四月上旬、阪急交通社の「旅ネット旅仲間」に掲載してあった「静内二十間道桜並木」の案内に興味をもっていたところ、旅仲間から「行ってみないかい?」の誘いがあって参加することにした。
天気予報は終日雨。
でも、奇跡を信じて家を出た。
二日間の旅。前後するが思い出を掲載したい。
「二十間」という冠言葉で有名なのが、函館西部地区にある「二十間坂」。
函館山に要塞を築くため、大砲運搬道として造られたので知られている。
静内二十間道桜並木」は、太平洋に面する静内町に位置。
その後、平成の大合併によって「新ひだか町」になった。
旅行会社の観光コースに加えられてからは、北海道の新しい桜名所になった。
旅二日目のこの日は、曇り時々雨でしかも肌寒かった。
桜が咲いていればこんなイメージ。
(写真、お借りした。)
この日はまだ蕾が硬くて、咲いていなかった。
この道路の歴史を振り返ってみた。
1872(明治36)年、開拓使長官・黒田清隆の手による。
積雪が少なく、野草の多い日高地区は産馬改良に適していると進言。
この結果、約7万ヘクタール(東京ドームの14,000倍)にもおよぶ広大な新冠御料牧場が開設された。
二十間道路は、1903(明治36)年、皇族が牧場を視察する際の行啓道路として造られた。
ほぼ同時期に建設された皇族らのご宿舎「龍雲閣」は今も残り、往時を伝える。
桜が植栽されたのは、その13年後。
牧場職員が3年かけて、近隣の山から移植。
構成は、エゾヤマザクラが7割、カスミザクラが3割。
並木の幅が20間(36m)であることからこの名で呼ばれるようになった。
五月の開花時に開催される「しずない桜まつり」には、20万人以上の観光客が訪れ賑わう。
このお祭りが開催中。
私は「大豆ハンバーグ・200円」を買い求め,シルバー食べ歩きを満喫した。
それにしても、臨時仮説トイレの長蛇の列には驚いた。
位置もそうだが、数にも配慮がなされるべきと感じた。