啄木鳥の詩

里山の自然と山野草・高山植物、低山歩きと野鳥観察

「縁」

2021-12-30 15:40:10 | 庭の花木
「ニホンズイセン」
 3日に1度程度アップの当ブログも、本日で「1914本の記事」を掲載することになりました。よく今まで続いていると、少し自分を褒めたい気持ちだが、花が、山が、自然が好きで、日々の暮らしのさりげない出来事や、人との出会い等々を、徒然なるままに書き綴り、駄文ながら皆様に訪問していただいていること、実に嬉しく思っています。「貴女の時間のある時でいいんだよ。できる範囲でいいから、このブログ続けてほしい」と夫からバトンタッチされ、到底、彼の文章力には及ばないが、日々感じたことを正直に、心の鏡に映してきた。美しいものを見て美しいと感じ、きれいなものは綺麗と感じただけの稚拙な文章に、この1年間お付き合いくださり、本当にありがとうございました。
 人との出会いは実に不思議なもので、つい先日、ギターの弦を張り替えるため、学生時代のサークル仲間の楽器店主に連絡したところ、仕事納めの夕暮れ時にも関わらず、彼は快く待っていてくれ、ものの数分で終了したのだが、この後、県内のある合唱団の方との出会いがあり、お誘いを受けた。さらに、その人とは音楽をとおして共通の知人がおり、この偶然な出来事に、「音楽の縁は凄い」と痛感。勿論、合唱団は丁重にお断りしたが、半世紀前の仲間と長い間、友人として存在していてくれることに感謝している。さらに「仕事の時間が空くとき連絡するから、ギターを教えるよ」とまで申し出てくれた。一人で愉しむのもいいけれど、仲間と愉しむのはもっと愉しい。その後、数人のサークル仲間と突然の忘年会。その時間だけは、青春でありα波で胸がいっぱいになる。秋に収録したCDをいただき、あの時代の記憶がよびもどされた。
 12月30日の誕生花というニホンズイセン。小さな盃のような花を咲かせる。寒さも本格的になった冬の日、釜から湯気のあがった暖かい茶室に、かわいらしい水仙の花は、途端に心も溶かす。
野辺山高原 平沢峠から望む八ヶ岳連峰
 時間とともに変わりゆく岩肌はつやめき、輝きを増す。中央は赤岳、2899m。目の前の雄大な景色は異彩を放つ。夢ではない現実の風景。忘れたくない美しい山々。
  皆様、どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。

「冬を愉しむ」

2021-12-27 12:08:05 | 庭の花木
「シモバシラの霜柱」 
 山陰、近畿北部などに大雪の情報。交通にも影響が考えられ、厳しい寒さが連日続いている。当地でも、日中最高気温は6°Cの予報。晴れており、上州名物のからっ風は、さほどでもない。しかし、空気は乾燥し、県内山間部では雪が降り続いている模様だ。
 秋に小さな白い花を、茎に沿って咲かせていたシソ科のシモバシラ。花後、根元から30cm位残して切り、放置しておくと、寒い日、枯れた茎の根元に‟霜柱”に似た氷の結晶ができる。枯れた茎の毛細管を伝わって吸い上げられた水分が、茎を割り外にしみ出て、凍っているのだ。現在すでに正午を回っているのに、まだ解けないでその姿を見せている。
 昨夜は、うっつらうっつらしている間に夜が明け、早朝、庭の片隅で見つけたシモバシラの霜柱。これから迎えるであろう厳しい冬と厳しい寒さの中にも、それを愉しむ何か心の支えがあって欲しいものだ。

「光のページェント」

2021-12-21 19:12:36 | その他
 「わぁ~凄い! わぁ~きれい! わぁ~素敵!」。あのダイナミックで幻想的なイルミネーションを、何に例えたらいいのだろうか・・・言葉を失った。足利フラワーパーク、ゲートをくぐると、紫色、白色、黄色、ピンクの美しい光、藤の花のグラデーション。その魅惑的な光に、心は100%奪われてしまった。それだけではない、たくさんの会場にはそれぞれテーマがあり、夜の闇に浮かび上がった光が、BGMとともに空の色に溶けていく・・・。イルミネーションは確かに人工的に作ったものではあるが、それは自然の持つ美しさとは違い、心にどんどん宇宙が広がっていく感覚すらある。幻想的な光の小径・・夢のような時。
 どれも圧巻の一言なのだけれど、特に心に残ったのは、派手ではない、少し地味目な日本の四季に関する童謡の映像。思わず、BGMとともに口ずさんでしまった。
 さっぽろホワイトイルミネーション、ハウステンボス光の王国とともに、日本三大イルミネーションに認定されているという足利フラワーパーク。現在、フラワーパークのクリスマスというテーマでのイベント開催中。まばゆい星空のように・・地上の星も美しい。

