけ面接」というカウンセリング領域の方法があり、その実践者であり指導者である米国人のD・ローゼングレン博士の講演である。動機づけ面接とは、問題を解決して乗り越え自己の行動を変えていく力はその来談者自身の中にあるという認識を前提に、傾聴と来談者の発言に対抗しない聞き返しとを中心にした面接方法である。博士はワシントン大学のアルコールと薬物依存の専門家でもある。何故私がそうした話を聞きに行ったかの理由は割愛するが、動機づけ面接というものがことさらに専門的なものでもなく、一般の社会生活上での気持ちの良いコミュニケーションの珠玉を見るように感じられ以前から惹かれているのだ。

 会場のある国立オリンピック記念青少年総合センターには春のような日差しが注ぎ、ひと月前は降雪予報に震えていた桜の芽もふふむかと思われた。講演の主旨は、面接者が抱いている未来に対する自信や楽観性が、来談者に与える影響というものであった。最初に聴講者は自由に二、三人のグループを作り、お互いにこの二十四時間内の体験で笑顔になれた出来ごとを三つ伝え合うという課題をもらう。目と目を合せた他人は知己となり、その課題ひとつで会場の雰囲気が和む。博士は科学的データによって証明された例をあげながら、面接者の持つ未来への明るい確信が、問題を抱えている来談者の内にある希望に自ずから光りを当てて拾い上げるのだと語る。そして希望というものは鍛え上げ、強く育てることのできるものだとも。通訳付きの博士の語り口は時に冗談を交えながら、筋が通り、押しつけがましいところが微塵もなく、聴衆自らの納得と理解を待ってくれているようだ。面接者に必要な根幹にあるものは来談者に対する愛情、アガぺーであり、この世への感謝であるというところまで話が進んだ。最後にまたグループに戻り、自分が今感謝していることを三つ伝え合うという課題。講演終了後、お互いごく自然に名刺交換。大柄で黒いサングラスが似合っていた博士が実に柔和な表情で立っている。自分たちが博士の持つ資質に照らされ影響されたことに気付く。我々自らが演題の実証であった。

 ひとり帰る新幹線の中で、父星眠が目指す俳句の要件の一つとしている「俳句の明朗性」ということを思い出していた。今はもうたくさんの思い出の中の一齣でしかないのだが、昔「けふ籠る不登校児や黴の家」と詠んだところ「ふうん、その句は止めておいた方が良いのじゃないか」と没になった。個人的に過ぎる題材がいけないのだろうか。

 

夢に来し父に抱かれ寒夜なり  (営巣期昭和四三)

霜きびし早起母の死の旅は   (営巣期昭和四四)

父といふ世に淡きもの桜満つ  (営巣期昭和五一)

遷子悼み且羨めり初山河    (青葉木菟昭和五五)

遷子北斗同齢露の世を辞して (テーブルの下に平成元)

忘れじのいたづら笑窪柿の花 (テーブルの下平成十二)

父母の墓掃く兄弟の息白し (テーブルの下に平成十五)

風狂の寂しさ言はず別れ霜 (テーブルの下に平成十九)

 

 星眠選集から追悼句、それに準ずる内容の句を引いてみた。いずれの作品にも哀しみはあるが、暗さはない。生きていくこの世の哀しみを諾うた、その先の光がある。

 ひるがえって取り上げてもらえなかった件の私の句はべたりとした重苦しさの吐露のみで終っている。未来への指向を忘れた句には魅力がない。俳句はまぎれもなく人間のコミュニケーションのひとつの形であり、明るさは作品の質の根本に拘わる問題なのだ。今日の講演で強調されていた希望という言葉が静かに谺して胸に響く。あの時の父の言ったことはこれであったかと漸くにして思い至る。


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選後鑑賞平成26年『橡』3月号より

2014-02-27 08:02:03 | 俳句とエッセイ

選後鑑賞  亜紀子

 

月山の清流汲みて七日粥  村山八郎

 

 月山は湯殿山、羽黒山とともに出羽三山の一つ、信仰の山である。山麓の広葉樹の森林帯が保水の役目を担い、山に降る雨水や雪解水が地下に滞留し月山山麓湧水群を形成、名水を生んでいる。掲句、月山、清流、七日粥と並んだ三つの語が、新春らしい清々しさを呼び覚ます。雪の中に瑞々しい緑の七草を摘むような印象。作者は一貫して郷土山形の自然を詠み継いでいる。この作者らしい七日と思う。

 

羽子板と共に米寿を迎へけり 長岡よし江

 

 羽子板は正月の羽根つきの道具だが、女性の厄払い、魔除けでもある。作者はこの世に誕生して最初の正月に送られた羽子板を大切に守ってこられた。その間に戦あり、結婚、出産といった人生の転機あり。今羽子板と共に晴れて米寿の春を迎えられた。さすがの羽子板も時代が付いていることだろう。それがまためでたくも有り難いことなのである。

 

百年を噴き継ぐ島や鍬始 折田幸弘

 

 鹿児島の桜島は、有史以来止むことなく噴火を繰り返している。ことに大正三年一月の大噴火は被害甚大であったそうである。今年は大噴火から百年にあたり、追悼と防災の意識を高める意味をこめて百年式典が開かれた由。掲句はその折に詠まれたものと思われる。しかしながら、百年、鍬始という語のめでたさが、朝な夕なに仰ぐ桜島への自ずからなる郷土愛を感じさせる。

 

一雨に麦の芽列を正しけり 水本辰次

 

 昨年の十一月、滋賀県長浜の湖北野鳥センターへ吟行した折、大鷲の見られる近くの山へと向かう道すがら収穫の終った田には何とはなく散漫に緑の草が生えていた。穭のようでも、雑草のようでもあり、まさか麦ではないでしょうねの言に、いやこれが麦ですよと教えてくれる人があった。子供の頃に母親のあとをついて踏んだ麦の芽は確かこの通りであったとのこと。成長して丈が伸びてくると、麦畑らしく整ってくるということであった。掲句はまさにこのことを詠まれていて成る程と得心がいった。

 

結初の老妓乗せゆく人力車 金子まち子

 

 春着といい、初髪といい、新玉の年の初めは身支度を改め、身も心も新しい出発を迎えるというのが日本らしい習慣であろう。掲句の主人公はどこぞのめでたい席へと向かう途次であろうか。日本髪を結っているわけではないだろうが、少し膨らませて後ろでまとめた髪のなり、ひと呼吸抜いた襟元が老いてなお粋で艶めいている。それでいて初春らしい清しさも漂う。作者は思わず人力車の上を注目されたのではないだろうか。

 

新婚で越えし海峡鳥渡る 浅田つき子

 

 本州と九州を隔てる関門海峡。かつては航路のみであったが、現在は海底トンネル、橋によって結ばれており横断の海上交通路は限定的に利用される。トンネルは戦前から造られており、作者が結婚されて渡られたのは海底の国道であった可能性もあるのだが、鳥渡るの季語によって海と空とが眼前に描き出される。狭い海峡とはいえど、大瀬戸を船に揺られて、新しい生活へと乗り出した当時の希望と不安。それから後の人生のあれこれ。思い起こせば遥かなる時を越えて来たものかなと、感慨ひとしおなのである。


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