あを雲の涯

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「 世直しや 」
私はそう答えた

澁川善助 ・ 御前講演 「 日露戰役の世界的影響 」

2017年12月01日 04時43分28秒 | 澁川善助

大正十四年三月、
陸軍士官学校予科を
恩賜の銀時計を拝受して卒業した澁川善助は、
その卒業時に、
皇太子 ( 昭和天皇 ) の御臨席を仰いで
「 日露戦争の世界的影響 」
と 題する
御前講演を行っている。

澁川善助
謹んで
「 日露戰役の世界的影響 」
に ついて申上げます。
日露戰役は、
實に 二十億に近い戰費と、百万の兵員とを以て
國家の生存の爲に國力を傾けての大戰爭でございまして、
當時の日本にとっては 寔まことに尠すくなからぬ負担でありました。
又、東洋諸國には申すまでもなく、
西洋までも政治上に、外交上に、思想上に、
將又はたまた軍事上に 及ぼした影響は意想外に大きなものでありました。
それにも拘らず、
當の日本人が比較的之等の點に想ひ至ることの寡すくないのを
遺憾に思ふ次第でございます。
此の戰役は、日本自身に對しましても、
政治上、社会上、思想上、其の他種々の方面に
多大の影響を与へて居るのでございますが、
それは此ここには省はぶきまして、
唯 諸外國に及ぼしました軍事方面意外の影響のみを概略述べて見ようと思ひます。

第一には、
立憲運動であります。
弱小なる一寸法師が巨大な北極鬼を斃した理由は、
日本が立憲國でありまするに反し、
露西亜がまだ専制國であつたからであると考へられまして、
随所に立憲運動の流行を見たのでございます。
隣國支那に於きましては、
日清戰役後既に立憲運動の萌きざしを見たのでありましたが、
此に及んで政府が進んで憲政の調査に着手し、
明治三十九年、即ち一九〇六年には、將來 國家を開くべきことを宣言致しました。
波斯ペルシャに於きましては、
進歩主義の人々がその運動に功を奏しまして、
一九〇六年に新憲法が布かれたのでありました。
土耳古トルコに於きましても、
日露戰役前から憲政問題の爲に國内汾亂勝がちに見えましたが、
一九〇八年に至って遂に立憲政體が成立し、
更に青年 「トルコ」 党内閣すら出現したのでありまして、
此にも日露戰役の影響を認むるのでございます。
敵國露西亜に對しましては重大な變動を与へました。
即ち 戰役半ばには既に立憲運動が起り、
色々な不祥事を惹き起しました結果、
遂に國會即ち 「デューマ 」 の開設となったのでございます。

第二には、
國民的運動であります。
白色人種に抑壓されて居りました有色人種が、
此の戰役後、その國民的運動を非常に深めた感があるのであります。
印度、埃及エジプト、アフガニスタン等がそれでございます。
日露戰役は、啻ただに日本が露西亜の侵略を制止したるのみならず、
又、東洋に侵入せる白人勢力打破の烽火であるとも申すことが出來まして、
亜細亜開放の戰役に外ならぬのでございました。

第三に申上げますのは、
世界外交史上に及ぼした影響であります。
先づ指を屈すべきは日英同盟であります。
此の同盟は防禦同盟から攻守同盟に改まり、
その包合する範囲も印度にまで擴がりまして、最も高潮に達したのでございます。
次は英露の接近であります。
此は正まさしく欧州外交上に於ける一大變動であると思はれます。
從って英露佛の三國協商が成立致しまして、独墺伊の三國同盟に對抗する有様となりました。
次は独墺兩國の活躍であります。
「 カイゼル 」 ウィルヘルム二世は、奉天大会戰の結果が知れまするや否や、
直ちに軍艦に搭じて佛蘭西の勢力範囲なるモロッコに至りて、
その君主を籠絡して第一回モロッコ事件を惹き起したのであります。
蓋し 「カイゼル 」 は、
露西亜が同盟國佛蘭西の爲に立つこと能はざるを見まして、
かくの如き強硬な對佛政策に出たのでありました。
又、バルカンに於て常に露西亜と相爭って居りました墺太利は、
露西亜の頽勢たいせいに乗じ非常に活動し始めまして、
日露戰役の數年前から軍事的占領をして居りました所の
土耳古トルコ領ボスニア・ヘルツェゴヴィナの併合を宣言するに至りましたるも、
此に機械を促へたものでございました。

第四には、
統治者と國民との關係が自然であって、
殊に國民が熱誠な忠義心を以て統治者に仕へ奉ることは、
戰爭の勝利を期する所以で、
又、健全なる國家を作る大原因であると云ふことを知らせたことであります。
之が爲、外人の武士道を研究するものが段々増加しました。
乃木大將の事蹟等も、往々外國の著者に引用せられることとなりました。
又、日本の國運の發展につれて、
欧羅巴の或る極端なる學者は、日本の膨脹を阻止するが爲には、
統治と國民とを疎隔することに注意しなければならぬ、
と 發表して居るものさへも出て來ました。

以上は日露戰役の世界的影響の、
主として政治、外交、思想方面に關する概要でございます。
今や日本の思想界は兎角動揺致しまして、頗る憂慮すべきものがあります。
此の時に当つて、
日本國民が未曾有の眞劍を以て
君國の御爲めに戰ひました日露戰役
並びその世界に及ぼしたる影響を想ひますれば、
うたた感慨の情 切なるものがあるのでございます。
此れにて講演を終へます。


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