「人は何故歌を・・・。」

2021-12-18 15:11:04 | 庭の花木
「サザンカ」 ツバキ科
 平常心とはいうものの、いつも同じ気持ちで日常を暮してわけではない。嬉しい時には心ときめきワクワクし、少しアップテンポの曲を聴いたりすると気持ちが華やぐ。けれど、悲しい時、胸が張り裂けそうに苦しい時など、その歌詞の一つひとつが心に突き刺さり、じ~んとして涙することもあるものだ。そんな時も「人は何故歌を歌うのだろうか」と考えてみる。・・きっと、心の奥底にある「本当のこと」が言えないからかなぁ~と。本当のことが言えないから、その言葉を借りて心のスクリーンに映し出し、それを表しているのではないだろうか。日々の暮らしの中には「これって幸せっていうんじゃないかなぁ~」と思うこともあれば、考えさせられる事柄やせつない気持ちになることもあるが、幻から現実へと心の中で急ブレーキを踏み、記憶に蓋をしてしまうこともあるのだろうか。
 昨夜から強い風が吹き、今朝は気温がぐっと低かった。そんな寒空の下、鮮やかな赤いサザンカは花を咲かせてくれて、いじらしい。サザンカといえば、童謡の「たき火」を思い出し、子供の頃を懐かしむ。常緑で、冬の花として庭に彩を添えている。花言葉「ひたむきさ」。

「星に願いを」

2021-12-15 18:37:30 | 庭の花木
「寒菊」
 静まりかえったしじまの夜空に、突然一筋の明るい光。「あ~!」と言っている瞬間に、それは闇夜のヴェールに消えてしまった。ふたご座流星群の流れ星だ。空気が澄んで、さんざめく満点の星空。「あれはスバル、あっちはカシオペア、オリオンも綺麗だね」と言いながら、明るく冴えた月を少し恨み、しばらく夜空を見上げる。流れ星は一方向からではなく、いろいろな方向から流れ、およそ1時間に5個もみられた。外気はかなり寒く、防寒着をフル装備し、神秘的な夜空をじっと見ていると、この一瞬というかけがえのないものに気づき、心に幸福感が広がる。古代の人たちも同じ星座を見ていたに違いなく、ギリシャ神話と星座はロマンティックな物語となり、今なお私たちを別の世界へと誘ってくれる。
 夢を見ました。
 全てのものがゆっくり休息している闇夜、聞こえてくるのは、心地よいリズムの川のせせらぎ。
星々はきらめき、艶めいている。遠くの彼方から聴こえてくるのは、「スターダスト」。その音色は心を酔わせ、私を魔法にかけてしまった。音楽は見えないけれど、心でみることが出来る。うっつら、うっつらしている間に朝。残念ながら、夢から目覚めカーテンを開けると、あたり一面の霜。朝の光を受け、美しい冬の景色だ。
 寒菊は秋菊より遅く、開花は12月~1月にかけて咲く。霜に強いといわれるが、寒すぎても育てるには難しい。色は黄色で、花も葉も小さい。寒菊を欲しいと願っていたら、その思いが叶い、一鉢頂いた。

「再び」

2021-12-12 14:59:58 | 庭の花木
「白侘助椿」
 ギターはすでに封印したはずなのに、「ギター持っているでしょ?見せてよ」と言われ、二度と弾かないと思っていたので、押し入れの奥にしまったままの、少し埃っぽいMorrisのギター。せっかく出したのだから・・・と、コードでも弾いてみようか・・・。カポタスト、ピック、弦などグッズを入れた小袋の中には、何とチューニングするためのチューナーがない。自分の耳と音を頼りにチューニングすることは、実際なかなか難しい。チューナーさえあれば簡単に、しかも正確にチューニングできるので重宝していたのだが。しかし、気が付いた!見つかったところで、コードの押さえ方、完全に忘れてしまっている。
 ギターに初めて触れたのは学生時代。サークルでC&Wに入部し、それまで聴いたことのない音楽との出会いがあり、今も当時のノートを見れば、沢山の名曲がページいっぱい綴られている。半世紀も長く、よくぞ残しておいたものだとやや呆れもするが、音楽はその当時の香りを伝え、長い時空を超えてよみがえる。「持っているんだから、愉しみなさいよ」と言われる予感。
 清楚な白侘助椿。11月ころから咲き始めるので、茶花として炉の季節にはぴったりの花。花びらは全開しないで、筒形に咲く。一輪また一輪と小さな花びらがほころび、上品な香りとともに生命の息吹を感じさせる。

