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『ふらんす怪談』

2010年06月08日 | 読書日記ーフランス

H.トロワイヤ 澁澤龍彦訳(青銅社版)



《収録作品》
*殺人妄想
*自転車の怪
*幽霊の死
*むじな
*黒衣の老婦人
*死亡統計学者
*恋のカメレオン


《この一文》
“「さもなければ、こんなものですよ、人生って、煙みたいなものです」と言った。「愛したり期待したり、恐れたりするだけの価値もないものです。空の空ですよ! かなり前から、あたしは遠いところへ出発する用意をしているんです!……」 ”
  ――「黒衣の老婦人」より




K氏が眠そうな顔をしていたので、私はちょうど読み始めたところの小説の一節を読んで聞かせてやろうと思い、「…「それで、わたしは二人を殺(ば)らしてやろうと決心したんです」と単調な声で言った。「まず男を先にやってやろう、とね。(略)……」」と朗読を始めました。するとK氏は呆れたように、「君はまたそんなものを読んでいるのか」と言うのです。私は答えました、「ええ、またこんなものを読んでいるんですよ、へへへ…」。

しかし、なんとなく私も眠くなってきたので、その日はそこで止めてしまいました。そして、後日残りを読んでみて、私はこのときには選択を誤っていたのかもしれないと気がついたのです。このあいだ読み聞かせようと思ったのは最初の「殺人妄想」という短篇でしたが、最後の「恋のカメレオン」のこの出だしのほうがよかったかもしれません。「アルベール・パンスレが、たったいま天上の鉤で首を吊ったばかりの時、ドアが開いて、黒い服の小男が礼儀正しく会釈しながら室内に入って来た。」――ね、面白そうでしょう、しかもこの「恋のカメレオン」はSF風味なんですよ、こっちの方がよかった。主人公のパンスレ君は「二十五歳で、地位もなく、将来もなく、家族もなく、恋人もない」ことに絶望して首を吊ったところからお話が始まるんですよ。その彼が、《性格実験体》となって、様々に人格を変えてゆくというお話。へへへ、今度はこれにしよう。


それとも、「黒衣の老婦人」の方がいいかしら。ここにはかなり強烈な性格のお婆さんが出てくるし。骸骨のような容貌で、ホテルというホテルを転々と渡り歩いている謎の老婦人が、作家である主人公を部屋に招いておいて、こう言うのです。「よかったら、このいやらしい飲物もお飲みになってごらんなさい。つぶされ損なった南京虫みたいな味がしますから! 買いつけの店を変えなくちゃね、これじゃあ! でも、あなたはお茶なんぞ、多分あまりお好きじゃない方でしょう? まあ、これがおいしいって? そりゃ何よりだったわ! あたしはどうもね、口にあわない、捨てましょう!」――ああ、なんと強烈なキャラクター! 自分でお茶を振る舞っておいて「捨てましょう!」だなんて!! 素晴らしい面白さです。物語の結末もとても意外で洒落が効いていたし、こちらの方がよかったかもしれないな。うん。私はこのお話がとても気に入りましたよ。


あるいは「死亡統計学者」がよいだろうか。統計学には興味がありますかね? 毎月の死亡者数をピタリと予想するラケル氏の物語。ピッタリ当りすぎて大変なことになりますよ。ふふふ。




というわけで、なんだか誰かに読んで聞かせたくなるような、洒落た感じの怪談集です。怪談集とは言っても、怖いというより、奇妙なお話が多いという印象でしょうか。私はとても楽しみました。こういうニヤッとしたくなるような物語はいいですね。ええ、本当にいいものです。

ついでに面白かったのは、「あとがき」のところで、訳者の澁澤龍彦氏は、この本を訳してみたのは別にトロワイヤに興味があったのではなくて、なんとなくこの短篇集(原題は『共同墓地』)を読んだら、ふと訳したくなったから……というようなことを書いていたことですね。そんな簡単に訳してしまえる訳者の才能に少しの妬ましさを感じてしまいましたが、いや、でもありがたいことです。


アンリ・トロワイヤは評伝で有名な人だと思っていましたが、小説もいくつか書いているようです。この本に収録されている「自転車の怪」は別のアンソロジーにも入っていて読んだことがありましたが、他にも結構あるようです。
また、亡くなったのは2007年で95歳、ほんの最近までご存命だったようです。知らなかったなぁ。おまけに私はこの人をフランス人だと思っていましたが、モスクワ生まれのアルメニア系ロシア人だそうで、ロシア革命の時にヨーロッパに移住、その後はパリに定住したらしい。なるほど。

ちょっと他の小説も読んでみたいですね。