橡の木の下で

俳句と共に

「寒見舞」令和3年『橡』3月号より

2021-02-28 13:24:31 | 俳句とエッセイ
 寒見舞       亜紀子

嬉しやなあとは寝るのみ柚子湯出て
母ゆづり鰤もだいこも大振りに
つんのめるやうに暮れたり小晦日
ウイルスの変幻に年送りけり
リモートの拍手新春コンサート
馬術部や二日の馬のすなほなる
貼り紙は自粛時短の寒の入
思ふだに冬の停電恐ろしき
幾たりかコロナ自粛の初句会
寒見舞筆はコロナにすぐ及び
霜消えて草木すなほに生き返る
目白くる舌を噛みそな変拍子
とりどりに身の締まりたる冬野菜
負けるなと冬芽が歌ふ歌ありき
喉鳴らす野良にほころぶ梅の花

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「手袋」令和3年『橡』3月号より

2021-02-28 13:19:40 | 俳句とエッセイ
 手袋      亜紀子

 二月、父と母の忌が並んで来る。節分、立春を挟んでいるものの寒さは厳しい。暮れから正月、寒に入ってからもこの冬はことのほか寒い。ちょうど今時分、母は若い時から足指の霜焼けを痒がっていた。ビタミン剤が効くというので欠かさず飲んでいたけれど効果はどれほどのものだったろうか。しかしながら母の霜焼けは手指には及ばなかった。昔の生活は今ほどに快適でないから水仕はこたえるはずだが、手は心臓に近いし、自由によく動かす器官だから十分に血が回って丈夫なのかもしれない。そう思うと私もこのところ手袋を使わなくなっている。尤もコロナ渦中で長時間の外出をしなくなったゆえかもしれないが。
 先日海の向こうの米国で手袋が話題になっていた。新しい大統領バイデン氏の就任式に出席していたバーニー・サンダース議員(七九歳)。人との距離を取って並べられたスチール椅子に寒さから身を守るように腕組みして足を組んで丸くなって目を閉じて座っている一枚の写真。大統領選挙に二度出たことのあるサンダース氏、その服装がごく普通の茶色のジャケットに、いささか大き過ぎるアーガイル模様の手袋。それも五本指でなくて二股のミトン。「手袋を買いに」という新美南吉の童話がある。狐の親子と優しい人間と詩のような雪夜の物語。保育園勤めをしていた娘が自分の気に入った絵柄の一冊を持っていた。書棚を探して見てみると、思った通り、小狐が人間のおじいさんから買った手袋は赤いミトンとして描かれている。
 サンダース議員に話を戻すと、四十六代大統領就任式という華々しい場にあって、どう見てもちょっと用足しに出て来た“普通のおじさん”にしか見えないその姿が称賛されたり、あるいはいじられたりして瞬く間にSNS上で拡散された。例えばこれから仕事に行くのだろうか大型バンに黒人が大勢乗っている真ん中に件のサンダース氏の姿を貼った加工写真、名付けて“ハイエース・バーニー”。注目のミトンの製作者はヴァーモントの小学校の先生。副業としてリサイクルの毛糸を使用して編んだものだそうだ。普段は公には売らないが三組だけオークションに出して売上金を地元の慈善事業に寄付するとのこと。他にも毛糸で編んだバーニー人形をオークションに出した人がいて、高額な売上金は高齢者の食糧支援団体に百パーセント寄付するのだそうだ。当のサンダース議員は自分の姿を刻印したTシャツやスエットシャツ等をネット販売、一巡目は最初の三十分で完売。次々に販売して総売上は一八〇万ドル、やはり地元ヴァーモント州の慈善活動に寄付。そして多額の寄付とは言っても、議会が定める支援額には及ばぬゆえ、今後も議会で働きかけると述べている。このコロナ渦中、無茶苦茶な話題の多い米国、しかしながらきっと良心の根は張っているのだろう。
 
手袋に息つゝみ立つ夜の落葉  星眠
 
 父の処女句集『火山灰の道』所収。手袋の句は若い時以外に詠んではいないようだ。少なくとも句集には残していない。ところでこれまで掲句の落葉は、じっと立っている作者の肩に時折はらはらと降ってくる落葉のように感じていた。
啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々 秋桜子
のイメージだ。しかしながら最近句会で「木の葉」が兼題として出されてはたと立ち止まった。落葉、木の葉、枯葉、紅葉かつ散るというのもある。先の落葉は足元に積もった葉だろうか。しかしそれなら歩いて踏みしめるときに一層意識される。
若き日の跫音帰らず夜の落葉 星眠
『営巣期』のこちらの句であれば地に敷いた落葉も感じられる。手袋の句は、落葉と手袋が季重なりでもあり、どちらの季語を重く取るかでまた感じ方も変わる。だんだんややこしくなってしまった。
 『火山灰の道』は私の生まれる前に出されていて、この手袋がどんなものかは分からない。スキーや登山の手袋か、あるいは黒い革手袋か。記憶の中の父の手袋は軍手。掌側はゴム引きのもあった。午後の庭で土いじりする姿は普通過ぎるおじさんだった。

