19・視覚、って
自分を分裂させて増える、という単純な一系統相伝方式では、獲得した機能が細分化・専門化して拡散するばかりだ。
だけど彼は、いったん分かれたそれらを集約して総合する方法・・・つまりくっついて増える「有性生殖」の原理を編み出した。
別個性を持ったふたりが出会い、お互いに生存に有利なカードを持ち寄って機能をコンプリートしていけば、ゲノムを果てしなく高性能にしていける。
まさしく、ダーウィン進化が目指すところの選択による淘汰律とは言えまいか。
これは、自然選択を主体的選択に変質させていく、すなわち意識獲得へのステップかもしれない。
そして彼は、いよいよ感覚機能の金字塔とも言える視覚の形成に本腰を入れはじめた。
自分という閉鎖系の外側に存在するらしきひろがりを、距離、形、色・・・つまり景色で把握しようという野心的な試みだ。
そもそもひろがりという意味を理解できていない彼は、距離感や運動などといった、これまでに抱いてきた心的形象を画づらとして描き起こすことができない。
ここには、二次元や三次元といった空間概念や、製図法などの高度な数学の技術、さらには感覚刺激を選り分けて内的世界構築にまで落とし込むまでのアルゴリズムの工学的な大変革が必要だ。
彼にできることといえば、拾い集めた化学物質の組み替えと、電気信号によるエネルギー伝達だけだ。
これをどう組み合わせれば、外界の地図化が可能になるだろうか?
ところが彼は、またしても長い長い歳月をかけ、これをやってのける。
この世に最初に「お目見え」を果たした目は、前頭部(かどうかはわからないけど)にうがたれた、光を落っことすピンホールだった。
彼を照らす光が、ホール(細穴)の底まで一直線に差し込む、というところがミソだ。
こうして光が進めるわずかな距離を設けることよって、捕捉物体の位置が特定できるのだから。
穴の底部には、光子に反応して光か影かを判定するスイッチが組み込まれていて、そのオン・オフの情報は「1ピクセルのモノクロ画」と考えることができる。
彼がはじめて見る世界は、白か、黒か、そのうちのどちらかというシンプルなものだった。
この機能を、彼は劇的に発達させていく。
つづく
東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
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