反駁 ・ 北一輝、西田税、龜川哲也 第九、十回公判狀況 『 事實審理 』

第九回公判狀況
二・二六事件公判狀況ニ關スル件報告
十月十五日午前八時五十分 被告北輝次郎、西田税、龜川哲也 出廷、
仝九時吉田裁判長以下着席、直チニ開廷ヲ宣シタル後、
被告北輝次郎ノ補充事實審理ニ入ル。

北一輝
＜法務官--北 ＞
被告等ノ事實審理ハ前回迄ニ大體終了セルガ、今日ハ再ビ補充訊問ヲ行フ
被告北ノ檢察官ノ公訴事實ニ對スル意見如何
前回迄ニ公訴事實ニ對スル意見ノ點ハ申述ベマシタガ、
若干補充訂正ヲ要スル點ガアリマスノデ申述ベマス。
⑴ 日本改造法案大綱ガ不逞思想ナリト云フ點、
⑵ 前回事實審理ノ際ニ各軍事參議官、陸軍大臣等ガ叛亂罪ニ問ハルベキ轉云々ト申述ベタ點、
⑶ 西田ヨリ今般ノ事件ガ統帥權干犯カト云ハレタル事ニ就イテノ回答ノ點

簡單ニ述ベヨ
⑴ 日本改造法案大綱ハ大正八年ニ書キマシテ、最近十數年見テ居リマセンノデ詳シイ事ハ不明デアリマスガ、
三年間ノ憲法停止ト云フ事ガ國體ニ相容レザル不逞思想ト云フ事ハ不當ト存ジマス。
神武天皇 即 明治大帝 即 今上天皇デアリマス。
明治大帝ハ國家ノ非常時ニ際シ不文法ヲ成文法トナシ、欽定憲法トナシ賜ヒタルモノデアリ、
今上天皇ガ國家非常ノ際ニ天皇大權ノ發動ニ依リ 國家ノ改造ヲナシ賜フベク、
憲法中一部ヲ停止シ、戒嚴令ヲ執行シ、他ノ不逞ナル者ヲ抑壓スルニアリマス。

天皇ハ憲法ニ依リテ戒嚴令ヲ宣布シ、憲法ノ一部ヲ停止シ得ルハ憲法ニ明記シアルガ、
被告ノ著書ニハ憲法ヲ停止シ、戒嚴令ヲ布告スルト書キアル点ガ不逞と云フニアリ
日本改造法案を著述セル時代ハ、全世界ガ共産主義ノ惡魔ニ犯サレ、
欧州ニ英國、東洋ニ日本ノ二ツノ君主國ヲ存スルノミデアルノデ、
必ズ全世界ニ革命ガ起ル事ヲ考ヘ、國體 及 政府ヲ擁護スル爲資本主義經濟機構ノ改革ヲ爲スベク、
天皇大權ノ發動ニ依リ國家ノ改造ヲ行フ際、
不逞者ガ貴衆兩院議院ニ依リ改造ヲ阻止スルノヲ抑壓スル爲メ、
憲法ヲ停止シ、戒嚴令ヲ執行シ、天皇ガ國家ヲ改造セラレルノデアリマス。
天皇ハ憲法ノ上ニアリマスノデ、憲法ヲ停止スルコトハ、何等拘束セラレル必要ハナイト存ジマス。
猶、憲法ノ一部改正ノ必要ハナイト考ヘテ居リマス。
元老、重臣ガ死亡シタル際、組閣ニ關シ御下問ニ奉答スルハ樞密院デヨイト思ヒマス。
ソレニ伴ヒ樞密院令、貴族院令 等ノ個々ノ改造、修正ヲ爲セバヨイト思ヒマス。

憲法ノ改正 及 一部停止ト云フ事ハ
天皇大權ニ依リ出來得ル様ニ　憲法中ニ規定シアルモノニテ、
被告ノ著書ハ憲法ヲ停止シ 總テヲ實行スルニ依リ、不逞思想ト云ヒ得ルモノデアル
絶對ニ不逞思想デハアリマセンガ、法務官ガ左様申サレルノデアレバ、承認致シマス。
丁度 朝鮮人ノ様ニ取扱ハレテ居ル様ナ感ガ致シマス。

