半透明記録

もやもや日記

美術蔵

2006年06月17日 | 夢の記録
 その日の授業は美術品の見学だった。

 かつての城主が集めたものを収めてあるというその蔵は六角形をしている。入口からすぐに幅の狭い階段状の通廊になっている。螺旋の通廊は進むほどに高くなり、集められたものはその内側の壁に沿って並べられていた。私たちは先生に導かれて順番に美術品を眺めてゆく。

 このガラスの瓶をご覧なさい。表面には白い花の絵が描かれているでしょう。当時は幼かった城主のために作られたものです。先生がそう説明するので、私はじっと瓶を見詰めると、白い花弁が光に透けているのがわかる。それは朝の光だった。気が付くと、私たちはがらんとした静かな四角い小部屋にいた。天井から光が差している。白い花は私の鼻先まで細い茎を延ばしていた。ひんやりとした花びらはあとすこしで顔に触れそうだ。傍らには作り手の老人が座っている。思ったよりもがっしりとしているが、やはりとても静かな人だった。私は驚嘆と敬意を込めてその人を見た。言葉を掛けるなど思いも寄らなかった。

 先生は次に進んでいた。この薔薇に注意してください。五輪の花はどれも蕾ですが、それぞれに色が違っているでしょう。赤にオレンジ、緑に青にピンクです。そして、気がつきましたか、光が当たっているものもあれば影の中にいるものもあります。この点こそがこの作り手の素晴らしいところなのです。その薔薇は、さきほどの白い花と同じ人の手になるものだった。奥の三輪は何色をしているのか私にはよく分からない。しかし、すんなりと広がる棘のない五本の枝は、向うからの光によってはっきりと輪郭を浮かび上がらせていた。私は、手前の緑色の花の蕾を眺める。それを照らすのは、雨が上がった午後、雲の隙間から海を差し貫く光だった。さっきよりもこのほうが一層あの人らしいと思うが、それは私が年老いたあの人の姿しか知らないからなのかもしれない。先生は、もう部屋の奥の階段を上がるところだった。

 通廊の白い壁に掛けられたその作者不明の大きな絵には、夜空が描かれていた。深い、ほとんど黒い空には色とりどりの星が3つか4つ輝いている。そこは荒涼とした山の頂で、足元にはぐらぐらと揺れ動く岩ばかり、体の位置を変えることさえできないほどに尖り切り立った断崖のてっぺんだ。私はめまいがして、もはや絵を見ることができない。うずくまり、大きな岩にしがみつきながらも辛うじて、低いところで橙色に小さく光る星を認めた。

 蔵には色々なものが展示してあった。しかし、どれもどの時代のものなのかはよく分からなかった。先生からは特に説明もない。死んだ映画監督のところでは、彼の闘いに捧げた生涯を切り取った写真やそのために命を失うことになった映像が終わることなく白い壁に映し出されていた。彼の孫娘はトム・クルーズと結婚したのだが、彼女はある日突然いなくなってしまったのです。先生がそう言うので、私もそう言えば新聞でそんな記事を読んだことがあるような気がしてきた。


 ぐるぐると通廊を上がったはずが、しまいにはまた入口へと戻っていた。蔵から出ると、外はまだ昼だ。疲れた。しかし、午後からはまた蔵の中での授業が続く。


 ふたたび中に入ると、今度はいきなり夜空の絵のところへ出た。私たちが驚いていると、この蔵の内部は少しずつ回転しているのですよと先生が笑った。今度は、もう一度同じ美術品を見直してゆくらしい。「どの作品が良かったですか」と先生が尋ねるので、私はふと緑色の薔薇の花を思い浮かべたが、それよりも夜空の絵のほうが重々しくよみがえってくる。その絵の前に立ちながらも私はもう一度見てみようとは思わないで、先生の顔ばかり見ている。
 あれは何か圧倒的なものでした。その前ではひれ伏さずにいられないような何かがあります。何の手掛かりもなくつべつべとしていて、しかも高く高く聳え立つ壁のようでした。私は出来れば壁をよじ上りたいと願いましたが何の手立てもないので、結局は神のごとくあの絵を崇めることしかできないかもしれません。
 興奮する私に笑みを向けながら先生はこうも訊いた。
 「どの星を見ましたか」
 私は、私はどうもよく思い出せません。ずっと向うに二つの青い星が、いえ緑かあるいは紫だったかもしれません、それらが見えたような気もするのですが、私が確かに見たと思ったのはその手前の黄色い星です。おそらくは金星だと思います。

 相変らず絵から顔を背けている私を見て、先生はまたすこし笑った。

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3 コメント

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メモです (ntmym)
2006-06-17 17:53:25
続きの夢を見て驚いたので、メモってみました。



どうやら3月に夢の中で入学した美術学校に、私はまだ通っているらしい……。通ううちにちょっとは成長するんですかね。あちらで何か出来るようになったら、こっちでも出来るようになるんでしょうか。がんばってほしいものです。
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覚えているってこと自体が凄いです (くろにゃんこ)
2006-06-19 16:38:10
私は夢をみてもすぐに忘れてしまうので、こんなに鮮明に覚えているなんて凄いなァと感心しました。

それに、文学的だし。

夢の内容をみていると、ntmymさまの感受性の豊かさが素直に現れていますね。
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いやいや! (ntmym)
2006-06-19 20:04:29
くろにゃんこさま、こんにちは~。



いやはや、お恥ずかしい;

私も夢の内容はほとんど忘れてしまう方だったのですが、どういう心境の変化か最近は覚えていられることが多くなりました。



でも今回は、起きてからすぐにがんばって再現したつもりなんですが、6割くらいしか繋ぎとめておけませんでした。確か、この後には先生とバトルになって、そっちの議論の方が面白かったのに、内容を忘れてしまいました(/o\) しまったー!



>夢の内容をみていると、ntmymさまの感受性の豊かさが素直に現れていますね。



えへへ、そうだといいですね~。夢の中の私は予想外の状況に巻き込まれてゆくので、見ていて楽しいです。でも、私の頭の中で起こってるはずなのに、私にも予測できないだなんて、夢ってどうなってるんでしょうね?
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