あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

昭和維新・磯部淺一 (五) 獄中日記

2021年04月12日 11時48分36秒 | 昭和維新に殉じた人達

何にヲッー!、
殺されてたまるか、死ぬものか、
千万発射つとも死せじ、断じて死せじ、
死ぬることは負ける事だ、成仏することは、譲歩する事だ、
死ぬものか、成仏するものか
惡鬼となって所信を貫徹するのだ、
ラセツとなって敵類賊カイを滅盡するのだ、
余は祈りが日々に激しくなりつつある、
余の祈りは成仏しない祈りだ、
惡鬼になれる様に祈っているのだ、
優秀無敵なる惡鬼になる可く祈ってゐるのだ、
必ず志をつらぬいて見せる、
余の所信は一部も一厘もまげないぞ、
完全に無敵に貫徹するのだ、
妥協も譲歩もしないぞ


磯部浅一 

磯部淺一獄中日記
獄中日記 (一) 八月一日 「 何にヲッー! 殺されてたまるか 、死ぬものか 」
・ 獄中日記 (二) 八月六日 「 天皇陛下の側近は国民を圧する漢奸で一杯でありますゾ 」
・ 獄中日記 (三) 八月十二日 「 先月十二日は日本の悲劇であつた 」
・ 獄中日記 (四) 八月十五日「 俺は一人、惡の神になつて仇を討つのだ 」
・ 獄中日記 (五) 八月廿八日 「 天皇陛下何と云ふザマです 」
 


余の所信とは
日本改造方案大綱を一点一角も修正する事なく完全に之を実現することだ
方案は絶対の真理だ、
余は何人と雖も之を評し、之を毀却(キキャク)することを許さぬ
方案の心理は大乗仏教に真徹するものにあらざれば信ずる事が出来ぬ
然るに 大乗仏教所か小乗もジュ道も知らず、
神仏の存在さへ知らぬ三文学者、軽薄軍人、道学先生等が、
わけもわからずに批評せんとし 毀たんするのだ。
余は日蓮にはあらざれども
方案を毀る輩を法謗のオン賊と云ひてハバカラヌ 日本の道は日本改造方案以外にはない、
絶対にない、
日本が若しこれ以外の道を進むときには、それこそ日本の没落の時だ
明かに云っておく、改造方案以外の道は日本を没落せしむるものだ、
如何となれば
官僚、軍幕僚の改造案は国体を破滅する恐る可き内容をもつてゐるし、
一方高天ヶ原への復古革命論者は、ともすれば公武合体的改良を考へている、
共産革命家復古革命かが改造方案以外の道であるからだ
余は多弁を避けて結論だけを云っておく、
日本改造方案は一点一画一角一句 悉く心理だ、
歴史哲学の心理だ、
日本国体の真表現だ、
大乗仏教の政治的展開だ、
余は方案の為めには天子呼び来れども舟より下らずだ。
・・・ 「 何にヲッー! 殺されてたまるか 、死ぬものか 」

天皇陛下
陛下の側近は国民を圧する漢奸で一杯でありますゾ、
御気付キ遊バサヌデハ日本が大変になりますゾ、
今に今に大変な事になりますゾ、

明治陛下も皇大神宮様も何をして居られるのでありますか、
天皇陛下をなぜ御助けなさらぬのですか、

日本の神々はどれもこれも皆ねむつておられるのですか、
この日本の大事をよそにしてゐる程のなまけものなら日本の神様ではない、
磯部菱海はソンナ下らぬナマケ神とは縁を切る、
そんな下らぬ神ならば、日本の天地から追ひはらつてしまふのだ、
よくよく菱海の言ふことを胸にきざんでおくがいい、
今にみろ、
今にみろッ

