ミカエルの函館散策記

美しい夜景と異国情緒溢れる町・函館。
名所・旧跡・食べ処をご紹介していましたが今や万屋。
ご訪問に謝々。

第132号 「おふくろさん」と「月光仮面」

2007年05月30日 | 教会、寺院、神社、墓地、碑、像

             

 

函館市松風町のグリーンプラザに建つこの像をご存知ですか?
そうです。「月光仮面」像です。

昭和33年、日本初の連続テレビ映画として放映され、大人気になったヒーローアクションドラマの元祖ともいうべき作品でした。
当時は勿論白黒、持っている家は限られ、ご近所に見せてもらいに出かけました。
正座して待っていると、主演の「大瀬康一」が登場・・・(パチパチの拍手)
皆でテレビに合わせ大合唱が始まりました。

♪ どこの誰かは 知らないけれど 誰もがみんな知っている
♪ 月光仮面のおじさんは 正義の味方よ善い人よ
♪ 疾風のように現れて 疾風のように去って行く
♪ 月光仮面は誰でしょう 月光仮面は誰でしょう

最高視聴率67.8%、平均視聴率40%という驚異的な記録でした。

像は、昭和49年9月、原作者で作詞者でもある川内康範氏が寄贈。
氏が生まれたのは函館市青柳町で、お父さんは日蓮宗の僧侶でした。
像には、生まれ育ったこの地への恩返しと平和の深い思いが込められているといいます。
その後、歌謡曲の作詞も手がけ「誰よりも君を愛す」、「伊勢佐木町ブルース」など多くのヒット曲を世に送り出しています。

しかし、最近、森進一さんとの間で起きた歌謡曲「おふくろさん」をめぐる悲しいトラブル。
像に取り付けられている銘板には「憎むな 殺すな 赦し(許し)ましょう」(写真右)という川内氏の文字があるのですが・・・。

                   ミカエル

 

 

 

 

 


第131号 だんご3兄弟?いえ、野菜3兄弟です。

2007年05月28日 | 我が家のもろもろ

知人のお嬢さんから、
「間もなく菜園の季節ですね!
今年はこの可愛いセットも仲間に加えて美味しい野菜を作ってみて下さい」
と言われ、頂戴したのが写真の3兄弟。

 

左から、「ミニピーマン」・「ミニトマト」・「ミニナス」。
麻袋の色で中の野菜が判別できるから便利。
袋の中には、土、肥料、種が入っていて、この袋の中で発芽させたあとに本物の鉢に袋ごと移し替える仕組み。
いろいろなアイデアが出現し、それを見つける人がいるのにも感服します。

今日の午後から盛大?な種まき、初収穫でこのお嬢さんに「野菜サラダ」を作ってご招待したいものです。
「ニカエル菜園」は、今年も妻の力も借りながらスタートです。

                       ミカエル


 


第130号 イメージを変えた七宝作品展

2007年05月25日 | 展覧会、催事など

友人から、「七宝趣味の会作品展」のご案内を頂き、23日に妻と一緒に出かけました。

 

会場は、五稜郭の丸井今井デパート函館店の7階ギャラリー。
入り口に、代表者から次のようなメッセージが掲示されていました。

「此の度、私のもとで七宝を楽しむ仲間と十年振りの作品展を開催させて頂くことになりました。
花のスケッチや写真を撮って、それを七宝で表現したり、研鑽の為、画集を手本にして、仕上げたものもあります。
無心の心で歩んで参りました。
ご高覧頂き、ご意見等いただけましたら幸せに存じます」

会員6人から出品された作品は50余点。
私が持つ七宝のイメージといえば、「ブローチ、ペンダント」などの装飾品。
会場に入って本当に驚きました。
筆で描いた絵のように見える繊細な作品の題材は、花、小鳥、猫、人物、建物など実に幅広いもの。
作者の技の高さに溜息を漏らしながら拝見していました。

特に私の足を止めたのは、函館の顔ともいわれています「ハリストス正教会」の作品でした。
屋根の金属板一枚一枚が重なる部分の見事な表現に、作者の確かな目、細やかな技を感じました。

会員の皆様、素晴しい作品を拝見させて頂き有難うございました。
作品展は、5月28日(月)まで。
時間は10時から19時30分まで(最終日は16時に終了)です。
皆様もどうぞお出掛け下さい。

                         ミカエル

 

 

 


第129号 何事だ!歳三殿、碑前祭でござるよ!

