選後鑑賞 亜紀子
老い犬の安否気遣ふ初電話 布施朋子
家族の中でその健康状態が目下一番案ぜられるのはペットの老犬らしい。かかってきた初電話は御慶もそこそこに先ずワンちゃんの心配とは、傍目にはいささかユーモラスに聞こえる。とはいえ実際重篤な状況でないといいが。作者の他の句には普段着で嫁いで行った娘さんのことが詠まれている。コロナ感染拡大回避の世情、結婚式や披露宴など行わずに巣立たれたようだ。長年一緒に暮らした愛犬を気遣う声の主はその娘さんだろう。電話口のこちら側で我が娘を案ずる母親の心が見える句でもある。
嚔して隣家の翁居る気配 名須川貞夫
誰も彼も冬籠り、コロナ籠りの昨今。隣人の顔を見る機会も減っている。相手が一人暮らしの老いた男性となるとなおの事と想像される。他人とはいえ、あまり静かな時が続くとふと心配にもなる。大きなくしゃみが聞こえて無事らしいことが分かる。嚔の聞ける距離で付かず離れず心寄せている作者は良き隣人だ。
白菜を縄で結はへり雪備へ 岡本利夫
半分ないしは四つ割りの白菜を店で買って事足りている。畑の白菜の姿を忘れていたが掲句で思い出した。紐で括られた白菜。外葉で包んで中の玉を雪や霜から守るのだろう。折に畑の隅に外葉が積まれて残されているのを見かける。取り入れの時に剥がされるのだなと納得。寒さ厳しい中、ひと玉ひと玉結わえていく作業は大変だ。そのおかげで甘い寒中の白菜を味わえる。
風花の刹那刹那を光りけり 島野美穂子
風花そのものの姿を凝視した句は案外に見当たらない。雪の一片一片が光るのは日中、空の半分に日差しのある状況も考えられるし、あるいは夜の灯りに照らされている状態も考えられる。刹那刹那という緊迫した語感から夜の姿か。一瞬と永劫という言葉が自ずから浮かび、心惹かれた。
初詣山ふところの菩提寺へ 吉田庸子
遠い祖先もみぢかな人たちも、懐かしい皆が眠っている。その菩提寺が山懐にあるというのがいっそう床しい。静かなしみじみとした初詣の景色。
初糶や大き鮪の整列す 竹上淑子
中七下五の言葉の斡旋に淑気が満ちる。めでたさ一入。
老妻の杖もたのしき小六月 藤村義治
偕老のひと日ひと日。伴侶に笑顔があれば我にも笑顔。小春日のあたたかさが何より。
停電や腰も埋もる屋根の雪 小林一之
事実をそのまま述べて、この冬の豪雪の凄まじさが伝わる。こうした状況下での停電のニュースを聞くといっときも早い復旧をと祈らずには居られない。
吾が路地は主婦総出して雪を掻く 中村貞子
吾が路地という言い回しに、この一筋のコミュニティーのご婦人方の日頃からの連携のよろしさが想像される。背に腹は変えられない式の女性連隊なのかもしれないが。何れにしても、先のシーズンの暖冬に比べて今回の厳しい雪の日々だ。
仏にも熱き茶を入る今朝の雪 小林未知
掲句に、熱い番茶を好んだ舅を思い出した。作者も仏様も一緒に熱いお茶を楽しんだ日があったことだろう。外の雪に言い及びつつ。