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研究レビュー(10) Journal of the British Interplanetary Society

2017-08-06 11:14:52 | 研究レビュー

Journal of the British Interplanetary Society
June/July 2016


British Interplanetary Society
(英国惑星間協会、2016年)


 "Journal of the British Interplanetary Society" の昨年6/7月号が、軌道エレベーター特集号として発行されました。発行元の英国惑星間協会(BIS)は、Wikipediaの表現を借りると「世界で最も古い宇宙支援組織」で、我が宇宙エレベーター協会(JSEA)からも寄稿しております。今回は一般読者向けの簡易レビューとして概要を紹介します。


本誌の掲載論文は次の通り。

 Space Elevator -15-Year Update
 Space Elevator Technology and Research
 Advances in High Tensile Strength Materials for Space Elevator Applications
 Obayashi Corporation's Space Elevator Construction Concept
 NASA's Space Elevator Games: A History
 Japanese Space Elevator competitions and Challenges
 Space Elevator Current and Future Thrusts

1. 概観
 論文構成をテーマ別の内訳でみると、近年の軌道エレベーター関係の動向をまとめた略史、総合デザイン、素材、総合的な建造プランが1本ずつ。このほかクライマー大会の詳細が2本と、結びとなる総括的な将来展望が1本。序文で、旧約聖書のバベルの塔から軌道エレベーター史を紐解き、実現した時の「人類にもたらす利益は莫大なものになる」とアピール。続く "Space Elevator -15-Year Update" で、軌道エレベーター研究や活動の大まかな変遷を振り返った後、分野別に扱っていく内容になっており、全体として、大まかな研究の現況を紹介した上で、有名どころの論文を数本をおさえた、といったところです。

 "Space Elevator Technology and Research" は、国際宇宙航行アカデミー(IAA)が軌道エレベーター研究の各分野を検討し、1冊の書籍にまとめた評価報告書 "Space Elevator: An Asessment of the Technological feasibility and the Way Forward" を基にした内容紹介が中心です。クライマーやテザーの挙動、エレベーター構造の各部位のデザインなど、当時のアセスでは多岐に渡る検討をしており、「重要問題は、なおテザーの素材強度」とした上で、「短期間に解決法が見つかるだろう」と述べています。
 なお、当時の取り組みでは、軌道エレベーター全体の基本構造を区分し、今後の研究のために名称などを標準化していこうという試みをしたのですが、現状としては、さほど定着していません。
 このほか、"NASA's Space Elevator Games: A History" では米航空宇宙局(NASA)がバックアップしていたクライマーレース "Centennial Challenge" の2005~09年にかけての変遷を紹介。その後日本やドイツなどで行われているクライマー大会のルーツとも言えるものです。最後に全体のまとめとして、"Space Elevator Current and Future Thrusts" で、軌道エレベーター研究はボランティアに支えられている面が大きく、その「無償の努力が基幹的知見を増大させ、宇宙への低コストアクセス発展を決定づけていくことになる」と肯定的に結んでいます。



2. 日本からの寄稿
 日本からは大林組の「宇宙エレベーター建設構想」と、JSEAからのクライマー競技大会報告を掲載。大林組の構想は、2012年の発表後に数的な情報が若干追加されてはいるものの基本は変わらず、世界的に有名になったものをBISで再紹介しているという感じです。ご存知の方も多いので詳しい言及は避けます、大林組は最初の発表後、建設構想に加えてテザーの挙動解析に力を入れており、本誌には「Space Elevatorのケーブル挙動力学」と題した付記が添えられています。
 JSEAは大野修一会長の筆で、これまでの大会の変遷と出場したクライマーに用いられた技術の特徴、テザードバルーンの係留技術の進化などを解説しています。また将来の建造実現を可能にするために、主に(1)クライマー技術 (2)テザー技術 (3)アウトリーチ活動──の分野での活動が継続される必要があると述べ、これらにJSEAが取り組んでいくとしています。なおJSEAについては "Space Elevator -15-Year Update" で簡単に紹介されているものの、設立年などの情報に若干の間違いが散見されました。

