ミロラド・パヴィッチ、『帝都最後の恋』

 すっかりお気に入りの、東欧の想像力シリーズの新刊。京都まで足を伸ばした際、喜び勇んで購入した次第である。 
 副題は、「占いのための手引き書」。素直に順番通りに読む以外に、カード占いをしながら出てきたカードの章を読んでいく…という楽しみ方もある。それによって運命の予言を行うことが出来ると、但し書きにはある。私はタロットカードの持ちあわせはないので、順番通りに読むことに。

 『帝都最後の恋―占いのための手引き書―』、ミロラド・パヴィッチを読みました。


〔 それは、怖ろしくも容赦ない渇望、その重さのあまり、右足が麻痺してしまうほどの渇望だった……。さもなければ、ずっと昔のあるとき、キャベツを山盛りにした皿の中でだれか他人の魂が転げ回っていて、それを丸呑みしてしまったことがある、そんな気がすることもあった。 〕 5頁

 帝都最後の恋、それはたとえば“毎日に四季がある”…そんな、恋だった。
 大変大変、好きな作品だった。こういう世界観は大好物だ。心魅かれる設定が其処此処に散りばめられ、一応の時代設定はあるものの、ふとそれらを忘れて自由奔放な神々の物語を読んでいるような錯覚にも捕らわれた。不思議な魅力を持つ物語だった。

 ナポレオン戦争時代、物語の主人公はソフロニエ・オプイッチという若者である。セルビア人の父とギリシャ系の母との間に生まれ、異国であるはずのフランスのためにナポレオン軍の中尉となって敵と闘う彼は、“勝者の息子”だ。 勝者の息子は必然的に、非力な世代であるという。
 誰にも打ち明けられない大いなる秘密を抱え込んでしまった(そのため、身体にはある変化が…)、若きオプイッチ。そして、大尉であり劇団の後援者でもある偉大な父親、ハラランピエ・オプイッチ。痛みに似た飢えを追い続ける息子の旅の先々には、蠱惑的な女が姿を現すかと思えば、“三つの死を持つ”強力な父親の影が落ちる…。 

 くすりと笑いたくなる幻想的な部分には、チャーミングでお茶目なセンスが溢れている。そして実のところ、本文に入る前の「登場人物の系譜と一覧」にざっと目を通しただけで、愉快になって噴き出してしまった。みんな、恋愛遍歴(結婚も含め)がいささか錯綜気味なのだもの…。この「登場人物の系譜と一覧」は、もしかしたら所謂ネタばれ?だけれど、一読では頭に入らない内容なので、先に見てしまってもさほど差支えがないように思った。むしろ期待が高まるというか、ね。 

 登場人物たちが繰り広げる、取り引き無用の恋愛の数々は、その伸びやかさ故に読んでいてとても楽しい。己に不正直な人が全然いない。それでいて描かれているのは彼らの恋愛模様だけではなく、実に様々な要素が盛り込まれてもいる。だからこそタロットカード一枚ずつの章立てが、ちゃんと成立するのかもしれない。 
 家族や愛人たち皆の愛情を一身に受ける父オプイッチが、芝居によって繰り返させる、自身の死と再生の意味(一番目の死は老女、二番目の死は美女、三番目の死は…)。愚か者と見なされた孤独な若きオプイッチの、自分探しの為のさすらい。占いと運命。恋の絶頂と、個人の重過ぎる願い…。

 巻末には、タロットカードの付録がついている。本当に占いをしながらこの作品を読んだらどんな具合か、そこにも興味はあるけれど…。とりあえず、この素敵な物語を堪能出来ただけで、とても満足だ。

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