少し前、ある科学関連施設の長で、天文学を専攻していた方にインタビューをしました。好きな分野なので話題が多岐に及びまして、日ごろ抱えている疑問をぶつける機会にも恵まれました。その中の一つで「地球の位置(座標)を伝えられる全宇宙共通の方法はあるか?」という質問をしてみました。
以前、「軌道エレベーターが登場するお話」で「三体」を扱った時、本作の矛盾点というか疑問点の一つとして、この点を挙げました。作中では、何らかの数値で星の座標を表せることになってるみたいなんですが、具体的説明はないんですよね。
「三体」の場合は、三体文明との距離感が数光年のスケールだから成立するのかな? という可能性もありますが、どうにも信じがたい。本作はこういう点がかなり雑というか、細かいことはスルーしてるので、作者も考えてないと思う。
まあ小説はそもそも作り話なんだからいいとしても、地球の位置をいかに定義するかというのは興味のある問題で、そんなことが可能なのか、専門の方に聞いてみたかったのです。結論としては「無理でしょうね」でした。
1972、73年に打ち上げられ、それぞれ反対方向に旅立った探査機パイオニア10号と11号には、地球外知的生命に宛てたメッセージを搭載しています。152×229mmのこの金属板には、地球の相対的位置が図示されています。太陽系内における地球の位置は太陽とほかの惑星との関係で説明していて、まあこれはいい(この時代は惑星の数が、冥王星を含む九つでした)。では太陽系の位置はどう示したかというと、パルサーとの相対的な距離を示す絵を描き込んだのでした。
パルサーはパルス状の電磁波を発する天体で、ざっくり言うと瞬いてるんですね。地上から見る星が瞬いて見えるのは大気の濃淡のせいですが、パルサーは真空でも瞬いていて(肉眼で判別できるものではないですが)、「宇宙の灯台」とも呼ばれます。
この「灯台」を目印として、パイオニアの金属板には、太陽系が中心に来るように、14個のパルサーとの間を線で結んだ絵が描かれました。ちなみにもう1本、銀河系中心部までの相対的距離を示した水平な線もあり、これがいわばx軸に相当します。このほかには、長さの基準として水素の21cm波長や、パイオニアと人間との大きさを比較した絵などが描かれています。
ですがこの絵、我々地球人の研究者の間でも、解読できなかった人ばっかりだったらしい。これがその金属板。
難解だよなあ ( ̄□ ̄) それでも試みは素晴らしい。一見シンプルな絵ですが情報量は相当なものです。
余談ですが、このメッセージは裸の男女の姿が描かれていることで非難を浴びたそうで、そのせいか77年に打ち上げられたボイジャー1号と2号には、色んな情報を吹き込んだレコードが積まれました(レコードの入れ物には、パイオニアと同じパルサーを基準にした太陽系の座標が描かれている)。途中の惑星探査を丹念に行ったボイジャーの存在によって、パイオニア計画は影が薄くなってしまった感があり、ちょっと残念です。パイオニアのメッセージプレートのほうが、ビジュアル的にはインパクト強いのにね。
もともと、パイオニア両機はおうし座のアルデバラン(太陽系から65光年)とわし座(α星のアルタイルは同16.7光年)の方向をそれぞれ目指しており(といっても、到着すると停止したり着陸したりするわけではなく、たぶん惰性で星系を通り抜けるだけでしょうが)、距離的スケールが小さいので、仮にどこかの地球外知的生命がパイオニアに接触してこの金属板を理解してくれたとしても、それは我々の住む天の川銀河の範囲内の住人に限られそうです。
ましてや、太陽系は天の川銀河の回転に乗る形で秒速約240kmで動いており、その天の川銀河全体も同600km超で移動し、銀河同士は局所的には接近しあいながらも、宇宙全体は膨張して天体間の間隙は拡大しており。。。とすべてが動いていて、相対的な位置関係は常に変化しています。まさに万物流転、宇宙的スケールと相対論的限界から「普遍の位置」などというものは存在しない。
ことほど左様に、上も下もない広大な宇宙空間において、何かの位置を示すというのは難しいということですね。
結局のところ、地球の座標を伝えられるような全宇宙共通のフォーマットというのは、まずつくれないのではないか、というのが結論のようです。今回インタビューした方は「共有できるスタンダードをどうやって見つけるか。環境の中で共有できるものを使わざるを得ない。知的生命に共通に理解できるものは数学があり得るのでは」と仰っていましたが、それを使って宇宙の果てにいる存在に、特定の座標を示すのは今のところ無理であろうということでした。
そもそも「地球の位置を知らせるのは危険」という考え方も大昔から議論されているのですが、それ以前に知らせる方法が見つからないんだから、現時点では空論でしょう。
知的生命は、この宇宙で決して特別ではなく、ごくありふれた存在なのかも知れない。でもお互いの居場所がわからないから探すあてがないし、伝えようもない。判明しても距離と時間の壁がある。この宇宙において、いまだに我々は孤独なままです。
