柄澤齊さん、『ロンド』

 表紙買いのミステリ。『ロンド』、柄澤齊を読みました。

 “カラヴァッジョは視覚という牢獄を生き、そこから出ようとしてたくさんの鍵を拵えた。一ダースも残された彼の斬首像は、差し込むたびに折れて血を流すカラヴァッジョの鍵のように私には見える。” 下巻74頁

 小昏さにすっかり捕り込まれて、堪能いたしました。ミステリとしてだけ読んでしまうと、驚異のトリックがあるわけでもないし、愕然とするほど真犯人が意外…というわけでもないので物足りないかもしれません。かく言う私が堪能したのは、事件そのものよりもその周辺です。 
 徐々に明らかにされていく、一人の亡き天才と幻の絵画をめぐってどんどん歯車が狂ってしまった人間模様とか、連続殺人事件に付いて回る“絵画そのままの死体”の意味の方に、俄然関心が向いていました。 

 “絵画そのままの死体”って…。
 主人公の津牧は、優秀な学芸員です。とりわけ天才画家の絵について作者が彼に語らせる、カラヴァッジョ論と言ってもいい件は圧巻です。まず問題の絵も相当怖いのですが、それに触れる文章も読んでいてかなり怖かったです。

 時に詩的に繊細で、時に緻密に力強い文章がとても素敵です。そして後半の筋運びには、かなりはらはらさせられました。  
 この作品を、よりファンタジー寄りのミステリにしているのが、幻の絵画『ロンド』の存在であることは言うまでもありません。作者が画家であるからこそ描ける、画家の観念の世界にだけ存在しうるような、“死”の顔そのもの。人を狂わす、魔の絵。その『ロンド』を描写して、現実離れをした作風に触れている箇所には鬼気迫るものがあり、作品全体で繰り広げられる輪舞の中心点として相応しいたかぶりと、非情の死の恐怖へといざなわれていくのでした。 

 (2007.4.13)

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