カルロス・フエンテス、「老いぼれグリンゴ」

 そもそものお目当てはこちらだった。「老いぼれグリンゴ」の感想を少しばかり。

 “「みてくれのいい死体になりたくてね」”(321頁)

 素晴らしい読み応えだった。メキシコとアメリカ。メキシコからアメリカに向けられた、恨みと揶揄。人諸共に大地を刻みつけた国境のこと、他者との隔たりを越えられない心の中にある境界のこと。男性至上主義(マチスモ)の所為でひどく歪に見えてしまう男女の関係。支配者と、虐げられた人々の存在。老いと若さの対立。アメリカ人である彼と彼女に、国境の川を渡らせたその思いとは…。
 メキシコ革命の熱狂の中で繰り返される重過ぎる問いが、幾度となく胸に迫った。“死と呼ばれるものは最後の苦痛にすぎない”というビアスの言葉は、ただ辛辣な心から吐かれただけの虚無的な警句なのだろうか、そこにホンの少しでもいいから救いになるような意味は込められてはいなかったのだろうか…と、少し悶々とした。

 まず物語は、革命さなかのメキシコに渡った経験のある女性ハリエットが、当時を思い返しているという形で語られだす。が、そのまま話が進むのかと思っているとやがて、視点がハリエットだけに固定されているわけではないとわかってくる。雇い主がいないのに家庭教師という職にこだわりメキシコ人を教育しようとする娘ハリエット、“みてくれのいい死体になりたくて”不法入国したグリンゴ爺さん、若くたくましいメキシコ人(まさにマチョ)であるパンチョ・ビージャ軍の将軍トマス・アローヨ。反乱軍に加わることで同じ場所に居合わせてしまった三人を物語の中心に据え、それぞれがそこに至るまでの過去の話へも語りは及び、物語はどんどん重層的になっていく。三人のことだけに留まらず、例えば終盤に挿入される丸顔の女の話なども、とても印象深かった。
 そして更に作者はこの三人を使って、愛と憎しみが拮抗する緊迫した三角関係(むしろ三角地帯というか)を生じさせ、老人の悲哀と若者たちの官能を見事に描き出している。グリンゴ爺さんとアローヨとの間には、理解と敬意があった。アローヨの腕の中でハリエットは、アローヨを憎んだ。そしてグリンゴ爺さんは、ハリエットがアローヨの荒々しい愛で永久に変わってしまったのを、目撃しなければならなかった。三人の結びつきから生まれる齟齬によって、物語は終局へ向かってなだれ込んでいくことになる。
 最後まで読んだ時、冒頭におけるハリエットの孤独の理由がわかったような気がした。

 自著を二冊に、『ドンキホーテ』が一冊。
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ブルース・チャトウィン、「パタゴニア」

 大大大満足だった一冊。まずは「パタゴニア」の感想を少しばかり。

 “彼らは歩いている人間を頭がおかしいと思う。”(128頁)

 歩いている、ひたすら歩いて移動している…とただそれだけでこんなに異邦人(こんなにアウェイ感)。…パタゴニアって! 
 旅行記(夭逝の美男作家の)ということは知っていたのでそのつもりで冒頭を読み始め、すぐさまにぴっと、自分は何か思い違いをしていたのかも…?と嬉しくなった。お祖母さんの家にあるガラス張りの飾り棚の前に立つ、まだあどけない少年の姿がぱっと眼に浮かぶ。その、憧れの表情までも。子供時代の回想から話に入っていく感じが、まるで小説のように素敵で驚いたのだ。そしてその一つ目のエピソードと言うのが、飾り棚の中にあった一片の皮はブロントサウルスの皮だと聞かされていたけれど実は…という展開で、このパタゴニア旅行の動機へと繋がっていく訳である。やがて皮はなくなってしまうのだが(ここはずっこけた)、パタゴニアへの思いが元少年の中にちゃんと育まれていくからである。
 ちなみにその皮を祖母に贈ったのは、祖母のいとこである船乗りのチャーリー・ミルワードという人物で、特に後半で繰り広げられるこの人の話が滅法面白い。

 白茶けた岩だらけの丘陵や険しい峡谷地帯、広がりゆく草原と山地の峰々、黒い針葉樹、吹き荒れる強風に囲まれた開拓地。この目で眺めたならばきっと、むき出しな自然の持つ美にただただ圧倒されるのだろうけれど、その美しさは人を寄せ付けない類の峻厳にしていささか壮大過ぎるそれだ…と思う。生まれた国を遠く離れてこんな場所までやってきて、自分たちの力だけを頼りに開拓してきた無名の人々のことが、感情を挟まない坦々とした筆致で描かれているのもとてもよかった。そしてまた、様々なエピソードが入れ子になっているところは楽しい小説を読んでいるような心地に…とは言え、実際の旅先での出会いは本当に一期一会で、やっぱりこれは旅行記なのだなぁ…と思わされる(人名を忘れても困らないところがね)。彼は旅人、訪れては去っていく人。次の風景の中へ。

 三人組の盗賊ブッチ・キャシディ・ギャング団、アナーキストの反乱のリーダーだったアントニオ・ソート、洞窟議会で知られる暗黒集団ブルへリア、ポーの創作したツァラル人、18歳のときから死を迎える時までかかって(!)複雑なヤガン語の辞書を作ったトーマス・ブリッジズ、南米の天才パラシオス神父が語るパタゴニアの一角獣のこと、などなどなどなど…! 数えきれないほどのエピソードがみっちり詰まった、素晴らしい読み応えの旅行記であった。

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7月13日(水)のつぶやき

07:37 from web
あ、この女優さん結構好きなんだー。
07:38 from web
おはようございます。今日は午後に桃が届きます。るん♪
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