軌道エレベーター派

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軌道エレベーターが登場するお話(23) 三体 その2

2021-09-25 11:03:44 | 軌道エレベーターが登場するお話


三体
劉 慈欣
(日本語訳は2019年 早川書房)


「三体」を取り上げて3回に分けて書くうちの2回目です。今回も重要なネタバレがありますので、未読の方はご注意ください。その1とその3はこちら↓
1. 本作に登場する軌道エレベーター
3. 人物描写について

2. ストーリーについて
 本作では、太陽系から4.3光年の距離にあるケンタウルス座アルファ星系にある、三連星の周囲を公転する惑星の文明人(以下「三体人」)が、地球からの電波を受信して存在を知ります。彼らの母星は、周回する恒星がいわゆる三体運動(特殊解以外に運動方程式が未解明で、三つの恒星がどのような運動をするのか予想ができない)をしています。
 三体運動のため極寒や灼熱の環境が不規則に訪れる過酷な環境にあり、安定した環境を持つ地球への関心と、後述する安全保障上の猜疑心から、三体人は地球を侵略するために艦隊を差し向けます。相対論的限界から、艦隊が到着するまで数百年かかるので、第1部、2部ではそれまでの間の地球での出来事や人類の対応がメインストーリーになります。
 情報量が膨大で、面白いところもツッコミどころもありすぎるくらいなので、いくつかに絞ります。

(1) “ファースト”・コンタクト作品ではない
 以前本作に触れた際、「これだけ落胆し、なおかつこれだけ面白く先へ先へと読ませるSF小説は久しぶり」と書いたのですが、理由を書く時が来ました。

 私はSF作品の中でも、いわゆるファース・トコンタクトを描いた作品に興味があります。地球外知的生命に初めて接した際、人類はいかにコミュニケーションを確立するのか? 異なる文明からのメッセージを、どうやって解読するのか? ファースト・コンタクト物はそこを描いてなんぼであり、作者はどんなアイデアや想像力を見せてくれるのかを楽しみにしてきました。
 で、本作についてある雑誌に「ファースト・コンタクトがテーマ」と書かれていて、俄然期待して読み始めました。

 本作では1960年代、中国の極秘プロジェクトで建設された「紅岸基地」が、宇宙に電波を送信。それを受け取った三体文明からの返信を、およそ8年後に受信します。紅岸基地のコンピュータは、この人類初の地球外知的生命からのメッセージ(しかも単なる挨拶ではなく危機的感情が込められた警告)を、瞬時に解読してしまう。

 ( ゚д゚)

↑こうなったの私だけじゃないよね? ちなみに解読後ほどなく、返信も出しちゃいます。地球の言葉の翻訳機さえなかった時代に。中国科学院スゲエエエエ!
 第3部を読むと、この時のやり取りには、メッセージに解読の手引きのような部分が含まれていたらしいことが示唆されるのですが、その解読ツールはどうやって解読するのか? たとえば単純な二進法を使ったとしても、何回ものやりとりを経て対照表のようなものを作って、ようやく双方向のやりとりが確立するものではないのか? 凡庸な一読者の理解が及ばない方法があるのかも知れませんが、私はそれを見たかったんです。

 言語はもちろん生物学的器質や思考パターンが異なり、まったく接触のない、そもそも言語を有するかどうかさえわからない相手に通じうる概念といえば、自然数や原子量、物理定数など極めて限定的でしょう。「0」を伝えることすら極めて困難に違いない。
 私はファースト・コンタクトSFの最高峰は、カール・セーガン博士の「コンタクト」だと思っていますが、同作では1と素数、つまり1、2、3、5、7。。。と自然現象では発生しえないパターンの信号を最初に電波で送ることで、自分たちが知的文明だということを地球人に伝えます。ある日突然、主人公の務める電波天文台が、強力な素数の電波を受信する場面は、読者を最高に興奮させるツカミです。

 この素数を送るやり方を、本作でも第3部で、三体文明とは異なる未知の知的存在に対して行う場面が出てきますが、これは三体文明を認識してから100年以上後の話で、20世紀の方があっさり意思疎通しちゃっている。
 本作は“コンタクト”ではあっても“ファースト”に重きを置く作品ではないことを知りました。ていうか最後まで三体人と直接コンタクト=第三種接近遭遇しないんだわ!せめてなぜ嘘がつけないのかくらい知りたかったよ←あまりに重要なネタバレなので白く反転しておきます。これから読む人はスルーしてください。 
 そんなわけで、肩透かしをくらったのでありました。


