二月二十六日事件が発生した直後、伝令が迎えにきたので私は〇五 ・ 三〇頃聯隊に出勤した。
次いで聯隊長園山光蔵大佐が 〇六 ・ 〇〇頃聯隊に到着、
そして刻々入電する情報に沈痛な表情を浮かべてジッと成行を見守っていた。
間もなく帝都に戒厳令が布かれ 午後三時半に陸軍大臣告示が公布され、
蹶起部隊の行動が天聴に達せられたことを知らされた。
これだ私たちは何となくホッとした気持ちになった。
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夜になって機関銃隊長村山勇大尉が本部にきて連隊長に希望をのべた。
「 実は今朝行動を起した蹶起部隊の中に自分と同期の安藤大尉がおります 」
「 フム、それで ? 」
「 自分は今から現地に赴き、安藤に面談しようと考えております。
むずかしいかも知れませんが説得して早く帰隊するよう かけ合うつもりです 」
「 彼等は実弾を込めているそうだが大丈夫か ? 」
「 ハイ、やたら発砲はしないと思います。よくワケを話せば歩哨線は通過できると思います 」
「 そうか、では貴公の申出を許可しよう。だが一人ではいかんから誰か随行者をつれていった方がいい 」
そこで私がすかさず随行の希望を申出たところ連隊長はすぐ許可した。
こうして村山大尉と私は軍装を整えて間もなく出発した。
事件の現場は近歩三から近く 経路も承知しているので、ためらうことなく赤坂見附の坂を登っていった。
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安藤部隊は鈴木侍従長を襲ったあと、
三宅坂の三差路附近を占拠して警備に入って居るので道路を直進するだけでよかった。
目的地に近づいたとき果せる哉、歩哨線に尽きたった。
「 止まれッ ! 」
「 どうして止めるのか 」
「 命令だ、強行すれば射殺する 」
「 俺はこういう者だ、実はお前たちの中隊長に面会にきたのだ。御苦労だが取りついでくれんか 」
村山大尉の申出に歩哨は 「 ハイ 」 と素直に答て分隊長の所に飛んでいった。
数分後もどってきて、
「 隊長殿が面接するといわれましたので御案内いたします 」
といって私たちを幕舎につれていった。
そこは安藤部隊の本部であった。
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安藤大尉は幕舎の中に頑張っていたが村山大尉を見ると一寸顔をほころばせて中に招き入れた。
私も中に入って安藤大尉に敬礼し官姓名を述べたが、二人の話の邪魔にならぬように外へ出て待機することにした。
両名は同期のためか何の気がねもなく、お茶をのみながら話をはじめた模様だが、
初めから激論になったようである。
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幕舎の近くには軽機関銃がそなえられ、兵隊が屯していたので私はそこに近寄って言葉をかけた。
「 オイ、この機関銃の銃口は宮城に向けられているぞ 」
私はフト兵隊の様子をためしてみた。
するとすかさず、
「 違います、宮城はこの方向であります 」
その兵隊はムッとして否定した。
「 そうだったかな、夜間になると方向がうとくなるものだな 」
「 ハイ、銃口は昼間のうち 方向を決めておきましたので絶対に宮城の方には向いておりません 」
「 そうか、よろしい。時にお前たちは天皇をどう思うか 」
「 ハイ、絶対服従であります 」
「 そうだ、そのとおりでなければいかん 」
兵隊たちは実に素直で頼もしかった。
これが殿下中隊といわれる安藤中隊の姿だ。
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村山大尉はまだ安藤大尉と盛んに話合っていた。
時折
「 一体これから先、どうするつもりか 」
「 とうに覚悟はできている 」
というやりとりが聞えてきた。
安藤大尉はこの蹶起に身命をかけていることがしみじみ感じとられた。
強固な信念というか、大尉にとってはここが戦場であり陣地のつもりで頑張っているのである。
二人の会話は約二時間も続き、ようやくでてきた村山大尉の顔には苦悩の色が流れ、
ガックリした様子が窺われた。
説得は不成功に終わった様である。
安藤大尉の蹶起に至るまでの信念固めは並大抵のものではなく、
何ものにも切り崩すことのできない絶対的な強さをもっていたようである。
従って目的完遂後でなければ説得など受けつける余地はなかったものと思われる。
村山大尉にしても それを承知で面談したのであろうが、
事があまりにも重大で同期生のよしみでは到底解決し得ぬ問題であったことを自覚したのではなかろうか。
私はまた 村山大尉に随行して歩哨線を通過し聯隊に帰ってきた。
近衛歩兵第三聯隊聯隊本部 ・曹長 加藤菊治 『 村山大尉の説得 』
二・二六事件と郷土兵 から