計算気象予報士の「知のテーパ」

旧名の「こんなの解けるかーっ!?」から改名しました。

仁和寺にある法師

2012年10月31日 | オピニオン・コメント
 明日からは11月ですね。

 さて、兼好法師(吉田兼好)の著書「徒然草」の中のエピソード「仁和寺にある法師」(第五十二段)の結びに「すこしのことにも、先達(せんだち)はあらまほしき事なり」とあります。

 ここ数年を振り返ってみると、自分の方向性に悩んでいた時に「ある方」と出会い、それが転機となって「新たな専門家」として活躍したいと意を決し、「新たな舞台」に飛び込み(紆余曲折を経て)その方と共に二人三脚で「新しい事業」を立ち上げ、「スタッフ」の立場から色々と模索し続けてきました・・・。

 このプロセスの中で「得たもの」も大きいですが、それは同時に「失ったもの」も(それはそれは)非常に大きいと言えるでしょう。

 私の歩んでいる道は「一寸先は闇」のようなもの。「前人未踏」と言えば、響きはかっこいいでしょう。しかし、「未来に不安が無い」と言ったら、それはやはり「」になります。まさに、私にとっても「先達はあらまほしき事なり」。

 これまで土曜日は隔週で「コーチング・スキル」の研修を受講しておりました。

 研修を通じて、コミュニケーションに関する「基礎や土台」に相当する「思考と理解のツール」学ぶ事ができました。そして、知識やスキルに留まらず、新たな「良き先達」に出会う事が出来ました。


 この半年間に渡る研修を通じて感じた事を、大きく「5つのポイント」に集約してみました。これらは私の「主観的な意見・感想」ですのでスキルや知識ではありません。

(1)何気なく「コミュニケーション能力の高い人」と言うと、話題も豊富で、話が上手くて、面白い事や気の利いた事を言える(天性の)キャラクターの持ち主、つまり「周囲からの"人気者"」のイメージを連想するが、必ずしもそれだけが「全て」では無い。(「巧言令色」という言葉もある)

(2)自分の「コミュニケーション能力」に自信が無くコンプレックスを抱いている方は、実は「意外に多い」。周囲からの("上から目線"や"無責任"な)「評論(?)」にいちいち苛まれる位なら、本物のコーチ(専門家)の指導の下で「確かな知識」を学び、それを「自らの軸」とする方が遥かに賢明である。

(3)コミュニケーションを図ろうとする「意志」や「意欲」があるならば、自分の可能性を諦める事無く、自分なりの「コミュニケーション・スタイル」を模索し続けるのが良い。その際「コーチングの考え方」は強力な「羅針盤」となるだろう。

(4)「意思決定のプロセス」において、思考の方向性やポイントを整理する上でも、「コーチングの考え方」に基づいた手法を用いる事はすこぶる有効である。

(5)「自然現象」が「物理学」の理論をもって理解・認識できるように、「コミュニケーション」という「現象」も「コーチングの考え方」を通して「理論的に」俯瞰できる。つまり、意識的・戦略的にコミュニケーションを進めるヒントがそこにある。

コメント
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