私たちは、どこにいるんだろうね。
以前、「軌道エレベーターが登場するお話」で「三体」を扱った時、本作の矛盾点というか疑問点の一つとして、この点を挙げました。作中では、何らかの数値で星の座標を表せることになってるみたいなんですが、具体的説明はないんですよね。
「三体」の場合は、三体文明との距離感が数光年のスケールだから成立するのかな? という可能性もありますが、どうにも信じがたい。本作はこういう点がかなり雑というか、細かいことはスルーしてるので、作者も考えてないと思う。
まあ小説はそもそも作り話なんだからいいとしても、地球の位置をいかに定義するかというのは興味のある問題で、そんなことが可能なのか、専門の方に聞いてみたかったのです。結論としては「無理でしょうね」でした。
1972、73年に打ち上げられ、それぞれ反対方向に旅立った探査機パイオニア10号と11号には、地球外知的生命に宛てたメッセージを搭載しています。152×229mmのこの金属板には、地球の相対的位置が図示されています。太陽系内における地球の位置は太陽とほかの惑星との関係で説明していて、まあこれはいい(この時代は惑星の数が、冥王星を含む九つでした)。では太陽系の位置はどう示したかというと、パルサーとの相対的な距離を示す絵を描き込んだのでした。
パルサーはパルス状の電磁波を発する天体で、ざっくり言うと瞬いてるんですね。地上から見る星が瞬いて見えるのは大気の濃淡のせいですが、パルサーは真空でも瞬いていて(肉眼で判別できるものではないですが)、「宇宙の灯台」とも呼ばれます。
この「灯台」を目印として、パイオニアの金属板には、太陽系が中心に来るように、14個のパルサーとの間を線で結んだ絵が描かれました。ちなみにもう1本、銀河系中心部までの相対的距離を示した水平な線もあり、これがいわばx軸に相当します。このほかには、長さの基準として水素の21cm波長や、パイオニアと人間との大きさを比較した絵などが描かれています。
ですがこの絵、我々地球人の研究者の間でも、解読できなかった人ばっかりだったらしい。これがその金属板。
難解だよなあ ( ̄□ ̄) それでも試みは素晴らしい。一見シンプルな絵ですが情報量は相当なものです。
余談ですが、このメッセージは裸の男女の姿が描かれていることで非難を浴びたそうで、そのせいか77年に打ち上げられたボイジャー1号と2号には、色んな情報を吹き込んだレコードが積まれました(レコードの入れ物には、パイオニアと同じパルサーを基準にした太陽系の座標が描かれている)。途中の惑星探査を丹念に行ったボイジャーの存在によって、パイオニア計画は影が薄くなってしまった感があり、ちょっと残念です。パイオニアのメッセージプレートのほうが、ビジュアル的にはインパクト強いのにね。
もともと、パイオニア両機はおうし座のアルデバラン(太陽系から65光年)とわし座(α星のアルタイルは同16.7光年)の方向をそれぞれ目指しており(といっても、到着すると停止したり着陸したりするわけではなく、たぶん惰性で星系を通り抜けるだけでしょうが)、距離的スケールが小さいので、仮にどこかの地球外知的生命がパイオニアに接触してこの金属板を理解してくれたとしても、それは我々の住む天の川銀河の範囲内の住人に限られそうです。
ましてや、太陽系は天の川銀河の回転に乗る形で秒速約240kmで動いており、その天の川銀河全体も同600km超で移動し、銀河同士は局所的には接近しあいながらも、宇宙全体は膨張して天体間の間隙は拡大しており。。。とすべてが動いていて、相対的な位置関係は常に変化しています。まさに万物流転、宇宙的スケールと相対論的限界から「普遍の位置」などというものは存在しない。
ことほど左様に、上も下もない広大な宇宙空間において、何かの位置を示すというのは難しいということですね。
結局のところ、地球の座標を伝えられるような全宇宙共通のフォーマットというのは、まずつくれないのではないか、というのが結論のようです。今回インタビューした方は「共有できるスタンダードをどうやって見つけるか。環境の中で共有できるものを使わざるを得ない。知的生命に共通に理解できるものは数学があり得るのでは」と仰っていましたが、それを使って宇宙の果てにいる存在に、特定の座標を示すのは今のところ無理であろうということでした。
そもそも「地球の位置を知らせるのは危険」という考え方も大昔から議論されているのですが、それ以前に知らせる方法が見つからないんだから、現時点では空論でしょう。
知的生命は、この宇宙で決して特別ではなく、ごくありふれた存在なのかも知れない。でもお互いの居場所がわからないから探すあてがないし、伝えようもない。判明しても距離と時間の壁がある。この宇宙において、いまだに我々は孤独なままです。
私たちは、どこにいるんだろうね。