脱あしたのジョー

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素晴らしい日本人の宗教観

2016-12-25 | Weblog

「神ってる」と言う言葉が流行した。今日うちの子が誘われて教会に行ってたらしいが、そこでそれに対して神と言う言葉を軽々しくつかうなと言っていたらしい。でももともと神と言う言葉は常用漢字だ「神ががかった」とか「神々しい」と日常でも使う言葉だから、自分たちの神を中心に考えて漢字の使い方になんくせをつけることは筋違いだ。さらに神と言う言葉はキリスト教で言うところの唯一神ではなく、中国語のむしろ自然を背景にした神である。韓国語ではキリスト教の神を神とは言わずハナニムと言っているが、これはハナがひとつでニムは様すなわちひとつ様と言うことで、それは唯一神を表す言葉で英語で言うところの「The God」あるいはファーストレターを大文字で書くGodと同じ意味だ。私は宗教を否定するわけではないが、しかしもともと自分たちが持っている文化が存在するのに、神はひとつで、十戒で乱用するなと書かれてあるのに神ってるなどと乱用するのはおかしいなどというのは宗教的な傲慢で、そこまで言うのなら韓国のように自分たちの概念を表現した言葉をつくればいいと思っている。日本の場合は宗教は文化と密接にかかわっている。正月には神社に行ったり、受験合格のために寺や神社にお参りに行くのは、ある意味習慣的なもので、日本の文化と言ってもさしつかえないだろう。だからその文化的な価値観を外国人や特定の集団からとやかく言われる筋合いはない。日本人には日本人の宗教観があるし、そのすべてを認め合う混沌とした宗教観があるからあらそいごとがおこらないのだ。私は日本人ほど平和で争いごとを好まない民族はないと思っている。一神教はそれなりに素晴らしいところがあるが、しかし絶対を主張したら必ず争い事がおこる。もうそのことについては言及する必要なないと思うが、日本人が争いごとを好まないのは彼ら彼女らが持っている宗教観に深く根付いている。何でもありだからまわりと対立することなく共存できたのだと思う。私は哲学や宗教学をかなり勉強したが、日本人の宗教観は素晴らしいと思う。

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