あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

行動記 ・ 第十九 「 國家人なし、勇将眞崎あり 」

2017年06月07日 05時54分18秒 | 磯部淺一 ・ 行動記


磯部淺一 

第十九

(一) 午前八、九時であったか、
西田氏より電話があったので、
余は簡単に
「 退去すると云ふ話しを村中がしたが、斷然反對した、
小生のみは斷じて退かない、もし軍部が彈壓する様な態度を示した時は、
策動の中心人物を斬り、戒嚴司令部を占領する決心だ 」
と 告げる。
氏は 「 僕は龜川が退去案をもって來たから叱っておいたよ 」 と いふ。
更に今 御經が出たから讀むと云って、
「 國家人なし、勇將眞崎あり、國家正義軍のために號令し、正義軍速かに一任せよ 」
と 靈示を告げる。
余は驚いた。
「 御經に國家正義軍と出たですか、
 不思議ですね、私共は昨日來、尊皇義軍と云っています 」
と 云ひ、
神威の嚴肅なるに驚き、且つ快哉を叫んだ。
丁度その時、村中が香田と共に首相官邸に來たので、
このことを告げ
眞崎に依頼しようと云ふことを相談し、各參議官の集合を求める事にした。
且一方、部隊を一と先、議事堂に集結することに決す。
(二) この日の首相官邸は、
激励の訪客が引っきりなくあった爲に、極めて多忙であった。
右翼團體の幹部とか、陸海軍の豫備役將官等が電話で激励をして呉れたり、
靑年團體、日蓮宗の宗團が邸前へ來て、ラッパや太鼓をならして萬歳を唱へたりした。
この日、
午前中に陸相官邸その他永田町台上一帯の警戒を寛にして、
出入りの自由を許した爲、
見物人が續々と這入って來て、賑かな騒ぎを生じてゐた。
行動隊は戒嚴命令によって、
臺上一帯の警備を命ぜられ、
且つ 印刷の大臣告示に依ると、
「 諸氏の行動は國體の眞姿顯現の爲であると認める、この事は上聞としてある、云々 」
 と 明記されて行動を認められているのだ。
戒嚴命令は第一師戒命として、
「 二十六日以來行動せる將校以下を、
 小藤大佐の指揮に属し、永田町・・・・の間の警備を命ず 」
と 云ふものである。
余等はこの事を知って百萬の力を得た。
然し、何だか變な空氣がどこともなくただよっているらしい事には、
しきりに吾が隊の撤退を勧告する事だ。
満井中佐や山下少將、鈴木貞一大佐迄が、撤退をすすめるのである。
満井中佐は、
維新大詔渙發と同時に大赦令が下る様になるだらふから一應退れと云ふし、
鈴木大佐 又、一應退らねばいけないではないか、と云ふ意向を示す。
余は不審にたへないので、
陸相官邸に於て鈴木大佐に對し、
「 一體吾々の行動を認めたのですか、どうですか 」
と 問ふ。
大佐は、
「 それは明瞭ではないか、戒嚴令下の軍隊に入ったと云ふだけで明かだ 」
と 答へる。
行動を認めて戒嚴軍隊に編入する位であるのに、一應退去せよと云ふ理屈がわからなくなる。
か様な次第で、
不審な點も多少あったが、概して戰勝氣分になって、
退去勧告などは受けつけようとしなかった。

午後二時頃になったかと思ふ。
眞崎外の參議官と會見する事となり、全將校同志が陸相官邸に集合する。
眞崎、阿部、西 ( 荒木、植田、寺内、林は不參 ) の三將軍
と 山口、鈴木、山下、小藤の諸官が立ち會った。
野中大尉が、
「 事態の収拾を眞崎將軍に御願ひ申します、
 この事は全軍事參議官と全靑年將校との一致の意見として御上奏をお願い申したい 」
と 申込む。
眞崎は
「 君等が左様云ってくれることは誠にうれしいが、
 今は君等が聯隊長の云ふことをきかねば、何の処置も出來ない 」
と 答へ、部隊の退去をほのめかす風さえ察せられる。
どうもお互ひのピントと合はぬので、もどかしい思ひのままに無意義に近い會見をおわる。
安部、西 両大將が眞崎をたすけて善處すると言ふことだけは、ハッキリした返事をきいた。


同志中に大政略家がいたら、極めて巧妙なカケヒキ
( 或いは極めて簡短なる一石を以てかもしれぬ ) を以て、
 全軍事參議官と靑年將校との意見一致として、事態収拾案の大綱を定めて、
上奏御裁下をあおぐ事は易々たる事であったと思ふ。
今の小生にはそれが出來るが、當時の同志には誰にもそれ程の手腕がなかった。
この會見は極めて重大な意義をもっていたのに、
全くとりとめのないものに終わった事は、維新派敗退の大きな原因になった。
吾人はシッカリと正義派參議官に喰ひついて幕僚を折伏し、
重臣、元老に對抗して、戰況の發展を策すべきであった。
眞崎、阿部、西、川島、荒木にダニの如くに喰ひついて、
脅迫、煽動、如何なる手段をとってもいいから、
之と離れねばよかったのだ。

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