ミカエルの函館散策記

美しい夜景と異国情緒溢れる町・函館。
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第841号 幕末に動きあった箱館お奉行 

2014年01月18日 | 旧跡、史跡
今日は1月18日。
幕末の二人の箱館お奉行に、旧暦のこの日、大きな動きがあった。

① 1860(万延元)年1月18日
箱館奉行・村垣淡路守は、日米通商条約批准交換のため、
遣米使節として米国へ出発。
10月に帰国し、翌文久元年、箱館に帰任する。

この時に使われた軍艦は「咸臨丸」。
艦長は勝海舟。福沢諭吉も一団の中にいた。

② 1866(慶応2)年1月18日
杉浦誠、箱館奉行となる。
明治元年、新政府の箱館府に一切を引き渡した最後の箱館奉行。
明治2年、開拓使判官になり、10年1月まで函館に在勤した。

五稜郭内に復元された箱館奉行所は全体の3分の1の広さ。
これとほぼ同じ広さの、お奉行公宅が棟続きであった。
箱館で亡くなられたお奉行の家族のお墓は、近くの「大円寺」に
建立されている


防寒衣料もなく、暖房器具もない冬場の蝦夷地勤務は、
かなり厳しかっただろう。
昔の人たちは、強い精神力を持っていたのだ。



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