3. 素材分野の論文
 長年この話題を追求している立場から見ると、本誌はあまり目新しさはありません。しかしその中で見るべきは素材の検討に触れた "Advances in High Tensile Strength Materials for Space Elevator Applications" であろうと考えます。軌道エレベーターの課題は、素材に始まり、結局素材に帰ってくるような一面があるにもかかわらず、これまでの内外の活動でも、素材分野は特に目覚しい成果報告に欠ける状況が続いています。
 この素材に関して、IAA報告書にかぶる部分は多いものの、本稿では「高い強度を持つ素材の発達以上に重要な課題はない」として、カーボンナノチューブやアラミド繊維、窒化ホウ素ナノチューブなど、いくつかの素材の物性や安定生産の実現度、軌道エレベーターへの応用を比較検討した内容となっています。いずれも「より基礎的な発達が必要」であり、現状において「Space Elevatorに必要とされる強度を満たしうる、工業的に有用な素材はない」としつつ、有望性はあるとして、次のように結論づけています。「必要十分な強さを持つ素材は、15~25年以内に手に入るだろう」。
 これは楽観に過ぎるのではないかとも思えます。こうした文言は、カーボンナノチューブが発見され、軌道エレベーター熱が一時的に高まった1990年代にも言われていたことで、この予測年数に変化が見られない。「15~25年以内に手に入るだろう」ということが、この15~25年間言われ続けてきた。軌道エレベーター業界に混乱を引き起こしてくれた、かのアニリール・セルカン。彼はの言説は嘘ばかりでしたが、10年前に直接取材した際、次のような意味合いの事を言っていました。「カーボンナノチューブが発見されてから何年経ちましたか? 10年以上経つのに全然実用化されてないじゃないですか」。彼を擁護する気はまったくないけれども、軌道エレベーター分野に関して、この指摘は一理あると言わざるを得ない。
 軌道エレベーターという用途は既存のものとスケールが違いすぎるため、現状でほかの用途のための発達からステップアップする中間段階が存在しないのもその一因と思われます。とはいえ、様々な学会でも素材方面からの報告は少ないので、化学分野の専門用語が多いため正確に読み解くのは困難ですが、本誌の掲載論文の中では資料価値が高いと言えるでしょう。



4. まとめ
 本誌について、憶測も交えた印象ですが、内容が楽観的で学及的な積極性が感じられず、「米国や日本でSpace Elevatorが盛んになってきているから、関係者に原稿を頼んで、一度まとめておこう」というアリバイづくりの1冊、といった印象を受けます。BISは『楽園の泉』をものしたアーサー・C・クラーク卿が会長を努めたこともあるせいか、たとえば20世紀にすでに「ツィオルコフスキー・タワーの再検討」といった寄稿を載せるなどしたこともあり、軌道エレベーターというテーマには節目ふし目に着目してきてはいるのですが、日米に比べ中立的です。それはとりもなおさず、BISには、このテーマをよく把握している人、本気で受け止めている人は少ないということでもあります。
 論文誌が一つのテーマで特集を組む時は、賛否両論の論文を載せることが多いものですが、本誌において反論や対論をまったく掲載しない(あるいは本気で反対意見を書く執筆者がいない)のはその表れかも知れません。そのためか、内容が身内びいきで夢想的になりがちです。
 しかし、軌道エレベーター研究の発展を阻害しているのはそういった要素ではないのか? 議論のない処では発展は停滞するものであり、もっと反対意見に揉まれるべきだし、そうでなければ、我々のような軌道エレベーターの知見普及に努める者は、いつまでも大言壮語する山師というイメージから抜け出せないでしょう。その意味でも、今後もっと軌道エレベーターを否定する論文も掲載した紀要集などが登場し、議論を盛んにしていってもらいたいと考えます。
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