⑵ 先日申上ゲマシタ 各軍事參議官 及 陸軍大臣ガ叛亂者ヲ援助シタト云フ事ハ、
西田ガ何モ知ラザルニ、西田を嬲なぶリ殺ソウト云フ様ナ法務官殿ノ御言葉デアリマシタノデ申上ゲタノミデ、
軍事參議官ノ方々 及 陸軍大臣ノ趣旨ハヨク解スル事が出來マスノデ、
不穏當デアルト考ヘ、取リ消シマス。

⑶ 事件ヲ起ス事ガ統帥權干犯カト西田カラ問ハレタ事ハ、
當時 「 ボー 」 ト　シテ居リマシタノデ、詳シク考ヘマセンデシタ。
五 ・一五事件ガ叛亂デアリ、今度ノ事件ガ統帥權干犯トハ考ヘラレマセン。
矢張リ 反亂罪トシテ取扱フベキト存ジマス。
陸軍ノ爲メ 參考ニ申上ゲマスガ、
上官ノ命ナク行動ヲ爲シタルコトガ統帥權干犯デアルト致シマスト、色々ト困難ナ問題ガ惹起スルト思ヒマス。
左様ナ事ハ軍律違反トシテ取締ルベキデアリ、
亦、國憲ニ抗シタル際ハ反亂罪デ處分スベキデアルト考へマス。
中隊長ガ單獨ニ兵ヲ屯營ヨリ出シ 或ル場所ニ行ッタ事モ統帥權干犯トシテ取扱ナケレバナラナイ様ナ事ガアルト思ヒ、
兵隊ガ單獨デ行動シタ事モ詳シク申セバ統帥權干犯トナルノデアリ、
此等ハ全部軍紀軍律違反トナルベキデアリ、
此ノ點ヨリシテモ　今度ノ事件ハ反亂ナルモ、統帥權干犯デハナイト思フ。

今度ノ事件ハ純然タル統帥権干犯デアル
軍律違反ハ別ニ規定ヲ以テ処分シテ居ルノデアル
将校ガ上司ノ命ナク兵ヲ動カシタル事ハ 明ニ統帥権干犯デアル
故ニ今般ノ事モ干犯デアル
法務官ハ兵ヲ動カシタル事ト、事件ヲ起シタル事ヲ混同シテ考ヘルカラ左様ニナルト存ジマス。
兵ヲ動カス事ト事件ヲ起シ 人ヲ殺害スル事ハ別個ナル問題ト存ジマス。
今デハ統帥權干犯ナリトモ考ヘ、亦 干犯デモナイト考ヘテ居リ、
何レガ正ナルカ不明デアリマス。

青年将校ノ首謀者ガ改造法案ノ信奉者デアリ、
今事件ニ際シ改造案ニ立脚シテ処理シヨウト爲シタルヲ承認スルカ
警視廳ニ於テ青年將校ノ大部分ガ改造法案ノ小冊ヲ保持シアリテ、
今次事件ヲ同法案ニ依リ目的達成ヲ爲スベク努力シアリタリト聞カサレタノデ、
詳シイ事ハ知リマセンガ、豫審廷ニ於テ承認シタノデアリマス。
法務官ノ御趣旨ノ通リ承認致シマス。

他ニ何カ申述ベル事ハナイカ
自分ハ青年將校等ヲ直接指導シタノデハナク、叛亂援助シタノデモナイ。
亦、自分ノ著著ガ今迄一度モ不逞ナル思想トシテ取扱レタル事ナキモ、
青年將校等ヲ誤ラセタト申サレルナラバ、其ノ罪ハ極刑ヲモ覺悟シテ居ルガ、
不逞思想デアリ、亦、青年將校等ノ直接指導ヲ爲シタル點ニ於テハ承服デキマセン。

北ノ補充審理ヲ終了シ、
西田税ノ補充審理ニ入ル。

＜法務官--西田＞
検察官ノ公訴事實ニ對スル意見如何
⑴ 北氏ノ日本改造法案ガ不逞ナル思想ト云フ事ハ承認出來マセン。
⑵ 順逆不二之法門出版ノ件ハ自分ハ知リマセン。其他 怪文書ヲ作製シタ云々ノ點デアリマス。
⑶ 二十五日 龜川邸ニテ村中ニ面接、金ヲ渡シタル點ノ龜川ノ陳述ノ相違點ニ就イテデアリマス。