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選後鑑賞令和3年「橡」3月号より

2021-02-28 13:14:56 | 俳句とエッセイ
 選後鑑賞     亜紀子

老い犬の安否気遣ふ初電話  布施朋子

 家族の中でその健康状態が目下一番案ぜられるのはペットの老犬らしい。かかってきた初電話は御慶もそこそこに先ずワンちゃんの心配とは、傍目にはいささかユーモラスに聞こえる。とはいえ実際重篤な状況でないといいが。作者の他の句には普段着で嫁いで行った娘さんのことが詠まれている。コロナ感染拡大回避の世情、結婚式や披露宴など行わずに巣立たれたようだ。長年一緒に暮らした愛犬を気遣う声の主はその娘さんだろう。電話口のこちら側で我が娘を案ずる母親の心が見える句でもある。

嚔して隣家の翁居る気配   名須川貞夫

 誰も彼も冬籠り、コロナ籠りの昨今。隣人の顔を見る機会も減っている。相手が一人暮らしの老いた男性となるとなおの事と想像される。他人とはいえ、あまり静かな時が続くとふと心配にもなる。大きなくしゃみが聞こえて無事らしいことが分かる。嚔の聞ける距離で付かず離れず心寄せている作者は良き隣人だ。

白菜を縄で結はへり雪備へ  岡本利夫

 半分ないしは四つ割りの白菜を店で買って事足りている。畑の白菜の姿を忘れていたが掲句で思い出した。紐で括られた白菜。外葉で包んで中の玉を雪や霜から守るのだろう。折に畑の隅に外葉が積まれて残されているのを見かける。取り入れの時に剥がされるのだなと納得。寒さ厳しい中、ひと玉ひと玉結わえていく作業は大変だ。そのおかげで甘い寒中の白菜を味わえる。

風花の刹那刹那を光りけり  島野美穂子

 風花そのものの姿を凝視した句は案外に見当たらない。雪の一片一片が光るのは日中、空の半分に日差しのある状況も考えられるし、あるいは夜の灯りに照らされている状態も考えられる。刹那刹那という緊迫した語感から夜の姿か。一瞬と永劫という言葉が自ずから浮かび、心惹かれた。

初詣山ふところの菩提寺へ  吉田庸子

 遠い祖先もみぢかな人たちも、懐かしい皆が眠っている。その菩提寺が山懐にあるというのがいっそう床しい。静かなしみじみとした初詣の景色。

初糶や大き鮪の整列す    竹上淑子

 中七下五の言葉の斡旋に淑気が満ちる。めでたさ一入。 

老妻の杖もたのしき小六月  藤村義治

 偕老のひと日ひと日。伴侶に笑顔があれば我にも笑顔。小春日のあたたかさが何より。

停電や腰も埋もる屋根の雪  小林一之

 事実をそのまま述べて、この冬の豪雪の凄まじさが伝わる。こうした状況下での停電のニュースを聞くといっときも早い復旧をと祈らずには居られない。

吾が路地は主婦総出して雪を掻く 中村貞子

 吾が路地という言い回しに、この一筋のコミュニティーのご婦人方の日頃からの連携のよろしさが想像される。背に腹は変えられない式の女性連隊なのかもしれないが。何れにしても、先のシーズンの暖冬に比べて今回の厳しい雪の日々だ。

仏にも熱き茶を入る今朝の雪 小林未知

 掲句に、熱い番茶を好んだ舅を思い出した。作者も仏様も一緒に熱いお茶を楽しんだ日があったことだろう。外の雪に言い及びつつ。

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令和3年「橡」3月号より

2021-02-28 13:11:52 | 星眠 季節の俳句
蕗のたうは幾十面や渡岸寺  星眠
            (樹の雫より)

 湖北長浜の渡岸寺国宝十一面観音像。本面を囲む十の面は蕗の薹のよう。
萌え初めた畦道を御堂へと辿る。
                      (亜紀子・脚注)

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草稿02/28

2021-02-28 13:09:08 | 一日一句
また増ゆるコロナ予想も木の芽どき  亜紀子

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