「勝り草」

2021-12-08 11:23:39 | 庭の花木
 秋を送り冬を迎えた。庭は、ほぼ枯草の世界。霜が降り草花は萎れつつあるが、なかでも菊はまだ花姿をとどめている。名の知れぬ赤色や黄色、そして小菊など目を愉しませていてくれる。菊はしばしば‟まさり草”とか‟東の籬”とかと呼ばれている。まさり草は勝り草とも記し、寒さにも負けず咲いている姿が、他の植物に比較し、勝っているということからの命名か。また、東の籬は、菊は太陽の光を好むので、このような異名がつけられたのかと、勝手な想像をしている。
 昨晩は冷たい雨が時には強く降り、その雨音のリズムが耳に心地よく、少しざわめいていた心を落ち着かせてくれた。今日は雨が主役の一日になりそう。

「相伝免許」

2021-12-05 21:26:29 | その他
 高校生から茶道のお稽古を始めた2人。今般、お家元から教授者の資格及び道号(看板)を授与していただいた。本当に喜ばしく、心から祝福したい。「好きこそものの上手なれ」とはいうものの、お茶はお点前は勿論のこと、茶碗や花入れ茶入れなどの陶芸、茶杓などの竹工、書や絵画、漆、木工、染織、さらには炭や灰そして茶花、着物や着付けの知識、また日本料理までも求められる。そして、これらが一つひとつ、ぶつぶつ切れた独立したものではなく、全部それらは季節とともに繋がっているので、お茶は総合伝統芸術とも言われる。数十年、この道の端にいる自身でも「なんで始めちゃったのかしら」と足踏みしたくなることもあるので、若い人にとっては、悩みも多かったのではないでしょうか。様々なこともあるけれど、お茶をとおして、日本文化に興味を持ち、その心を日常の生活に生かしてほしいと願っている。例えば、物を大切にする心、感謝、礼儀、気配りなど、きっと日常に取り入れられるメリットは多くあると考える。掛物に「一期一会」・・生まれて死までの間に、ただ一度だけの出会い、その機会を大切に・・という意味だと思うが、いずれにしても何か行動してみることが大事で、そのことにより他に新しい視野が広がってゆくのではないだろうか。
 彼女たちは師範の資格が与えられたことにより、これからは教場も開設できるのだから、日々楽しみながら精進してほしい。そして、このような幸せな環境にあることも忘れてはならない。
 アップしたのは家元外露地

「久方ぶりの懐石料理」

2021-12-01 11:24:46 | 庭の花木
「ヒメツルソバ」 タデ科
 クルミ、クミン、イタリアンパセリ、シイタケ、などをチーズとお豆腐で和えた白和え、甘えび、タイ、ブリ、マグロなどの御造り、南禅寺蒸し・・・食材をつまみ、これって何?ふう~ん、こんなふうに包丁を入れるといいんだね~とか、女子の食事は、目で愉しみ、舌で愉しみ、会話で愉しみ・・話題が尽きない。久方ぶりであった友人との懐石料理。
 和食は「だし」がとても大切、きちんとひいただしはそれだけでも美味しいと本に書かれて、確かにそのとおり納得するが、個人的には、ついついものぐさして「○○のだし」を愛用している。焼きあご、かつお節、うるめいわし、真昆布・・国産原料が使用されている本格的な和風だしで、うまみもバランスも良く美味しいと思っているだしパック。
 「あなた、だしは自分でとらなければだめよ。水と昆布と削り節さえあれば、簡単にとれるのよ。本物のだしは美味しい」とお料理が好きな友人のお言葉。まぁ~そうなんだけど‥ね。
 懐石料理は、どれも上品な味わいで、見た目はシンプルだけど、それぞれの食材を生かし、手間がかかっていると感じる。器も素敵で、いかにも美味しそうに盛り付けて、色彩もきれい。今月末にはお正月料理もつくらねば。それこそ、自分でとっただしで・・。  
 ピンクや白の小さな花が、丸くなって咲いているヒメツルソバ。最初は、ほんの少し植えたのに、ツルが地面を這うようにどんどんのびる。育てるという感覚より、ほおっておくと群生し困ることもあるが、花入れにいけて、可愛い花を長く愉しむのもいいかも。