⑴ 日本改造法案大綱ハ大正十五年 私ガ北氏ヨリ原稿ヲ貰受ケテ、出版致シマシタ。
其後、昭和七年ニ某海員組合ノ幹部ガ資金五百圓ヲ出シ、
日本改造法案ノ小冊ヲ一千部印刷シ船員ニ配布シタキトノ事アリテ、
其際削除セラレテ居ル個所ヲ全部植字シ、内務省警保局ニ願出タルニ、
當時ノ警保局檢閲課長ノ言ハ、昔ハ削除個所モ多カツタルモ現在ニテハ何等支障ナク、
只皇室費云々ノ個所ハ皇室ニ關スル事項ナルヲ以テ削除スベシトノ事ニテ、
其ノ個所ヲ削除シ、一千部ヲ發行シ、三百部ヲ自分ガ取リ、他ヲ本人ニ渡シマシタ。
當時檢閲願出ニ使用シマシタ改造法案ノ原本ガ自分ノ処ニアリマスノデ、明瞭デアルト存ジマス。
亦、憲兵司令部發行ノ思想彙報中ニモ権藤成卿ノ自治民範ト共ニ日本改造法案ノ解説ガアリマスガ、
全面的ニ支持シテ居ル様ニ記憶シテ居リマス。
此ノ様ニ當局ガ承認シテ居ル事ガ不逞思想トシテ取扱ハレル事ハ絶對ニナイト存ジマス。
青年將校等ニシテモ、ヨク日本改造法案ヲ解シテ居ル者ハ、何人モナイト存ジマス。
若干ノ解釋ハスルカモ知レナイガ、詳シイ説明ガ出來ナイト斷言致シマス。
自分ハ十五年間改造法案ヲ熟讀シテ實行ニ移シテ居ルモノデアリマス。

日本改造法案ハ青年將校間ニ金科玉条トシテ取扱ハレアル事ヲ承認スルカ
現在日本ニ國家改造ノ參考書トナルモノハ日本改造法案ノ外ニナキヲ以テ、
青年將校モ相當讀ンデ居ルト云フ事實ハ承認デキマス。
⑵ 順逆不二法門ハ一度見タ事ガアリマスガ、其ノ内容ハ北氏ノ支那革命外史ヨリ引用シタルモノ多ク、
詳シク讀メバ學問ノ無イ者ノ著書タル事明瞭ニシテ、自分ノ全然關係ナキモノナルガ、
多分金澤方面ヨリ發行セラレテ居ルト考ヘマス。
其他ノ著書 及 怪文書モ全然知リマセンガ、克ク送ツテ來マスガ、大概ハ焼棄テテ居リマス程度ノモノデアリマス。

金澤方面ニ於テ發行セラレルトノ事ハ如何ナル點ヨリ申スカ
村中等ノ關係者ガ一度怪文書ヲ金澤デ發行シタル事モアリ、亦、印刷屋ノ小僧ニモ逢ッタ殊ガルカラ、
今度モ金澤方面デハナイカト推察スルノデアリマス。
村中ガ發行セシメテ居ル事實ハ明瞭ナルガ、被告ト村中トノ關カン特別ナルヲ以テ、
被告ニ全然關係ナイト云フ事ハ出來ナイ
北ノ著書ト相違シテ居ル部分多キナラバ、ナゼ村中等ニ一應ノ抗議ヲナサザリシヤ
村中ガ關係シテ居ル事ガ即チ自分ガ指導シテ居ルト考ヘルハ、不當デアルト存ジマス。
一度前ニ注意シタ事ハアリマスガ、
現在ノ自分ニハ善惡ノ外ニ 「 シカタガナイ 」 ト 云フ事モ加味サレタ生活ヲシテ居リマスノデ、
追及ハ致シマセンデシタ。
此ノ點ハ官吏ヤ軍人ニハ克ク解スル事ガ出來ナイト存ジマス。
浪人生活ハ非常ニ複雑ナモノデアリマス。
順逆不二之法門ガ今般ノ關係者 及 青年將校等ニ愛讀セラレテ、相當事件惹起ニ對スル力トナッテ居ルノダ

⑶ 龜川氏方ニテ二十五日夕 村中ト落合ヒマシテ種々話シ、村中ガ歸る時ニ玄関先ニテ七個中隊カラ出ルノデ、
軍隊デ食事ノ事ハ給養シテ呉レルダラウト申シマシタノデ、
日本銀行 及 三井銀行等を襲撃云々ノ龜川氏ノ陳述ノ點ハナイト存ジマス。

