2022年の10月に出版された「バカと無知」という本がある。おもしろかったのでお勧めしたいが、辛辣ではあるが非常に的を射た意見である。ここでいうバカとはかいつまんで言うと自分を過大評価して学ぶことをしない人間、ついでに付け加えるならば知っているということをひたすら言おうとする人間、そういう人間は結構いるが、私がDQNと認識しているのはそういうたぐいの人間たちである。私は正直この手の人たちとはかかわりたくない。というのはこの本の中でも言っていたが、一緒に議論すると話にひきづられて合理的な判断ができなくなる、話が進まず、正しい判断ができないからである。
認知神経科学者のバハドル・バーラミの実験では優秀な人たちが話し合うとプラスの結果が得れるが、しかし誰かがそうでないならば結果がどんどんわるくなり、コイン投げで意思決定をしたほうがましになるという結果を得ているが、私自身何かを決めるときはみんなで話し合って決めるよりもそれをよく理解している人に聞いて物事を判断するほうが正しい判断ができると思っている。今の知識社会においてみんなで決めましょうという民主主義的な判断が必ずしも正しい判断とは言えない。バハドル・バーラミは「集合知を実現するには、一定以上の能力をもつ者だけで話し合うこと。これなら欠けた知識を持ち寄って、それを一つにまとめることで、個人の判断より正しい択をすることができる。それが無理な場合は話し合いをあきらめて、優秀な個人の判断に従った方がよい選択ができること。これはある種の貴族政だ。」と言っているが、正しい選択や判断はそれが可能な人たちが決定していくほうが平和で平等であるだろうということが言えるのだろう。
参考文献「バカと無知、人間、この不都合な生きもの、言ってはいけない 」橘玲 新潮新書