脱あしたのジョー

MTオリーブフィットネスボクシングクラブのブログ

もう一人の言い分

2012-10-01 | Weblog
私はしばしば本屋に行く。暇があれば本屋に行っていろいろな本を立ち読みするのだが、これが私の楽しみでもある。
この前ある新興宗教の本を読んでいた。宗教学は私の専門なので、読めばだいたいどういうたぐいのものかということはわかるのだが、しかしいささか稚拙な感じがした。
どの新興宗教かと言うことははっきり書いたらいやがらせをされたらいやなので書かないが、その団体はかなり力を持っている比較的新しい振興団体である。
ただその教祖がすごいと思うのは組織力である。たぶんその組織が大きくなったのは、その卓越した組織力とするどい洞察力、教祖はかなりの専門性を持っているので、その専門性と宗教的な事柄を関連づけて話されると妙に納得してしまうのであるが、しかし宗教的な解釈は専門性は欠けると言ってもいい。ある程度勉強しているのだろうが、しかしいろいろな経典や書物を持って何かを説明するのなら、そこには解釈学的なものが必要であるが、その解釈学的なものの見方ははっきり言って乏しい。
かつてオウムが教祖がキリストだと言った時に、ある大学の教授に原典を比較されて矛盾を指摘されていたが、まず基本的なことはその原典で書かれてある言葉、すなわちラテン語やアラビア語、そしてコイネーギリシャ語などでその書物を読むであるが、そういうことをもってはじめてそこに何が書かれてあるかと言うことの理解が深まるのだが、こういう宗教的な解釈はおもに経典が問題になってくるので、その原典である言葉を理解するかしないかということが非常に重要なことである。

前に韓国や中国は歴史の再解釈をする必要があると言う見解を述べたが、さらに日本人もまた歴史の視点をかえてみる必要もあると思う。
それは韓国や中国側から見て日本はどうとらえられているか、また日本の行ってきたことは歴史的あるいは政治的に別の見方をして、どう解釈されているかと言うことを見ることも大事なことだということである。
最近韓流ブームで韓国は日本に対して友好的になってきたと言われているが、実はそうではない。はっきり言って教科書の内容は以前と比べて、政治的にかなり日本に対して否定的な見方をしている。
たとえば韓国の教科書では、90年代以前は「従軍慰安婦」という言葉を教科書ではつかっていなかった。
教科書には女性で犠牲になった人たちもいると言った程度で書かれてあったぐらいなのだが、これは北という敵国があったので、あえて日本を敵として強調する必要がなかったこともあるのだが、しかし90年代になって北に対して緊張を緩和させる状態が続くと、教科書にこの言葉がつかわれるようになったのだ。
さらに最近では竹島のことが1ページにわたって書かれているのだが、これは反日運動が水面下で強くなっていると言うことが言えるのではないかと思う。日本はビジネスではパートナとなるが、しかし歴史的にはにくい国である。利用できるが、しかし心から信頼できるパートナーとして手を組むことができない国と言ったところだろうか、韓国の教科書を見たら彼ら彼女らが日本をどう見ているかと言うことがわかる。
おそらく日本が韓国を併合したのは、それなりの大義があったと思うが、しかし当時朝鮮という国はしっかりと確立した状態ではなかった。
私の見解では明治政府と言うのは、今と違って外交が上手だったと思う、昭和はそのおごりだといってもいいが、しかし実際にその小国が帝国の外交手段にほんろうされ意のままにされたことは確かなことであり、そういうことを実際に韓国人の立場からみたらよく理解できるのである。
話しはそれるが「ウエノム」という言葉を聞いたことがあるだろうか、これは日本人に対する最大の侮辱言葉で、知られていないがおそらく「チョッパリ」よりもきつい言葉であると思う。
「ウエノム」は漢字で書くと「倭奴」と書く。これは倭冠という13世紀ごろ朝鮮半島を中心に出没した日本の海賊からきた言葉だと思うが、この言葉には野蛮人と言う意味合いが込められているのだが、日本人はそういう野蛮人としてうけとられているのだ。
様々な文化が朝鮮半島から日本に伝わり、そのおかげで日本は独自の文化を持てたのに、しかし13世紀ごろからはじまって豊臣秀吉、朝鮮併合によって侵略され、略奪行為を繰り返されたら、日本人に対してネガティヴな気持ちを持つのは仕方がないことで、よく彼ら彼女らは「自分たちは日本に文化を伝えたのに恩をあだで返した」と言うのは、戦争責任の問題だけではなく、こういう歴史が語られているからである。

正直私は日韓併合は、侵略か否かと言うと侵略ではないと思う。
外交手段としてアメリカと同じようなことをしただけで、戦争責任にしても、戦争を始めた張本人として責任をとる必要があると思うのだが、それは侵略行為と言う野蛮な犯罪行為ではなく、敗戦国としての責任をとらされるのであって、その責任は東京裁判と賠償金、そして金大中が謝罪は「一度でいい」と言ったように首相の謝罪で終わっているのだと思う。
しかし歴史と言うのは一方がこう言えば一方がこう言うといったように、様々な解釈の仕方がある。
今までは歴史を政治的な視点からとらえてきたが、しかし文化や民族と言った観点からとらえられる、いわゆる文化史や文化人類学からの視点で歴史を見ると言うような考え方もでてきているのだが、まさにこの当時の朝鮮の人たちも、民俗学や社会学、文化人類学と言ったたぐいのもの見方で見れば、その主張も理解できるのではないかと思っている。
日本人は当時からそうであるが、朝鮮半島の人たちのことをよく理解しないし、知らないと思う。しかし実際に彼ら彼女らの文化や言葉を理解しようとすればまた見えてくるものも違うかもしれない。
おそらく日本の行ってきたことは、決してヒトラーのようなホロコーストのようなものではないが、しかし朝鮮はその大国であった日本に翻弄された小国であったと思う。



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