裁判官 「今事件蹶起ノ原動力ハ如何ナル処ニアリヤ。被告等ガ原動力トナッテオルノデハナイカ 」
今度ノ事件ニ際シマシテ自分モ非ジョウニ考ヘサセラレテ居ル事ハ、
只今 裁判官殿ノ御尋ノ點デアリマシテ、
青年將校等ノ個人的性格ヲ承知シテ居ルダケニ非常ニ不可解デアリマス。
栗原中尉ハ實行力ハアリマセンガ、只鞏ガリノミ申シマスシ、
亦、愼重派タル香田、安藤兩大尉ガ參加セシ事
及 野中大尉ノ思想ヲ誰ガアレ迄二指導シタカト云フ點ト、
香田大尉ハ栗原中尉ヲ御兩親ノ關係的立場ヨリ監督シテ愼重ニ考ヘテ居ッタガ、參加シタ事。
磯部ハ非常ニ過激ナ男デアリマスガ、軍人デハアリマセンノデ直接指導力ハナイト存ジマスシ、
亦、村中氏ハ彼等ノ間ニ於テ一番穏健派デアルト考ヘラレマス。
一體誰ガ今般ノ事件ノ導火線トナッタカ不可解デアリマス。
結局、現代ノ世相ト第一師團ノ渡満ト云フ事ガ原因トナシタノデハナイカト存ジマス。
自分達ハ抑壓セントセシモ抑壓スル事出來ズ、傍観ト云フ様ナ立場ニアリマシタノデ、
全然指導シタリ原動力トナッタ事ハアリマセン。

被告西田ノ補充審理ヲ終了シ、
引キ續キ龜川哲也ノ審理ニハイル

＜法務官--龜川 ＞
先程 西田ノ申述ベタ資金ヲ与ヘタル當時ノ狀況如何
先日事實審理ノ際ニ申述ベマシタ通りデアリマシテ、日本銀行 及 三井銀行襲撃ト云フ事デ、
大變ナ事ニナルト考ヘ、与ヘタノデアリマス。

二十六日朝 鵜澤聡明ヲ西園寺公ノ処ニ後継内閣ノ件ニ就キ進言ニヤラシメタル事ハ、
被告ガ二十五日 西田、村中等ト協議セル際、元老、重臣ヲ襲撃スルト云フ事ヲ知リナガラ爲シタルモノニテ、
其ノ主旨ノ諒解ニ苦シム
公訴却下ト云フ事デ二十六日ニ西園寺公ヲ鵜澤博士ニ訪問シテ貰フ事ニナッテ居リマシタノデ、
二十六日朝 大變ト考ヘ、品川駅ニテ中止スル様申シマシタガ、聞キ入レマセンノデ、
行クニ就イテハ後継内閣ハ軍部内閣ヲ上奏スル事ヲ進言シテ貰フベク依頼シマシタ。
鵜澤博士ヲ西園寺公ノ処ニヤルハ殺シニヤルト同様ナモノデ、
二十六日朝襲撃スル事ヲ被告ハ承知シテ居ルデハナイカ
何モ考ヘズニ、鵜澤博士ノ言フ儘ニ西園寺公ノ下ニ行ク様ニ申シタノミデアリマス。
各手段ヲ盡シテモ阻止スベキガ人間デハナイカ。亦ハ襲撃中止ヲ承知シテ居ッタノカ
襲撃中止ハ承知シテ居リマセン。
裁判官 「 被告ノ陳述ヲ先日來聞イテ居ルト、
二十五日夜ヨリ二十六日夕迄ノ行動ガ普通ノ人ノ行動トシテハ諒解ニ苦シム
他人ノ云フ事 及 證言陳述ハ皆ンナ勘違デアル、自分ノミガ正シイト申スモ、受取ル事ハ出來ナイ
其ノ眞意ヲ陳述スベキダ
事實ヲ申上ゲルノミデ、他意ハアリマセン。

被告亀川ノ陳述ハ全部虚僞ナリト法務官 及 裁判官ヨリ論難セラレ、事實審理終了、
引續キ被告西田税ニ對スル證人ノ證言 及 證拠品調ニ入リタルモ、
被告西田ハ證言ヲ承認シ、午後四時三十五分補充審理 及 證拠調ノ一部ヲ終了、閉廷せり
次回ハ十九日午前九時開廷ヲ申渡シタリ


