軌道エレベーター派

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専門書・論文レビュー(6) 宇宙エレベーター -宇宙旅行を可能にする新技術-

2010-04-11 11:38:56 | 研究レビュー
宇宙エレベーター
-宇宙旅行を可能にする新技術-
石川憲二
(オーム社 2010年)


(今回から取り上げる著作の目次を文末に記載します)
 科学ジャーナリストの石川憲二氏による、最新の軌道エレベーター(文中では「宇宙エレベーター」。以下、この表記に合わせる)専門書。
 日本で一般に手に入れやすいもののうちでお勧めできる、あるいは必読と言える専門書としては、「軌道エレベーター -宇宙に架ける橋-」(早川書房)、「宇宙旅行はエレベーターで」(ランダムハウス講談社)がこれまで双璧だったが、新たな1冊が加わった。私はこの3冊のうちで、「軌道エレベーター」で基礎や歴史を知ったその次か、あるいは最初に読むものとして本書をお勧めしたい。

1.技術面の情報が豊富
 エレベーターのモデルとしては、本サイトの定義でいうところの、2.5世代あたりの静止軌道エレベーターに主眼を置いているらしい。基本原理や歴史についての紹介はほどほどで、副題にある通り、技術面における宇宙エレベーターの詳細な検証に重点を置き、各分野の問題点、課題もおさえている。
 とりわけ、現代の航空機の安全基準を踏まえ、「ガイドレールは想定される最大荷重の4倍に耐えられる強度をもつように設計する」(116頁)といった独自の提案や、月の資源活用を視野にいれた建造意義の考察、エレベーターの各部で必要だと思われるシステム一覧などは、個性的で興味深い。
 頁下には注釈や文中で使う専門用語の解説を添え、各項目の情報を補っているほか、著者独特のツッコミもあり、読んでいて顔がほころぶ記述も多い。著者の石川氏は、ナノ技術に関して豊富な取材経験を積んでいるようで造詣が深く、素材に関する情報はかなり力が入っていて、ここは、私を含む専門外の人にはけっこう難しいかも。。。

2.現在の研究動向は触れず
 一方で、欧米での研究や国際会議などの動向、日本における宇宙エレベーター協会(JSEA)の活動などの、いわば最新情報は大胆に割愛している。この点をどうとらえるかは読者の目的意識によって意見が分かれるだろうが、協会の立場を離れ、物書きの端くれととして言うと、正しい判断だと思う。
 いわば「宇宙エレベーター業界」の、現役研究者らアクターを細かく紹介していると(別の言い方をすれば、あちこちの顔を立てていると)、非常に書きづらくなる。内容が早く劣化してしまうし、著者の持ち味も殺されかねない。これまでJSEAからも本を出したいという構想がありながら、実現してこなかったのはこの理由(つまりJSEAに気を遣いすぎるということ)もあったかも知れない。

 こうした作り方をした結果、初刊から10年以上が経過し、原典的な位置づけにある「軌道エレベーター」と、(遠慮なく言うが)分厚すぎて後半が冗長な「宇宙旅行─」の両書の良いところを適度に包含し、独特の味わいも深いものになり、「軌道エレベーター」の後継となる1冊がついに登場したという感触を抱いている。少々値は張るが、豊富でバランスのとれた情報の質と量は保証できる。

 個人的には、もちろん意見が異なる点もあり、特に安全保障を含む国際的なすり合わせについて、「人類共有のインフラだという位置づけを明確に」(126頁)するというあたりはやや楽観的で、それを最大の障害と考えている私から見ると、「そんなに簡単にことが運ぶかなあ?」と感じる部分もある。しかしこれは著者の持ち味だろう。
 ほかに私が深刻視している、運用中の人工衛星との衝突の問題については、回答の一つとして成層圏プラットフォームによる機能の代替を挙げていて、「おお、そう来たか」と膝を打ってしまった。

3.読者目線
 だが情報量や考察の深さ以上に、本書の一番の特長は「読者目線」ではないだろうか。前掲の2書はやむを得ないものの、「教えてあげる」という性格が強く、どうしても上から目線か、研究成果のPRになってしまっている。
 一方本書の著者は宇宙エレベーターについて「いやー、できっこないでしょ」(8頁)という自身の問いかけから書き出し、とかくマユツバ扱いされがちなこの世界を探り、情報を順次ひもといて検証していくスタイルをとっている。ここをこうすれば安心して自分も乗れる、と必要に応じて独自の提案もし、そこに読者は知識の共有感を得られると思う。
 それゆえに、「宇宙旅行─」のように、オイシイことばかり言うこともなく(だから「山師臭い」と書いたんだよなあ)、内容に誇張は感じられない。最後には宇宙エレベーターというものに対する著者の評価の結論が記されている。それがどのようなものかは、読んで確かめていただきたい。

 そして、何よりも読み物として純粋に面白い。オーム社からは、私を含めJSEAに献本をいただいたが、大野会長は電車の中で読んで熱中し、駅を2回も乗り過ごしたそうな。ぜひ、多くの方々に読んで楽しんでいただきたい。
 発売時に紹介した雑記でも書いたが、刊行に際して、ささやかながらお手伝いさせていただいた(刊行前に見せていただいたという程度だが)。しかしこのレビューを、かかわった者の身びいきととられる方は、ぜひ実際に読んでいただきたい。「知を得る喜び」を知っている人なら、私の意見が決して欲目ではないことがご理解いただけると思う。

「宇宙エレベーター 宇宙旅行を可能にする新技術」目次

 はじめに
プロローグ 技術の進歩はいつも新しい時代をつくってきた

第1章 宇宙へ昇っていくエレベーター
 (コラム)空中に浮いた宇宙エレベーター「スカイフック」
第2章 宇宙エレベーター実現のカギを握る素材技術
 (コラム)カーボンナノチューブが最強である科学的な理由
第3章 宇宙エレベーターというシステムを完成させる技術
 (コラム)地上のエレベーターと同じ運行システムも考えられる?
 (〃)ケーブルをアース・ポートに固定する必要はあるのか?
 (〃)ロケットによる民間輸送事業は本当に可能か?
第4章 身近な宇宙旅行、そして月や火星に
 (コラム)どうしても無重力を体験したい観光客のために
第5章 次世代宇宙インフラが変える私たちの生活

エピローグ 宇宙エレベーターをつくるのはだれか

 参考資料
 索引

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