橡の木の下で

俳句と共に

町野けい子句集『あかとき』序

2013-06-29 10:00:02 | 句集紹介

  町野さんの第二句集が出る。処女句集『騎士物語』(平成二年刊)から二十三年ぶりである。昨秋、本阿弥書店の月刊誌「俳壇」の企画で、第一句集以降の作品を概説するという機会をいただいた。その折にこの新しい集が編まれることを伺い、心待ちにしていたのである。「俳壇」に掲載の拙文と重なるかもしれないが、ここにまた少し記させていただく。

 町野さんは幼い頃から「風花」同人であった母上に倣い俳句形式に親しんでいる。その後ご自身が本格的に詠まれるようになったのは子育て真っ最中の多忙な時期であったが、既に五七五のリズムが身に沿うており、俳句の骨格を我が物とされていたようだ。堀口星眠に師事。若き日の星眠俳句に見られる清新な自然讃歌のエッセンスを吸収しつつ、西欧的な題材を取り上げ独特な境地を示された。それは町野さんがご家庭の事情で、多感な少女期をカトリック系女学校の寄宿舎で過ごされた経歴に由来するかと思っている。

 人は時とともに変化する。また一方、人は変わらぬとも言われる。体験的には、培われたものは決して失せることはないと信じている。そうして次第に蓄積していった全てがその人そのものであるように思われる。ここに町野俳句も初期の香りを連綿と残しつつ、折々の局面に従って得た新味を加え、練られ、豊饒の味わいを見せてくれる。

 

ふらここに残る一人や風の中

 

 町野さんの句が時おりふと見せる翳り。人の孤独を見つめたひとりぼっちの少女の面影。

 

暗闇の蟇に声かけ夫戻る

榠樝の実置けば夫との闇かをる

 

 お子さんたちは成人され、今ご主人との時間を大事にされる。その夫君も俳句仲間、夫人が先輩である。庭の草陰のヒキガエルにただ今と挨拶する、おっとりと楽しい人柄が活写されている。

 

楽器みなケースに眠る星月夜

 

 こちらは夫君の趣味に従っての作。玄人はだしのデキシーランドジャズマン。欧州へ演奏旅行中の一夜の詩だ。

 

トルコ兵超えきし丘や草萌ゆる

オペレツタ幕間に春の月のぼる

マロニエの花屑散らし馬車ゆけり

王宮の薔薇銀冠の霜を置く

 

 ここ十数年、オーストリアを中心に海外詠も続けられている。一読情景が浮び上がり、同時に歴史と文化に想いを馳せる。

 

太串の田楽に塗る会津味噌

被災地へ続く山並梅雨滂沱

盆花まだ褪せず少年隊士塚

 

 婚家、実家ともにゆかりの深い会津藩。二年前の震災以来、彼の地へ寄せる思いは一層深まったようだ。

 

藤映す水の夕暮れ始まれり

巣藁得て足取り弾む鴉かな

芦の角水面の雲をつらぬけり

楤芽掻き天城の雲に濡れもどる

牛の目が追ふ草刈のただ独り

白き蛾に鱒たかく跳ぶ夕まぐれ

虹消えて胸中に色残しけり

茸売り山に傾く日を負へり

くわりんの実月の光を吸ふらしき

立ちつくす科の大樹の雪衣

 

 自然と生活を真正面に見据えながら、多様な表現を駆使して詠みあげられた作品。二十三年の軌跡が春夏秋冬の季別に編まれ、一巻を読み終えた後、あたかも凝縮された一年を過ごした感がある。

 

空蝉に満つあかときの光かな

 

 集名『あかとき』は昨年福島で詠まれたこの句による。まだ脱いで間もない蝉の殻に差してくる朝日。その小さながらんどうの体に満つる光は、まるでそれ自身の内側から発光しているかのようだ。明日への希望。東北を愛する町野さんの思いを込めた一句かと思う。

 

      平成二十五年三月吉日

                 亜紀子

 

『あかとき』連絡先:

町野けい子

〒108-0071

東京都港区白金台3-12-24

 


草稿06/28

2013-06-28 10:00:02 | 一日一句

浮御堂支ふる脚に波涼し

鈍色の梅雨の湖上に近江富士

梅雨晴間千の仏が湖を見る

浮御堂涼風受けて渡りゆく

青苔を踏まず行くべし一休寺

湖へ向く堅田のたつき梅雨晴るる

亜紀子