世界的なデザイナーの、三宅一生氏がニューヨークタイムズに投稿をした。自らの原爆体験を告白しながら、11月に日本を訪問するオバマに広島に行くように呼びかけたのである。
http://www.nytimes.com/2009/07/14/opinion/14miyake.html?_r=2
「A Flash Memory」(閃光の記憶)と題するこの記事で、三宅氏は7歳の時に被爆し、母はその後3年でなくなった。自らが被爆者であることを公表し、被爆デザイナーとレッテルをはられるのが嫌だったのであまり多くを語ることはしなかった。
日本は、朝鮮中国に甚大な被害を与えた。無差別空爆を始めて行ったが、この国の人たちの心を思うと、被爆体験はどうしても公表できなかった。広島で被爆した朝鮮人は2万人ほどいるがその人たちの慰霊を行っていない。このことが彼を今まで黙らせてきたのである。
それをひも解かせたのが、4月のプラハでのオバマ大統領の、核廃絶演説である。大統領は核軍縮ではなく、核廃絶を訴えたのである。そこでオバマ 大統領は日本に行ったら是非、広島を訪れて欲しいと提案している。
本来これは、政治の世界のことである。日本の政治はこうしたことに全く疎いのである。政治情勢の変化についてゆく力がない。民主党の鳩山代表に至っては、非核三原則を見直すとまで言及している。社民党が非核三原則の法制化を公約に盛り込むことを提案している。民主党は何を躊躇しているのだ。
自民党が頼りにしてきた、アメリカ大統領が核廃絶を訴えている。自民や民主の一部が核廃絶に気が乗らないのは、旧来のアメリカ追従政策の実体は、財界主導、軍事的依存が目的だったことを語っているのである。唯一の被爆国であり、平和憲法を持つ日本が、非核三原則、核廃絶を国是としないで、世界の他のどの国ができると言うのだ。
村上春樹氏がイスラエルで、ガザ地区の攻撃を批判したが、今回の三宅氏も自らの考えを述べている。翻って政治の世界を見ると、正論を堂々と述べる論客が影をひそめてしまった。淋しい限りである。
それにしても、これは7月12日のことである。日本のマスコミは大きく取り上げることがなかった。情けない話である。もうすぐ64回目の原爆の日がやってくる。