2007年05月23日 | 新撰組

 
       写真① 拡大する。            写真② 拡大する。  
 
        写真③ 拡大する。            写真④ 拡大する。

函館市若松町にある「土方歳三最期の地碑」で、19日11時半から碑前祭が行なわれた。
毎年5月の第3土、日曜日は、「箱館五稜郭祭」。
土曜日には碑前祭が行なわれる。
自衛隊函館駐屯地のラッパ隊のほか、太鼓隊、礼砲隊もそろい、祭典実行委員長らが花束を捧げ冥福を祈った。

いつもよりかなりの賑わいに、歳さんも驚いて「何事だ!」と起きてきた。
「騒がしくして申し訳ありません。ちょっとのご辛抱を!」。
この時は豆台風を思わせる強風雨、詰め掛けた熱心な土方ファンは圧倒的に女性が多い。
気の弱い私は、小さくなって撮影をさせてもらった。
午後からは五稜郭タワーで「土方歳三コンテスト」が開催され、歳さんの笑顔がアトリウム上にあった・・・・・・ような気がした。、

※土方歳三関連マイブログ

http://blog.goo.ne.jp/mikaeru171/d/20060902

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                                                            ミカエル

 

 

 

 

 

 

 

 


第128号 歳三殿、ヒジコンでござる!

2007年05月19日 | 新撰組

             
                    ①・・・・・拡大する。 
       ②・・・・・拡大する。             ③・・・・・拡大する。

5月19日(土)~20日(日)は、「第38回箱館五稜郭祭」。
今日午後1時30分から、「土方歳三コンテスト全国大会2007」(ヒジコン)が、五稜郭タワーアトリウムで開催されました。

回を重ね今年は節目の20回、新装なったアトリウムはこのヒジコンの開催を心待ちにしていたようです。
20名の申し込みがあったものの3名が欠席、男性13名、女性4名の17名で争われることになり、遠くは神奈川県から来られました。

持ち時間は一人2分。
「箱館弁天台場に取り残された榎本軍を救出に向う土方が、明治政府軍の鉄砲に撃たれて倒れ息を引きとる」シーン。
台詞、声の大きさ、演技、衣裳などが審査対象。
最多出場者は5回目の北海道の方。

審査の結果、②写真の左の方が優勝、右の方が準優勝に決定しました。
2人は20日の「維新行列」の先頭になって勇姿を披露、祭りに花を添えます。
優勝者は函館市在住、賞金10万円も獲得。(いいなぁー)
準優勝者は東京都日野市在住で3回目の挑戦でした。
お二人とも美顔で長身、スタイル抜群とあって、行列には大歓声が上がりそうです。

③は、「ちびっこ土方歳三コンテスト」。
二つの幼稚園が、園児5人ほどで6チームを作り出場しました。
五稜郭に攻め込む明治政府軍(大人2名)を、園児扮する新撰組が阻止しようと奮戦しますが破られそうになり「土方さ~ん、助けて~」と。
そこで土方役の園児が登場し、やっつけてしまうストーリー。
可愛らしい姿と台詞に、アトリウムを埋め尽くした観衆からは大拍手が送られました。
本当に可愛かった園児たち、また来年もぜひ出場して下さいね!

そして、日野市の皆さん、おめでとうございます。 

とても楽しい「ヒジコン」でした。

関連マイブログ
 http://blog.goo.ne.jp/mikaeru171/d/20070511

                  ミカエル

 

 

 

 


 

 


第127号 レストラン ケルン

2007年05月17日 | 美味満足技処、買い物処

所在地=函館郊外 森町字赤井川106番地の5 国道5号線沿い

 

 

函館から国道5号線・函館新道を走り、大沼トンネルを抜け、グリーンピア大沼入り口手前300m右にある。
向かいには赤井川小学校の大きな看板がある。

大型連休が終わった9日、大沼へ行き昼食にここに寄った。
それでも、50台ほど収容できる駐車場には、道内他都市、他府県ナンバーの車が多いことから知名度は抜群のようだ。
ここのお薦めは、大沼産黒ベコの肉をたっぷり使った「ハンバーグ」。
ランチタイムには、この「ハンバーグランチセット」を1,000円で提供してくれるから嬉しい。

写真ではよく分らないが、ハンバーグがのっているのはフライパン。
ジュージューと音をたてて運ばれてくる。
「熱いから気をつけて下さい」と言われなくても熱そう。
食後に酸味の強いコーヒーが出て「ごちそうさま」。
満足の1,000円だった。
席は奥の国道沿いがゆったりとしてくつろげまぁ~す。

