おねえちゃんの独り言

「おねえちゃんの独り言」のブログ版
(・・・って、そのまんまだけど)

いろいろあるよね・・・

2017-11-11 08:32:08 | Weblog
 今回日本で、同級生何人かと2回ほど(中学と高校)集まったが、さすがにこの年になると両親ともぴんぴん元気という人のほうが少ない。
 離婚して、半ボケの母親の面倒を見ながらもちろん仕事もしながら母と2人暮らしをしているという、頭が下がるような生活をしている同級生(男)もいた。
 自宅で朝になったら亡くなっていたという、私の祖父のような大往生の話もあるにはあったが、衝撃的だったのは母親が62才から20年間寝たきり(というか、はっきり言って植物状態)で、80過ぎてようやく死ねたという話。さらに、その場に同席していた別の同級生の母親が現在進行形で同じ状態で老人ホームに入って10数年だと言う。
 ちょっと、言葉がなかった。
 私の母も、自分がまさかあんな形で亡くなることになるとは夢にも思っていなかったとは思うが、その友人の母親は、まさか自分の人生の最後4分の1が植物状態になろうとは、もっと思っていなかっただろう。
 ちなみに、その同級生の母親には何度か会ったことがある。大学受験の前には、小さなコアラのマスコットを(いわゆる抱っこちゃんタイプで、両手両足で壁などにつかまって「落ちない」ことから)お守りとして頂いたこともある。そのコアラは、今もアメリカの我が家の居間の棚に両手でしがみついている。うまく言葉に出来ないが、胸にぐっとささって頭から離れない。何の因果であのお母様がそんなことになってしまったのか・・・
 同席していた同級生の中に現在進行形で同じ状態のケースがあったぐらいだから、世間一般にそういう最悪の最期を過ごしている人はものすごく大勢いるはずだ。
 そういうのって、本当にどうにかならないのか、とか、親族の同意のもと安楽死でどうしてだめなのか?!とか、思うことはいろいろあるのだが、一番感じたのが、私の母は最悪のタイミングの最悪の死に方ではあったけれども、長患いしなかっただけマシだったなということだった。
 一方、有料老人ホームにいる父はといえば、やる気がすっかりまったく失せていた。たまには外で何か食べたいものがあるかと聞いても「何もない」、紅葉でも見に行くかと誘っても「いやいや」。体が痛いから動きたくない、家(ホーム)にいればとりあえず快適だから、どこにも行きたくない。まあ、ある意味、それほど快適な施設で(高いだけのことはある)人生の最期を(今のところ)おだやかに過ごせて幸せといえば幸せかもしれない。本当は2年前、バリバリ頭が元気なうちにぽっくり逝っていたら、一番幸せだったのだろうけれど。
 人生いろいろ、死に方いろいろ、感じたこともいろいろ。

 今回の東京滞在中も、傘をささなければならないような雨に遭うことはなかった。今年の東京、8月雨ばっかり、10月雨ばっかり、など、全体に雨が多かったようなのに、何故か私の滞在中は、5月半ばから合計4回の訪日中すべて、日中の外出に傘が必要なことは見事になかった。きっと私は運がいい、きっと(家族はともかく)私自身は運が強いと、とりあえず思っておくことにしよう。

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