第十回公判狀況
二・二六事件公判開廷狀況ニ關スル件 ( 第五公判廷 )
十月十九日午前八時五十分 被告北輝次郎、西田税、龜川哲也 出廷、
仝九時 吉田裁判長以下着席、直チニ開廷ヲ宣シタル後、前回ニ引續キ 證拠調ニ入ル
⑴ 法務官ハ被告西田ニ對スル村中孝次、磯部殘一、栗原安秀ノ第二回豫審調書中ノ交際關係
竝 事件蹶起前ノ聯絡事項等ヲ讀聞ケタルニ、
被告西田ハ豫審公判廷ニ於テ申述ベタルト同様ナリトテ、承認ス
⑵ 被告西田ニ對スル村中孝次、磯部殘一、栗原安秀ノ第三回豫審調書中 關係事項 蹶起後ノ行動ニ就キ
讀聞ケタルニ、西田承認ス
⑶ 西田ニ對スル叛乱被告事件ノ證人トシテ、村中孝次、磯部殘一、ノ事件前ヨリ事件蹶起後ノ諸事項ノ證言陳述ヲ
讀聞ケタルニ、被告西田ハ豫審 及 公判廷ニ於テ申述ベタルト同様ナリトテ、直チニ承認ス
⑷ 被告北、西田ニ對スル村中孝次、磯部殘一、栗原安秀ノ第三回豫審調書中ノ關係事項ヲ證言トシテ
讀聞ケタルニ、被告兩名トモ承認ス
⑸ 被告北、西田ニ對スル叛乱被告事件ノ證人トシテ村中孝次、磯部殘一ノ陳述セル事實關係ノ證言ヲ讀聞ケタルニ、
兩名共公判廷ニ於テ申述ベタルト相違ナキ旨ヲ陳ベ、承認ス
法務官ハ被告北、西田ニ對スル合同證言ヲ打切リタル後、被告北ニ對スル單獨證言ヲ開陳ス
法務官、被告北ノ公判廷ニ於ケル陳述 及 證人ノ證言ヲ讀聞カス
一、生立
二、学歴
三、思想推移ノ狀況
四、運動ノ概略
五、被告事件ノ事實審理ニ對スル陳述ノ概要
六、日本改造法案ニ對スル現在ノ解釋

＜法務官--北 ＞
豫審 竝ニ公判廷ニ於テ申述ベタル通リデアリマス。

法務官、池田成彬ノ被告ニ對スル證言ヲ讀聞カス
池田
「 昭和七年三月頃 三井合名ノ有賀長文ノ紹介デ初メテ逢ヒマシタ。
其時ハ日佛親善ノタメ 私ヲ經濟使節トシテ佛國ニ赴ク様トノ事デアリマシタ。
當時、私ハ他ヨリ北ハ日本改造法案ノ著述者デアリ、亦、日本ニ於ケル右翼運動ノ一流人物ナルコト
及ビ彼ハ多數ノ青年將校ヲ指導シテ居ルトノ事モ聞キマシタノデ
北ヲ通ジ三井合名ノ何者タルカヲ青年將校ニ知ラシメルト同時ニ 陸海軍部内ノ諸情勢ガ知リタカッタノデ、
其後 機會アル毎ニアッテ居リマシタ。
北ニ私ノ与ヘタ金ハ、
日佛親善ノタメ運動資金トシテ昭和七年四月ニ弐萬圓、昭和八年上半期ニ一萬圓ヲ与ヘ、
其後 昭和八年末ニ有賀氏ノ言ニ依リ 機密費問題ノタメ重役會議ヲ開キマシテ、
昭和九年度カラハ毎年上半期ニ一萬圓、下半期ニ一萬圓ヲ与ヘル事ヲ協議シ、
昨年下半期迄ニ四萬圓与ヘマシタ。
北ガ青年將校ヲ指導シ居ル事ト、亦、右翼ノ部下ヲ多數擁シテ居リマストノ事デアリマスノデ、
北ニ与ヘテ置クナラバ問題ハ起キナイト考ヘタカラデアリマス 」

