うちの患者さんの中でも思い出深いSさんが85歳で亡くなられたことを、今日娘さんから聞かされました。
開業以来のお付き合いで、毎週土曜日に通って来られ、メインテナンスを続けて下さった方です。
男性の方ですから、85歳と言えば平均寿命を超え、天寿と言っても良いのかも知れませんが、非常に残念です。
夜遅くにお風呂に入ろうとして、そこで急性心不全を起こされて倒れられ、その発見がやや遅れそのまま亡くなられたということです。
ご高齢の方は、寒い時期になると急な温度の変化で倒れられる、と言う事故が起こりますが、それと同じことだったようです。
とても残念です。
実はこの患者さんは、困り者の患者さんで、歯の治療、入れ歯の治療と、なかなか患者さんとしての言うなれば我が儘とも言えることを言って来る方で、お口の清掃にも余り頑張る気がなく、口癖はいつも俺ももう70過ぎだから何時死んでも悔いはないから、歯の治療は徹底的にしないでも良い、それなりで良い、と言う方でした。
それで、私としては、それじゃこれからのことが心配だから、入れ歯の掃除の仕方、お口の手入れ、覚えて下さい、とお願いし続けていて、Sさんはそれに対して、先生の所に来てれば大丈夫だろ、と言う感じの方でした。
それで、じゃあ困ったことが起きないように、毎週土曜日クリーニングに来てくれるんだったら、何とかなると思うから、必ず来るんだよ、と約束し、俺は約束は守る男だから、と言うことでずっと通われて下さったのです。
それで、毎週毎週根気良く通われ、申し訳ない位磨けない患者さんだったんですが(私たちの指導力不足で)、それでも上の総入れ歯、下の残根上義歯と言う状態でメインテナンス続け、口腔内の崩壊を喰い止められたのです。
正直、私はこんなに磨けないんじゃ、どんどん壊れていくだろうな、と思っていましたが、その予想を全く裏切り、見事に毎週通い続け、私の予想を遥かに超え、口腔機能を維持し続けて下さったのです。
患者さんのやる気、我々側のクリーニング始めとするメインテナンス(と言っても私ではなく優秀なうちのスタッフ達ですが)が噛み合えば、口腔機能は維持することが出来る、と逆に私が学ばされた患者さんなのです。
通い続けてくれたSさん、メインテナンスを根気良くし続けてくれたうちの歴代のスタッフ。
素晴らしい連携でした。
週に1回の徹底的なメインテナンスが、虫歯、歯周病、義歯の破壊を如何に予防出来、そのことで患者さんは満足出来る食生活を維持し続けられるのか。
頑張り続けていたからでしょう、嚥下能力でも多少むせることが出て来ていましたが、それでも、気を付ければ平気だ、と威張っていました。
Sさんは、うちに来続けることで、自分がまだまだ頑張れることを確かめ(うちは2階にあるクリニックなので、上がるのが一苦労なんです)、噛めること、食べれることに頑張られ、それで生命力がまだあるんだ、と自信を持たれ、うちのスタッフとも仲良くなり、通われ続けて来たのです。
学ばされました。
生意気な言い方かもしれませんが、うちのスタッフ達が頑張り続けられなかったら、Sさんの口腔内の崩壊はもっと早期に進み、入れ歯も使うことが出来ず、栄養も満足に取れず、又、口腔清掃不良で誤嚥性肺炎とか色々な高齢者が起こされる病気になられていたことでしょう。
しかし、Sさんの頑張りとスタッフの頑張りの効果で、そのようなことを起こすことなく、過ごされることが出来たのです。
素晴らしい生きた勉強をさせていただきました。
諦めてはいけない、少しずつでも努力し続けることは、思いもよらぬ凄い効果をもたらすことがある。
私はSさんを通じて、歯科の世界に一つの光明を見せていただけた思いがしていました。
何しろ、ほぼ14年通い続けて下さったんですから。
それが、ちょうど1年前位から、足腰の方の問題で、通うのが難しくなった、と言うことで何回か往診に伺わせていただきました。
そしたら、私の実力不足でしょう、徐々に弱られていっている姿を見せられ、何とかならないものだろうか、と案じていました。
私は、毎回、又歩いて来れるように体良くしてね、と励まし続け、Sさんも皆に会いたいね、と返して下さってて、歩けないんだから情けないよ、と言われていました。
でも、減らず口の喋り方は健在で、認知症とかにはならず、やはり噛めると言うことを維持し続けられると言う効果は凄いんだなー、と又も学ばされていたのです。
娘さんからはまだまだ先生に入れていただいた入れ歯で食欲もあってそれなりに元気だ、と聞いていて、又行きますから何時でも言って下さいね、とお話していた中での、今回の訃報で本当に驚きました。
身内だけの葬儀で、棺桶に私の作った義歯も一緒に入れて下さったそうです。
娘さんには、本当に先生に良くしていただいて、それまでは入れ歯で苦労していたのが、先生のお蔭で良くなって良かったね、といつも話していました、と言っていただけました。
私の作った義歯はSさんの体の一部になってくれたんです。
その根本は、Sさんの根気、うちの歴代スタッフの医療力で、私の力など微々たるものです。
義歯の神様の愛弟子を自称し、その系譜を引く者、といつも傲慢なことを言ったり書いたりしている私ですが、義歯作る、治す部分なんて、入り口なんだな、と心の底から素直に思わされました。
日々の小さいかも知れない努力でも、ちゃんと約束守り継続し続けることが素晴らしい成果を導き出してくれる。
我々はそう言う謙虚な思いを底辺に置いて、精進し続けないといけない。
我々歯科業界は、高齢者のQOL、ADLの維持、向上に寄与出来ること多大なものがある、と言う正に良き実例でしょう。
認知症にもならず、食欲も落ちず、大きな病気にもならず、減らず口を叩き、私達もいつも苦笑させてくれたSさん。
私達はあなたのことを生涯忘れません。
Sさん、最後に少しだけ言わせていただきますが、うちの歴代のスタッフ一番最初の勤務医N先生、そしてチーフ始めとするDH、DAのお嬢さん方に感謝して下さいね。
あなたを守り続けて来たのは、彼女たちなんですから。
いつも言い合いして来た私のことよりも、本当の医療を実現して来たのは純粋な医療心溢れる娘さん達だったんですよ。
良い運に恵まれ、天寿を全うされましたね。
初めてお会いした時の状況だったとしたら、もっと色々大変な人生だったことでしょう。
本当に良かったですね。
それもこれもSさんの仁徳、運の良さだったんだと思います。
Sさんの人生の最後の部分に関わらさせていただけて、我々もとても素晴らしい学びをさせていただけました。
心から感謝致します。
あの調子で100まで行って欲しかったです。
残念です。
今度は、天国の神様、天使相手に減らず口叩いて、苦笑いさせて下さいね。
娘さんからは、最後には湯灌をさせていただいて、とてもすっきり綺麗な満足した表情であった、と聞かされ安心しました。
あちらでも、義歯使って、何でも食べて元気に過ごして下さい。
心からご冥福を祈ります。
合掌