                    ミカエル

 

 


第126号 五稜郭の設計者・武田斐三郎顕彰碑

2007年05月14日 | 教会、寺院、神社、墓地、碑、像

所在地=函館市五稜郭公園内(たけだ・あやさぶろう)

            

五稜郭公園へ架かる一の橋、二の橋を渡り、ふじ棚をくぐると左側にある。
バスガイドさんが、「とっても頭の良い方でした。皆さんの中に斐三郎の頭脳にあやかりたい方がおられましたら、どうぞ頭を撫でて下さい」と言うものだから、ご覧のように顔、頭が異常に光輝いている。

彼はどんな人物だったのだろうか?
幕末の文政10(1827)年、四国は伊予国大洲藩(現・愛媛県大洲市)に生まれ、緒方洪庵から蘭学を学んだ。
下田や箱館に来航したペリー艦隊に乗り込んで、通訳兼折衝役として活躍、箱館奉行支配・諸術調所教授役に招かれ、子弟の教育にあたった。
五稜郭のほかに第97号でご紹介した箱館弁天台場、函館・恵山麓にあった尻岸内溶鉱炉の設計・監督も務めた。

とにかく、多方面の学問に優れ、
調所では、外国語、測量、航海、造船、砲術、築城、化学を教えた。
元治元(1864)年、東京開成所(現・東京大学)の教授として転出、明治13年、東京で没した。

1855年に国際開港場になった箱館。
外国の脅威に備え、蝦夷地防衛の要として造られた西洋式城郭・五稜郭。
しかし、ここで繰り広げられたのは、箱館戦争という日本人同士の血の流し合い、斐三郎の胸中はどんなものだったろうか。
このことは、近代日本が誕生するためには避けては通れない悲劇であった。

※ 3日ほどわらじを履きます。お返事が遅くなると思いますがお許し下さい。 

関連マイブログ
 http://blog.goo.ne.jp/mikaeru171/d/20061223

 http://blog.goo.ne.jp/mikaeru171/d/20070222

                      ミカエル


 


第125号 歳三殿、祥月命日でござる!

2007年05月11日 | 新撰組

今日は新撰組副長・土方歳三の祥月命日。
旧暦の明治2年5月11日は明治政府軍の箱館総攻撃の日。
ここ若松町一本木関門付近で戦死、没後138年を迎えた。

 

我家は揃って新撰組ファン、妻がきのう買い求めた花に庭の花も添えて花瓶に生け、最期の地碑へ捧げてきた。
碑前にはいつも花が絶えないが、命日近くになるとご覧のようにたくさんの花、我家の花も歳三さんの前で生き生きと咲き誇った。

歳さんを狙撃したのは、蝦夷地に唯一藩庁を置いた松前藩の八番隊小隊司令・米田幸治(まいたこうじ)。
4年前、五稜郭タワーに土方歳三の立像が建立されたときのこと。
日野市にある「土方歳三資料館館長・土方陽子さん」と函館在住で米田幸治氏の末裔の方とが対談した。
お二人とも終始和やかな表情で、それぞれの先祖が戦わなければならなかった苦しさを思い浮かべながら語り合い、「悲しい出来事」と結んだ。

今月の19,20の両日、「箱館五稜郭祭」が開催されるが、19日にはタワーアトリウムで「土方歳三コンテスト全国大会」が開かれる。
函館に眠っているであろう歳さんもこれの審査に馬で出陣。
苦みばしった笑顔は、五稜郭上空の雲間から見えそうな気がする。

関連マイブログ                 http://blog.goo.ne.jp/mikaeru171/d/20060902 

http://blog.goo.ne.jp/mikaeru171/d/20070222

                          ミカエル

 


第124号 またあう日まで! 五稜郭桜続編

2007年05月08日 | 旧跡、史跡

 
左①番写真を拡大する。・・・・・・・・・・右②番写真を拡大する。
 
左③番写真を拡大する。・・・・・・・右④番写真を拡大する。
 
左⑤番写真を拡大する。・・・・・・・右⑥番写真を拡大する。

撮影したのは6日。
大型連休の最終日とあって、昨日までの混雑が嘘のよう、タワーにも待ち時間なしで上れました。
反対に市民の花見はピークを迎え、朝8時半には「飲み開始」のグループの姿も。

