橡の木の下で

俳句と共に

「疫籠り」令和4年「橡」11月号より

2022-10-29 11:07:13 | 俳句とエッセイ
 疫籠り  亜紀子

高階の窓一番に小鳥来る
群とんぼコロナ籠りの高階へ
扉越し謝意深々と秋の昼
疫籠り二百十日と思ひつつ
野分雲窓に変幻自在なり
解除まで月下美人と疫籠り
禁足も解けて野分に吹かれゆく
露被き醜草も今朝風姿よき
遣水の光ひとすぢ観月会
虫の音の昂りに望出でにけり
秋暑し路地裏風のどん詰り
縁日の婆を囃すや法師蟬
夏逝くやビルの狭間の遠花火
赤々とモルゲンロートビルの壁
鶴のごと松天辺の手入かな


「小幡緑地とゆとりIとライン」令和4年「橡」11月号より

2022-10-29 11:01:41 | 俳句とエッセイ
 小幡緑地とゆとりーとライン  亜紀子

 度重なる台風の到来、晴れれば残暑。コロナ罹患後のなんとなくいがらっぽい喉。浮かない気分を払拭すべく外へ出る。シルバーウイーク最後の日曜日だ。
 小幡緑地。丘陵地に設けられた水と緑の多い都市公園。我が家から北東へ六キロ、車で行けば二〇分ほどの距離のところ、私は最寄りの駅からゆとりーとラインに乗って行くのが楽しみ。
 ゆとりーとラインというのはバスに鉄道の利便性をドッキングさせた、ドイツやオーストラリアに実用先行例のあるガイドウエイバスシステム。丘陵地の住宅街から都心への交通混雑解消のために導入された。運行状況は指令室で一元管理。バスは渋滞区間は軌道のある高架線を電車のようにスイスイ走り、その先一般道路は普通のバスに戻って運行する。我が最寄り駅から小幡緑地まではずっと高架上を行く。乗り込む時に整理券を取ったり、ICカードをタッチしたりするのは一般バスと同様。降りる時は降車ボタンで合図するが高架の区間は客の有る無しにかかわらず電車のように全駅で停車することになっている。しかし朝夕のラッシュ時でない、私のような閑人の乗る時間帯でも乗降客なしで停車したことは経験がなく、市民の足として定着している。
 晴れた日曜日の今日は満員だったが一つ先のショッピングモールのある駅で大方が降りて座席確保。ビルの三階か四階あたりの高さを走る窓からの眺めがいい。信号待ちしている車列を下に見る。アパートのベランダに軒並み干し物。川を渡る。緑の河川敷をランニングの人々。見回せば街を越えて遥かな山並み。少しぼんやり見えるのは空の水蒸気が濃いのだろう。近郊の猿投山(さなげやま)ははっきり分かる。川宮、川村、白沢渓谷など惹かれる駅名が続き、十五分ほどで目的地に着いた。
 駅は地区のスポーツセンターに隣接。階段を降りてくると草叢からエンマコオロギの声。その声を搔き消すのはフットサルの練習中の子供達の声。残暑をものともせず走り回る子らを見守る親ごさん達はいささか疲れ気味の様子。コートを後に公園側に出れば子らの声を凌ぐ法師蝉。ツクツクホウシを聞けば秋を思うものだが、これでは残暑を煽る声。バーベキューレストランや遊具広場を避けてなるたけ緑の多いところを目指す。途中のせせらぎで大勢の親子連れが水遊び。手に手にたも網でザリガニでも取っているのか、土手に小さな日除けテントを張って一日がかりらしい。さらに行くと柿の木に目白と四十雀の群。ちょっと実をつついては別の木で休んで。奥にある老人ホーム緑寿荘の住人らしいお婆さんも一人その木を見上げていた。
 臭木の実が弾けている。ウラギンシジミが木の間からひらりと出てくる。小啄木鳥の声。四阿のある小さな池の前に出て暫し座る。穂草茫々の中に盗人萩や酢漿草の花。ヤマトシジミが沢山。黒揚羽が過っていく。池の真中の小さな島。櫨の木が紅葉し始めた。運が良ければ翡翠を見ることができるのだが。不意に甲高い鳴き声。運が良いらしい。が、あれよという間に見失う。
 さらに進むと湿地帯。開けた空は秋の色。大鷺が一羽歩むともなく歩いている。この辺りは希少植物の豆梨の自生地。バラ科ナシ亜科ナシ属。梨というよりさくらんぼに似て、それでいて茶色の梨そっくりな小さな実がたくさん生っている。法師蝉がひっきりなし、緑ヶ池に出る。その名の通り周囲一・二キロを緑の木々に囲まれた静かな池。釣り人三人、日傘を並べ、その間を青鷺がうろうろ。竿を振るたびにそちらへ寄って行くのは釣果のお下がりを狙っているようだ。私も鷺になりすまし眺めていたが一向に釣れない。中の一人が「あれが最後の当たりだったね」と引き揚げの支度。青鷺は人語を解して向こう岸へと飛んで行った。岸辺のオレンジ色のコスモスに同じ色の豹紋蝶が飛び交う。あれと煌めいたのは瑠璃シジミ。
 池に沿って歩く。犬を引いた人、乳母車を押す人。自転車、ジョギング。皆思い思いに木陰を行く。横道に石を敷き詰めた階段が、どこへ続くのだろう。蝮注意の札があるが試しに登る。何事もない。更に進むと“危険”のロープが張られて登れぬ展望台と痴漢注意の看板。入口に記しておいて欲しかった。
 だいぶ汗もかいて帰路へ。再びゆとりーとラインに乗って、あっと言う間に街中へ戻ってしまった。