・・・ 「 天皇陛下の側近は国民を圧する漢奸で一杯でありますゾ 」

天皇陛下は十五名の無雙(ムソウ)の忠義者を殺されたのであらふか、
そして陛下の周囲には国民が最もきらってゐる国奸等を近づけて、
彼等の云ひなり放題に御まかせになつてゐるのだらふか、
陛下、
吾々同志程、 国を思ひ 陛下の事をおもふ者は日本国中どこをそがしても決しておりません、
その忠義者をなぜいぢめるのでありますか、 朕は事情を全く知らぬと仰せられてはなりません、
仮にも十五名の将校を銃殺するのです、
殺すのであります、 陛下の赤子を殺すのでありますぞ、
殺すと云ふことはかんたんな問題ではない筈であります、
陛下の御耳に達しない筈はありません、
御耳に達したならば、 なぜ充分に事情を御究め遊ばしませんので御座いますか、
何と云ふ御失政でありませう
こんなことをたびたびなさりますと、日本国民は、陛下を御うらみ申す様になりますぞ、
菱海はウソやオベンチャラは申しません、
陛下の事、日本の事を思ひつめたあげくに、
以上のことだけは申上げねば臣としての忠道が立ちませんから、
少しもカザらないで陛下に申上げるのであります
陛下
日本は天皇の独裁国であつてはなりません、
重臣元老貴族の独裁国であるも断じて許せません、
明治以後の日本は、 天皇を政治的中心とした一君と万民との一体的立憲国であります、
もつと ワカリ易く申上げると、
天皇を政治的中心とせる近代的民主国であります、
左様であらねばならない国体でありますから、何人の独裁をも許しません、
然るに、今の日本は何と云ふざまでありませうか、
天皇を政治的中心とせる元老、重臣、貴族、軍閥、政党、財閥の独裁国ではありませぬか、
いやいや、よくよく観察すると、
この特権階級の独裁政治は、天皇をさへないがしろにしてゐるのでありますぞ、
天皇をローマ法王にしておりますぞ、
ロボツトにし奉つて彼等が自恣専断(ジシセンダン)を思ふままに続けておりますぞ
日本国の山々津々の民どもは、
この独裁政治の下にあえいでゐるのでありますぞ
陛下
なぜもつと民を御らんになりませんか、
日本国民の九割は貧苦にしなびて、おこる元気もないのでありますぞ
陛下がどうしても菱海の申し条を御ききとどけ下さらねばいたし方御座いません、
菱海は再び、陛下側近の賊を討つまでであります、
今度こそは 宮中にしのび込んででも、 陛下の大御前ででも、 きつと側近の奸を討ちとります
恐らく 陛下は  陛下の御前を血に染める程の事をせねば、御気付き遊ばさぬでありませう、
悲しい事でありますが、陛下の為、 皇祖皇宗の為、 仕方ありません、
菱海は必ずやりますぞ 悪臣どもの上奏した事をそのままうけ入れ遊ばして、
忠義の赤子を銃殺なされました所の 陛下は、不明であられると云ふことはまぬかれません、
此の如き不明を御重ね遊ばすと、神々の御いかりにふれますぞ、
如何に 陛下でも、神の道を御ふみちがへ遊ばすと、御皇運の涯てる事も御座ります
統帥権を干犯した程の大それた国賊どもを御近づけ遊ばすものでありますから、
二月事件が起こったのでありますぞ、
佐郷屋、相沢が決死挺身して国体を守り、統帥権を守ったのでありますのに、
かんじんかなめの 陛下がよくよくその事情を御きわめ遊ばさないで、
何時迄も国賊の云ひなりなつて御座られますから、
日本がよく治まらないで常にガタガタして、そこここで特権階級をつけねらつてゐるのでありますぞ、
陛下 菱海は死にのぞみ 陛下の御聖明に訴へるのであります、
どうぞ菱海の切ない忠義心を御明察下さります様 伏して祈ります、
獄中不断に思ふ事は、陛下の事で御座ります、
陛下さへシツカリと遊ばせば、日本は大丈夫で御座居ます、
同志を早く御側へ御よび下さい