池田成彬ト云フ人物ハ物事ヲ理詰メニ解釋スル人デアリマシテ、
昭和九年末ヨリ私ニ對スル不穏文書ガ巷間ニ多數出ル様ニナリマシタノデ、
第一番ニ池田氏ガ私ヲ疑ヒ出シテ來タ事ト 現在私ガ叛乱罪トシテ取調ヲ受ケルニ至リマシタ關係上、
左様ニ申シタト存ジマス。
三井ノタメ自分ハ随分働キ、東北地方ノ冷害ノ際、三百萬圓ノ寄付金ヲナサシメ、
亦、日佛親善ニ際シテハ斎藤首相ト聯絡シ、平沼氏ヲ會長ニシテ、池田氏ヲ佛國ニ派遣スベク活躍し、
經濟的ニ佛國ト手ヲ握リ、外國ニ私ガ資本主義經濟ノ發展地ヲ求ムベク計畫し、
海軍トモ聯絡シマシテ英米協同シテ我ガ海軍ニ迫ルニ就イテハ日佛同盟迄ニ至リ、
共同海軍防衛ヲ計ル事ハ國防上重要ナリトテ 大ナル賛成ヲ受ケタノデ、
其當時ノ資金ハ三千萬圓ト云フノデアリマシタカラ、
私ガ其資金ヲ左右スルコトハ如何カト考ヘ、平沼氏ヲ會長トシタノデアリマス。
然乍ラ、重臣方面ニ於テハ平沼ガ野心ヲ起シ、北ヲシテ三井ニ交渉セシメ事ヲナストノ惡評ガ起リタルタメ、
中止ノ已ムナキニ至リタルモノデ、最初ニ弐萬圓ヲ貰フタノハ單ナル生活資金デアリマシテ、
三井ヨリ十萬圓貰フコトハ普通人ヨリ十圓程度貰フト同様ナノデ、
出來得ル限リ澤山貰フ考ヘデアリマシタガ、考ヘタ十分ノ一程度シカ貰ッテ居リマセン。

有賀長文ノ被告ニ對スル證言ヲ讀聞カス
有賀
「 北ト相知ルニ至リマシタノハ森恪ヲ通ジテ昭和六年頃デアリマシタ。
北ハ日本改造法案ヲ著述シ、常ニ改造思想ヲ有シ、
亦、北ノ日本改造法案ヲ信奉スル多數ノ陸海軍青年將校アル事モ聞イテ居リ
國家的重大ナル事項ニハ常ニ關係シテ居ル事ヲ承知シテ居リマシタノト、
彼ハ多數ノ右翼運動者ヨリ尊敬セラルル右翼運動ノ大御所デアルト聞カサレテ居リマシタノデ、
彼ヲ通ジテ青年將校等ニ三井合名 及 財閥ノ何者タルカヲ知ラシメる事ト
三井家ニ對シ危害ヲ加ヘントスル者ヲ北ヨリ防止シテ貰フ事ト、
軍部ノ情勢ガ知リタイタメニ接近シ、時局問題等ニ就キ會談致シマシタ。
昭和六年頃ニ生活費トシテ三萬圓与ヘ、
亦、七年春頃ニ池田氏ニ紹介致シマシテ日佛親善問題デ北氏ニ活躍シテ貰ヒ、
其際 池田氏ヨリ弐萬圓生活費トシテ与ヘマシタ。
其後 八年中ニ弐萬圓ヲ与ヘ、八年夏ニ私ガ外國視察ニ行キマシタノデ池田氏 外重役ト協議シ
毎年上下半期迄ニ一萬圓宛定期ニ北ニ与ヘル事ヲ決定シ、池田氏ヨリ支給シテ貰ヒマシタ。
昨年夏ニ支那ニ渡ルトテ五千圓ヲ与ヘマシタ。
其後年末ニ電話 及 家屋ノ事デ更ニ五千圓、定期ノ金ヲ合計シ昨年度ハ三萬圓ヲ与ヘマシタ 」

