栗原安秀
栗原君は某日 余を訪ねて泣いた。
「 磯部さん、あんたには判って貰えると思うから云ふのですが、
私は他の同志から栗原があわてるとか、統制を乱すとか云って、
如何にも栗原だけが悪い様に云われている事を知っている。
然し、私はなぜ他の同志がもっともっと急進的になり、
私の様に居ても立っても居られない程の気分に迄、進んで呉れないか
と云ふ事が残念です。
栗原があわてるなぞと云って私の陰口を云ふ前に、
なぜ自分の日和見的な卑懦な性根を反省して呉れないのでせうか。
今度、相沢さんの事だって青年将校がやるべきです。
それに何ですか青年将校は、私は今迄他を責めていましたが、もう何も云ひません。
唯、自分がよく考えてやります。
自分の力で必ずやります。
然し、希望して止まぬ事は、
来年吾々が渡満する前迄には在京の同志が、
私と同様に急進的になって呉れたら維新は明日でも、今直ちにでも出来ます。
栗原の急進、ヤルヤルは口癖だなどと、
私の心の一分も一厘も知らぬ奴が勝手な評をする事は、私は剣にかけても許しません。
私は必ずやるから磯部さん、その積りで盡力して下さい 」 と
・
「 僕は僕の天命に向って最善をつくす、唯誓っておく、
磯部は弱い男ですが、君がやる時には何人が反対しても私だけは君と共にやる。
私は元来松陰の云った所の、賊を討つのには時機が早いの、晩いのと云ふ事は功利感だ。
悪を斬るのに時機はない、朝でも晩でも何時でもいい。
悪は見つけ次第に討つべきだとの考へが青年将校の中心の考へでなければいけない。
志士が若い内から老成して政治運動をしてゐるのは見られたものではない。
だから私は今後刺客専門の修養をするつもりだ。
大きな事を云って居ても、いざとなると人を斬るのはむつかしいよ。
お互いに修養しよう、他人がどうのかうのと云ふのは止めよう、
君と二人だけでやるつもりで準備しよう、
村中、大蔵、香田等にも私の考へや君の考へを話し、
又 むかふの心中もよくきいてみよう 」
と 語り合ったのである。
磯部浅一 著
行動記 から