八月十二日
今日は十五同志の命日
先月十二日は日本歴史の悲劇であつた
同志は起床すると一同君が代を唱へ、
又 例の渋川の読経に和して眼目の祈りを捧げた様子で
余と村とは離れたる監房から、わづかにその声をきくのであつた
朝食を了りてしばらくすると、
萬才萬才の声がしきりに起る、
悲痛なる最後の声だ、 うらみの声だ、
血と共にしぼり出す声だ、
笑ひ声もきこえる、 その声たるや誠にイン惨である、
悪鬼がゲラゲラと笑ふ声にも比較出来ぬ声だ、
澄み切つた非常なる怒りとうらみと憤激とから来る涙のはての笑ひ声だ、
カラカラした、ちつともウルヲイのない澄み切つた笑声だ、
うれしくてたらなぬ時の涙より、もつともつとひどい、形容の出来ぬ悲しみの極みの笑だ
余は、泣けるならこんな時は泣いた方が楽だと
思ったが、泣ける所か涙一滴出ぬ、
カラカラした気持ちでボヲーとして、何だか気がとほくなつて、
気狂ひの様に意味もなく ゲラゲラと笑ってみたくなつた
御前八時半頃からパンパンパンと急速な銃声をきく、
その度に胸を打たれる様な苦痛をおぼえた
余りに気が立つてヂットして居れぬので、詩を吟じてみようと思ってやつてみたが、
声がうまく出ないのでやめて 部屋をグルグルまわつて何かしらブツブツ云ってみた、
御経をとなへる程の心のヨユウも起らぬのであつた
午前中に大体終了した様子だ
午后から夜にかけて、看守諸君がしきりにやつて来て話しもしないで声を立てて泣いた、
アンマリ軍部のやり方がヒドイと云って泣いた、
皆さんはえらい、たしかに青年将校は日本中のだれよりもえらいと云って泣いた、
必ず世の中がかわります、キット仇は討ちますと云って泣いた、
コノマヽですむものですか、この次は軍部の上の人が総ナメにやられますと云って泣いた、
中には私の手をにぎつて、
磯部さん、私たちも日本国民です。
貴方達の志を無にはしませんと云って、誓言をする者さへあつた
この状態が単に一時の興奮だとは考へられぬ、
私は国民の声を看守諸君からきいたのだ、
全日本人の被圧迫階級は、コトゴトク吾々の味方だと云ふことを知って、力強い心持になつた、
その夜から二日二夜は死人の様になつてコンコンと眠った、
死刑判決以後一週間、
連日の祈とう と興フンに身心綿の如くにつかれたのだ
二月二十六日以来の永い戦闘が一先づ終ったので、つかれの出るのもむりからぬ事だ
宛も本日---- 弟が面会に来て、寺内が九州の青年にねらはれたとかの事を通じてくれた、
不思議な因縁だ、 たしかに今に何か起ることを予感する、
余は死にたくない、 も一度出てやり直したい、
三宅坂の台上を三十分自由にさしてくれたら、軍幕僚を皆殺しにしてみせる、
死にたくない、 仇がうちたい、 全幕僚を虐殺して復讐したい
・・・「 先月十二日は日本の悲劇であつた 」

村中、安ド、香田、栗原、田中、等々十五同志は
一人残らず偉大だ、神だ、善人だ、
然し余だけは例外だ、余は悪人だ、
だからどうも物事を善意に正直に解せられぬ、
例の奉勅命令に対しても、余だけは初めからてんで問題にしなかつた、
インチキ奉勅命令なんか誰が服従するかと云ふのが真底の腹だつた、
刑ム所に於ても、どうも刑ム所の規そくなんか少しも守れない、
後で笑われるぞ、刑ム所の規そくを守っておとなしくしよう等、同志に忠告されたが、
どうも同志の忠告がぴんと来ぬ、あとで笑はれるも糞もあるか、
刑ム所キソクを目茶々々にこわせばそれでいいのだ 人は善の神になれ、
俺は一人、悪の神になつて仇をウツのだ
・・・「 俺は一人、惡の神になつて仇を討つのだ 」

天皇陛下
此の惨タンたる国家の現状を御覧下さい、
陛下が、私共の義挙を国賊反徒の業と御考へ遊ばされてゐるらしい
ウワサを刑ム所の中で耳にして、私共は血涙をしぼりました、
真に血涙をしぼつたのです
陛下が私共の挙を御きき遊ばして
「 日本もロシヤの様になりましたね 」
と 云ふことを側近に云はれたとのことを耳にして、
私は数日間気が狂ひました
「 日本もロシヤの様になりましたね 」
とは 将して如何なる御聖旨か俄にわかりかねますが、
何でもウワサによると、
青年将校の思想行動がロシヤ革命当時のそれであると云ふ意味らしい
とのことを ソク聞した時には、
神も仏もないものかと思ひ、
神仏をうらみました だが私も他の同志も、
何時迄もメソメソと泣いてばかりはゐませんぞ、
泣いて泣き寝入りは致しません、
怒って憤然と立ちます
今の私は 怒髪天をつく の 怒にもえてゐます、
私は今、
陛下を御叱り申上げるところ迄、精神が高まりました、
だから毎日朝から晩迄、 陛下を御叱り申して居ります
天皇陛下 何と云ふ御失政でありますか、
何と云ふザマです、
皇祖皇宗に御あゆまりなされませ

・・・ 「 天皇陛下何と云ふザマです 」 


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