①、②は、花見の人気の場所。
傍のタワー売店では「ジンギスカンセット」、飲物を販売、敷物も貸与してくれますから手ぶらで花見が楽しめます。

④の写真は郭内で、中央やや下に見える白壁の建物は「旧兵糧庫」。
箱館奉行所が建てられてときに22の付属棟も建てられましたが、現存するのはこれだけ。
榎本軍が五稜郭に無血入城したとき、ここには明治政府が津軽藩から購入した米約3,000俵の一部があったといわれ、「いただきまーす」で手中に。

その上の建物は、第121号でご紹介した「市立函館博物館五稜郭分館」。
昭和29年夏に開かれた「北洋博覧会」第二会場の産業館としてスタート。
この年、全市がお祭りムードになりましたが、秋に青函連絡船・洞爺丸ほかの転覆事故があり、タイタニック号沈没に次ぐ大きな海難に市民は悲しみに沈みました。

三回連続で掲載しました「函館桜」、中にはどこででも見ることができる写真もあるかと思いますが、ご容赦下さい。
来年はより美しい花が咲いてくれることを願って桜の話題は結びとします。
アクセス頂きまして有難うございました。

                       ミカエル


第123号 お待たせ! 五稜郭桜咲きました!

2007年05月05日 | 旧跡、史跡

新五稜郭タワーの展望台(地上90m)から眼下の桜を狙いました。 
①二の橋上で奉行所復元中。・拡大する②赤屋根は貸ボート屋さん・拡大する 
③左が一の橋、右が二の橋・間・拡大する ④二の橋の賑わい・拡大する 
⑤ ①の左部分上に山並・・拡大する  ⑥ ②の右端からタワーを・拡大する

五稜郭タワー展望台から、桜を狙おうと思って3日、4日と挑戦しました。
ところが、交通渋滞や撮影不向きの空模様にぶつかり諦め、三度目の挑戦でようやく目的を達成しました。

今日も交通混雑を予想して、車はやめて愛用の「踏んだモーター(自転車)」に。
そして、展望台は混雑が切れる昼食時に上り、これが成功、好位置でシャッターを切ることができました。

桜は、概ね大正3年に植えられた「ソメイヨシノ」が約1,600本、それが眼下に。
しかし、桜は下を向いて咲く花、上空から撮影しても花びらの色が反映されず、全体的に超うすーいピンク、こんな筈ではなかったのに!
まぁ~、折角ですからタワーからの五稜郭の形を楽しんで下さい。
「桜は見上げて楽しむもの、盃で花びらを受けて楽しむもの」なのですね。

二の橋の下に浮かぶ鳥は、「カモメ」。
なんで、こんな所にカモメが?
観光客が鯉やカモへ与える餌を横取りするのです。きっと盗賊カモメかな?
なかには、真面目な「ジョナさん」がいるカモ知れません。

                      ミカエル


 

 


第122号 お待たせ!トンネル桜満開です。

2007年05月03日 | 通り、坂道、散策路

所在地=函館市松陰町・柏木町堺道 桜が丘通り

 
左写真を拡大して見る。・・・・・右写真を拡大して見る

市電・五稜郭公園前停留所から湯の川方面へ進み、市電・柏木町停留所手前を右に入ります。(小さな「桜が丘通り」の看板が目印、お見逃しなく。)

先号(121)でご紹介しました桜のトンネル並木が、満開になりました。
桜そのものは約600mにわたって植樹されていますが、トンネル部分は約400mの区間です。
この地区は市内にあっては高級住宅地、海産商などが別荘地として買い求めた土地が多く、庭の広い家が多く見受けられます。

昭和初期に、地主達がソメイヨシノを植えたのが始まりで、その後も若木を移植するなどして現在の並木に育てあげました。
街路樹としては手間がかかる桜ですが、皆が力を合わせこの通りを桜の名所とし維持して行こうと力を注いでいます。

撮影中も観光客がハイヤーで来られ、ドライバーさんに撮ってもらう姿があり、期間限定ながら観光地であることが分ります。
ここは、住宅街を走る道路ですから、見物や撮影にあたっては車に十分注意して下さい。また、駐車場や夜間照明の設備はありません。

ここを撮影し終えてから五稜郭タワーへ向かいましたが、チケット売り場は長蛇の列。仮に展望台に入ったとしても郭内の桜の撮影は無理と思い断念。
午後から再び向いましたが、五稜郭周辺は他県ナンバーの車が溢れ大混雑。
今日の撮影は諦め、明朝一番でタワーに上がることにしました。
連休後半の初日は暖かくなって、地元の方々も花見に訪れ、堀にはボートも浮かび、歓声を上げながら水面を切って進んでいました。

                      ミカエル