あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

帰順 ・ 沿道の群集 「万歳! 蹶起部隊万歳!」

2019年06月20日 18時33分14秒 | 野中部隊

≪ 2 9 日 ≫
まんじりともせず警戒しているうちに
ようやく夜が白みはじめた。
ホッと一息ついた時
再び陣地変換の命令が下り中隊は三宅坂に移動した。
もう その頃になると飢と寒さで誰も口をきかなくなった。
しかしお互いに我慢しているのか
一人として弱音をはく者はなかった。
三宅坂にきた頃はまだ暗く、
そんな中で

清原少尉は
全員を集め本人を中心に円陣を組ませた。
少尉は軍刀をつき胸を張ってはいるが何か沈痛の色が見える。
頭の中でいろいろまとめていたがやがて話をはじめた。
「 我々は国家をよくするため昭和維新の断行に踏切ったが、
昨日来一部同志の脱落により遂行は今や崩れかけている。
現在頑張っているのは我が三中隊と六中隊だけとなった。
そこでお前たちの決意を聞きたい。
最期の一人に成っても やり抜く覚悟のある者は手をあげてもらいたい 」
この言葉に全員は期せずして
「 ハイ 」 といって手をあげた。
「 有難う、よく決意してくれた。教官は心から嬉しく思う 」
兵隊たちはお互いに顔を見あわせて最後の天皇陛下万歳を唱えた。
やがて明るくなってきた頃、
小銃やLGに実包を込め、陣地について戦闘準備に入った。
と、その時半蔵門の坂道を私達の方に向かって戦車の列が登ってきた。

戦車が去ったあと
清原少尉は再び皆を前にして話をはじめた。
「 昨日原隊復帰の勅命が下ったそうである。
我々は今まで尊皇義軍を誇りにしていたが いつの間にか反乱軍の汚名を着せられてしまった。
ここに至っては如何ともすることができない・・・・・」
そこで言葉がとぎれた。
そしてまた思いなおしたように、
「 そこでもう一度お前たちに聞く。最後の一人になろうとも頑張る気概のある者!」
その問に全員は前回と同様に
「 ハイ 」 と答えて手をあげた。
しかし心なしか元気がなかった。
「 有りがとう、教官は心から感謝する。
しかし反乱軍の汚名を着せられたままお前たちを殺すことは忍びない、
よって残念だがこれから原隊に復帰することにする 」
少尉は目に涙を浮かべ万感胸迫り、声もつまってよく聞きとれなかった。
その後全員は陣地を撤収、
あと片付けを行い、改めて服装を正し整列の上、
清原少尉の音頭で天皇陛下万歳を三唱、
武装、タスキがけ姿で帰隊の途についた。
 ・
沿道は
至るところ鎮圧軍の陣地やバリケードが築かれ、
私たちは彼等の大規模な攻撃準備に今更に目を見張るばかりだった。
しかしそれにも増して驚いたのは
私達の進む沿道が黒山の市民で埋めつくされていたことである。
しばらく行進すると鎮圧軍によって行進が停められた。

清原少尉が相手の将校と何やら問答を始めた。
その結果、直進を避けて十字路を右折することになった。
道路沿いの市民たちが
「御苦労さま! 万歳!」
と 連呼しつつ
盛んに私たちに歓声を送ってくれた。
市民は
私たち蹶起部隊に対し心から声援しているのである。
反乱軍の汚名を着せられていても市民感情は私たちに味方しているのだ。
私たちは嬉しかった。
国政の退廃に愛想をつかした市民が私たちの蹶起に心から感謝していることが判る。

そしてまた数分後 行進が阻止された。
今度は大分強硬で清原少尉も相手将校も興奮した態度でわたり合っていた。
それに呼応して油を注ぐかのように小銃やMGの発砲が断続して響き渡った。
相手側は私たちに武装解除を要求しているらしい。
これに対して清原少尉は、
「 我々は勅命によって原隊に復帰するのだ、この勅命を阻むものは国賊である。
どうしても武装解除を要求するなら 我々は一戦を交えても勅命を遵奉するがそれでもよいか」
と 切込んでいった。

するとこの成り行きを見ていた群衆が
私たちと鎮圧軍 (近歩三)の間になだれの如く割って入り
「万歳! 蹶起部隊万歳!」
と 叫び出し
鎮圧軍を引きはなした。
この劇的なシーンは
どう表現したらよいか筆絶し得ない情景で、
今も脳裡に焼きついている。

鎮圧軍は遂に群衆の威圧に負け武装解除をあきらめ、
そのかわり 「 取れ剣 」 と 「 弾抜け 」 を命じた後、私達の行進を許可した。
道路の人垣はなお続いていた。
やがて正午近い頃原隊に着く。
営門の前には憲兵が右往左往し
報道関係の記者もカメラを携えて飛廻っている。
隊列が停止すると清原少尉が中央に立って徐ろに訓示をした。
「 出動以来お前たちには非常に苦労をかけた。
この清原を中心に一人の落伍者もなく
一糸乱れず指揮に従ってくれたことに対し教官は心から感謝する。
今回の事件は自分一人の責任であってお前達には何の罪もない。
この責任は自分がとるから
お前たちは新しい統率の下で、君のため、国のため忠勤をはげんでくれ」
いいおわった清原少尉は頭をたれ男泣きに泣いた。
訓示が済むと急に隊列が乱れ
「教官殿!」 「教官殿!」 
と 叫びながら全員は一斉に少尉にすがりついた。
そして子供のようになきじゃくった。

二・二六事件と郷土兵
歩兵第三聯隊第三中隊 上等兵 沢田安久太郎 「民衆の声援」 から