有賀氏ハ、自分ノ事ニ就イテハ克ク理解シテ呉レテ居ル筈デハアリマスガ、
現在ノ自分ヲ基準ニシテ申述ベラレテ居ルモノト存ジマス。
東北地方ノ冷害救濟ニ際シテハ、三井 一ヶ年ノ純益三億圓一割タル三千萬圓ノ寄附ヲ要請シマシタガ、
結局三百萬圓デ落附キ、其方法ニ就イテハ在郷軍人ヲ通ジテ寄附スル様ニ申述ベルニ、
有賀氏ハ内務省社會局ニ出頭シ寄附致シマシタ。
當時薩摩雄次ヲシテ岡田首相ヲ説得セシメ、政府米ノ拂下ヲナサシメタ事モアリマス。
三井合名ノ外國投資ニ就イテハ常ニ有賀氏ニ意見ヲ申述ベテ居リ、
私ノ對外的ナ手腕ト云フ事ハ充分承知サレテ居ル事ト思ヒマス。
有賀、池田 兩氏等ト交際スルニ及び、
我國ノ資本主義經濟機構ノ改革ニハ流血ノ惨事ヲ見ズシテ出來ルトサヘ確信ヲ有スルニ至リマシタ。
彼等ハ必ズ自己崩壊を來ス時期ハ近シト感ジタカラデアリマス。

法務官ハ小笠原長生ノ證言ヲ讀聞カス
小笠原
「 薩摩雄次ノ紹介デ北ト面接シ最初ハ國家改造ニ就イテノ意見ヲ申述ベテ居リマシタガ、
五 ・一五事件以後ハ日蓮宗ノ信仰ニ就イテノ經文ノ説明 及 靈感等ノミ談ズル様ニナリ、
最近ハ殆ンド交際アリマセンデシタ。
西田ヨリ北ノ近況ヲ聞キ及ンデ知ル程度デアリマシタガ、
彼ハ常ニ合法的ニ國家改造ヲ唱ヘテ居リ、
大川氏等ノ十月事件ニ關シテハ反對意見ヲ述ベテ居リマシタ 」

五 ・一五事件以後ハ殆ンド面接シタ事アリマセンノデ、
西田ヲ通ジ小笠原氏ノ事ハ聞イテ居リマシタ。

法務官ハ福井幸ノ北に對スル證言タル第二回豫審調書ヲ開陳シタルニ、北ハ直チニ承認セリ
北ニ對スル證人ノ證言開陳ヲ終了、
引續キ西田ニ對スル證言ノ開陳アリ
法務官ハ小川三郎大尉、菅波大尉ノ西田ニ對スル證言タル豫審調書ヲ開陳シタルニ對シ、
西田ハ菅波大尉ノ證言ハ承認スルモ、
小川大尉ノ證言中 思想啓蒙ノ點ニ附イテハ承認不可能ナルコトヲ陳述ス
法務官ハ澁川善助 及 宮本正之、鵜野勞働總同盟理事、
大岸頼好大尉、明石寛二中尉等ノ西田ニ對スル證言ヲ開陳シタルニ、
宮本正之ノ證言ヲ除キ他ハ承認セリ

＜法務官--西田＞
宮本正之ナル人物ハ明石中尉ガ一度同道シテ自分ノ処ニ來リ、
昨年秋頃 村中 同道シテ來タコトガアリ、金澤ノ印刷工デアルトノ事ダケハ記憶ガアリマスガ、
詳シイ事ヲ記憶シテ居リマセンシ、十八歳位ノ少年デアリマスノデ、彼ニ指令ヲ与ヘタ事實ハアリマセン。

二十八日夕頃、栗原中尉ヨリ電話ニテ、
齋藤少將ノ言トシテ徳川侯ガ青年將校ヲ同道 宮中ニ參内スルトノ事ヲ西田ニ問合セタルニ、
西田ヨリ不可能ナル事ヲ傳達シ、現在ノ地点を確保スベシト申シタル事アリヤ
徳川侯ガ青年將校ヲ同道參内ストノ電話ガ、栗原ヨリアリマシタノデ、
自分ハ外部ノ人々ニ依頼スルコトヨリ陸軍部内ノ意見一致ヲ以て進ムガ良好ト考ヘ、
斷ル様申シマシタ。

法務官ハ、栗原中尉 及齋藤少將ノ證言ヲ開陳シタル後、
北輝次郎、西田税 等ハ事件蹶起前ニ於テハ傍観的態度ヲ取リ、
蹶起後好轉シタルニ依リ 一氣ニ昭和維新ヲ斷行スベク企圖シタルモ、
次第ニ形成惡化セルヲ以テ青年將校ヲ見殺シニスル事ハ出來ズト
上部工作ヲ指導シタルナルベシト論ジタルニ、
被告等ハ左様ナリト承認シ、
證據調ノ一部ヲ終了シ、午後四時五十五分閉廷セリ
次回は二十日 午前九時ヲ申渡ス
・
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