(2) ヘンな小説
 ほかにも「そんなことが可能なのか?」と思ってもまったく説明がないネタ(たとえば全宇宙共通で三体文明の座標を示す方法など)が、本作にはけっこうあるんですよね。そのせいか、「なんかヘンだよこの小説!?」と感じてなりません。
 ファンの皆さんすみません。貶めているわけではないのですが、自分の根っこの感覚がそう訴えてかけてくるんです。しかしそれでも読むのを止めなかったのは、こうしたご都合主義を補って余りある面白さが横溢していたからです。
 非常に多くのSFネタを取り入れている本作は、SFガジェットのカタログのような一面があり、「細かいことはいいんだよ」という描き方も多い。実際、それぞれを過剰に掘り下げて物語を作るとツッコミどころが増え、ハードSFなどが好きな読者から失笑を買いかねないところを、決してギャグには堕さないバランスを巧みに保っているように見えます。結果としてちょっとヘンなんですが、それを読者をひきつける磁力にしています。

 何より「続きが早く読みたい」と思わせる展開に、終始引き込まれます。たとえば第1部で、化学者の汪森(ワン・ミャオ)の視界に、ある日カウントダウンのような数字が現れるという、オカルト現象みたいなことが起き、さらには最先端の物理実験がこぞって破綻してしまう事態も生じて、「三体文明の仕業なのか? 一体どうやって?」と読み進まずにはいられない。その意味で第1部はミステリーの要素が強いとも言えます。

 三体人は侵略艦隊の到着に先んじて、「智子(ソフォン)」という特殊な手段(詳しくは読んでほしいが、このアイデアは本当に面白い。智子を開発できる科学力があるなら、母星の環境改造くらい簡単にできそうなものですが)で地球人の情報を収集し、科学技術の発展も停滞させます。
 混乱はこの智子の仕業なのですが、さらに三体人と内通する地球人組織も存在し、地球人社会が三体人によって蚕食されている実態が明らかになっていきます。智子によって情報も技術も丸裸にされた状態で、いかに三体艦隊を迎え撃つ術を見いだすのか。この展開が、先へ先へと読ませる引力にあふれています。

(3) 黒暗森林について
 本作は色んなSF作品のエッセンスがちりばめられていて、ほかの作品を連想する人は多いようです。私は、三体文明の脅威が明らかになった第1部のラストにTVシリーズの「V」(古い方ね)を思い出しました。

 宇宙に存在する知的生命は、自分たちが攻撃される疑念に常に取り憑かれ、相手を認識し次第、すべからく先制攻撃に走る。それを回避するには、息を潜め自分たちの存在を隠し続けるしかない--「黒暗森林」と呼ばれるこの相互不信が、本作における宇宙の暗黙のルールであり、「異星人がいるならなぜ地球に来ないのか?」という「フェルミのパラドックス」への一つの回答にもなっています。
 「進撃の巨人」に「世界は命ん奪い合いを続ける巨大な森ん中やったんや…」というセリフがありますが、本作はそんな感じの宇宙を描いています。

 ちなみにこの掟が明らかになる第2部は、昔紹介した「宇宙家族ノベヤマ」を思い出しました。同作では知的文明間の最終戦争を回避するため、一定の科学水準より先へ進もうとする文明には制裁が加えらるという秩序が確立しています。宇宙に進出した主人公たちがそのルールを学び、行き詰まりかけているこの秩序の打開策を模索するあたりに、本作との共通性を感じました。
 文明同士が共存・排他のいずれに走るのかに、遺伝子が影響しているという点や、文明に制裁を加える場合、恒星を異常活動させて熱や放射線で惑星を焼いてしまうあたりも同作を連想します。
 しかしこの掟にもツッコミたい部分があり、居場所がわかったら狙われるというなら、三体文明は地球の位置を全宇宙に「通報」してしまえばいいのではないのか? とも思います。地球文明から得るものがあるとしても、何百年もかけて艦隊を送るなど割に合わないだろう。

 フェルミのパラドックスについて、個人的には「単に宇宙が広大すぎて地球人の存在を知らない、知ったとしても相対論の限界から接触する方法がない、あるいは割に合わないからやって来ない」ということじゃないのかな、と思っています。
 知的文明が、必ず本作のような疑心暗鬼の思考をたどるのかは疑問ですが、宇宙の秩序というか掟についての独自の世界観は非常に興味深く、そのベールがはがされていく展開は、とても読み応えがあります。
 また個人的な好みの問題ですが、「説明がない」部分も多いけれども、基本的に現代科学に根差した発想に終始しており、そこから外れた超能力とか魔法とか超常現象とか、反則じみた設定は出てこないのも好みで、こうした読書意欲をそそるSFは久しぶりでした。

 第3部は、気の遠くなるような遠大な話で、「果しなき流れの果に」を思い出します。第3部の主人公については色々思うところがあるので、次回はその点について書こうと思います。
(次回に続く)
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