フィリップ・ホセ・ファーマー 大西憲訳(早川書房)
《あらすじ》
限界まで達した人口過密に、窮極の解決策がもたらされた。だれもが一週間に1日しか生きられず、残りの6日は“固定器”のなかで過ごすことが義務づけられたのだ。かくして、曜日ごとに、まったくちがう世界が展開されることになった。だが、厳しい監視の目をかいくぐって、曜日の壁をすり抜ける〈曜日破り〉があとを絶たない。火曜世界の警官ジェフ・ケアードは、その捜査を命じられたが、皮肉なことにケアード自身が〈曜日破り〉の一員だったのだ!
大胆なアイディアと、天馬空を行くイマジネーションで定評のある鬼才ファーマーが、緻密な構成で織りあげた傑作SFサスペンス。
《この一文》
“人の心の中にどんなに邪悪なものが潜んでいるか、誰にわかるだろうか? “影”だけが知っているのではない。神もまた知っているのだ。実は神が“真の影”なのだ。”
面白かった!
「わが内なる廃墟の断章」(『時間SFコレクション タイム・トラベラー』所収)で初めてその名を知ったフィリップ・ホセ・ファーマーの長編を読んでみました。「わが内なる…」がものすごく面白かったので、たちまちこの人を好きになってしまったのですが、この『デイワールド』も非常に読み応えのある作品でした。この人の作品に今のところ共通して感じられるテンポの良さとスピード感、映画のように鮮やかなイメージの連なり、そしてテーマの薄暗さは実に私好みであります。
『デイワールド』については、結末がちょっと「えっ、あれ!? ここで終わり!?」と思わなくもありませんでしたが、あとがきを読むとどうやらシリーズものとして続編があるらしい。『デイワールド』が出た当時には、“Dayworld Rebel ”(1987年)の出版が予定されており、その後さらに“Dayworld Breakup ”(1990年)と続いたようです。そうか、そうか、続きが楽しみですね。で、その日本語訳は……??? 文庫カバーに書かれた「ファーマーの既刊リスト」には載ってないみたいだけど?
驚いたことに、早川は『デイワールド』を第1作を翻訳しただけで終わらせてしまったらしく、その後の2作については日本語版は出ていないようでありました。なんてこった! やっちまったぜ……!!(泣) ひどーい! ひどいよー! 文庫の帯には「鬼才の最新傑作」とか「翻訳権独占/早川書房」とか書いてるくせに、やる気あんのか、こら!
ついでに現在はこの『デイワールド』自体も絶版状態。まあ、出版から25年も経ってからようやくその存在に気がついた私にも問題はありますが、控えめに言ってもこのファーマー氏の作品はかなり面白いと思うのに、どうして定番化しないのかしら。売れると思うんだけどなー。いやまあ、私だって何十年も知らずに、したがって1冊も買わずに過ごしてきちゃったわけですけどね。でも、売ってなければ知るのも難しくない?? いつ頃まで売られていたのだろうか。あー、1日だけでもいいから1990年当時に戻りたい。そのころなら手に入るだろう欲しい文庫が山ほどあるよ。とりあえず、今後ものすごいファーマーブームが来ることを期待! それまでは地道に古本を集めるわ…
さて、『デイワールド』です。
世界は極度の人口過密により、7つの世界、各曜日ごとに分けられている。ジェフ・ケアードは火曜日世界の住人であるが、「曜日破り」を取り締まるべき警官という立場にありながら、彼自身が「曜日破り」であり7つの世界を生きている。彼は「イマー」という組織に所属し、その秘密組織はある反政府的な目的を持っている。というスリリングな設定です。
面白いのは、曜日ごとの世界で暮らすためにケアードはそれぞれまるで違う人格を形成していることです。そして各人格はお互いを意識し合うことがあまりないくらいに精神的にキッパリと隔てられている。彼が移動する各曜日世界にもそれぞれの習俗や流行があり、隣り合う曜日どうしでもまるで違った世界が展開されるのでした。人々は1週間のうちただ1日だけ活動が許され、その他の6日間は「固定器」と呼ばれるカプセルに格納されることになっています。ケアードが曜日を破って次の曜日世界へ移行するのは別の世界を旅するようで楽しいです。その移行のやり方が、意外と地道な方法であるところも面白かったですね。もっとハイテクなものを想像していましたが、なんというか地道な努力にもとづいていました。
全体的に読みやすく、とても盛り上がる内容です。追う者が追われるようになり、曜日から曜日へと飛び移りながら、事態はどんどん悪化していくのです。そこへ、人格とは、人間の心理とは何かという問題も絡んでくる。いくつもの要素を複雑に、しかし上手に組み上げて描かれた面白い作品でした。
「わが内なる廃墟の断章」でもそうでしたが、個人をその人自身と決めているのは何だろう? ということを考えさせられますね。「わが内なる…」では人類はある日突然数日分ずつ記憶を失うことになり、次第に精神だけ退行してしまうという危機的状況を描いた作品でした。それまで築いてきた人間関係が、記憶が失われるごとに崩壊してゆく有様からは、人間というのは他人との関係性と記憶によって成り立っているのだと思わざるを得ませんでしたね。この『デイワールド』もまた、人間という存在についてのテーマを扱っていたようです。一人の人間の中に複数の人格をこしらえたら、そのうちのオリジナルというのは、どこまでオリジナルでありうるのか。面白い。面白いですね。
『デイワールド』の続きが読めそうにないことにはガックリきていますが、幸い他にもまだ読むべきファーマー作品がたくさんあるので、次は名作であるという『恋人たち』でも読んでみましょうかね。【リバーワールドシリーズ】や【階層宇宙シリーズ】も面白そう。なんでもいいから、とにかく、ファーマーさんがなにかの拍子に突如注目されるようなことが起こりますように!
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