函館 Glass Life

函館市田家町で眼鏡店「サポートGlass」を営む50代店主の趣味と感じたことの
日記です。

真田丸、秀次逃走!!

2016-07-19 | 歴史

ドラマでは…

拾の誕生で被害妄想からどんどん自分を追い詰めていく秀次

遂には関白職を投げ出し聚楽第から出奔

逃げ出した先が何と!!真田邸とは驚きですね

信繁の知恵で乗り切ろうとしたのでしょうか??

秀吉の怒りを恐れるあまり次第に情緒不安定になっていく秀次、

身の置き場がありません

信幸を伴い高野山へと又々逃走

まるで一人相撲をしているみたいですね。

実力を伴わない者に官位だけを上げて自滅させる位打ち。

意味は少し違いますが、秀次も位打ち状態だったのかも知れませ

実際には秀吉の命で切腹した秀次ですが、ドラマでは職責の重さ

や秀吉の恐ろしさに押し潰されノイローゼ状態で自刃した事に…

あくまでも秀吉に殺された様には描かれていませんでしたね

だとすれば少し無理があります。

秀次乱心のため自刃だとすれば妻や子供をことごとく殺す必要は

ありません

その中にはまだ嫁いでいない側室・最上義光の娘も含まれていま

す。

「わしを怒らせたらどんなに怖いか孫七郎に見せてやる」と言う

秀吉に対して「あの子はもう死にました。」とやり場のない表情

を見せるお寧

可愛さ余って憎さ百倍で済ますには辻褄が合いません

我が子可愛さのあまり…謀反の疑いがあった…素行が悪かったなど

など、秀次殺害には諸説ありますが、年老いた秀吉の命で三成を含

めた側近達の策謀だと個人的には思っています。

不思議なことに…この事件の後、三成は秀次の有力な家臣をかなり

召し抱えています。

もし、秀吉に見つかれば罰せられるかも知れません

危険を冒してまでも召し抱えた三成。

もしかして??

三成は秀次を殺す事に反対だった可能性もあります

勿論、秀吉の命令には逆らえませんが、光秀の本心は違ったところ

にあったのかも知れませんね


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真田丸、信幸の嫉妬!!

2016-07-11 | 競馬

妊婦の腹を裂いて子供を取り出したとか?辻斬りをしていたとか?

殺生関白と言われている秀次ですが、秀次を殺した事への大義名分

を作る為には秀次は悪でなくてはならないのです。

実像の秀次はかなり違った人物像だったのでないでしょうか

 

ドラマの中では秀次の娘・たかが秀次の性格を言い表していましたね

「父は弱い人なのです。自分が人にどう思われているか?気にし過

ている。悪い人ではないが波があるとも…」

意外と実像の秀次もそうだったのかも知れませんね。

 

秀次謀反、その可能性はかなり低く、秀吉又は秀吉を唆した石田三成や

増田長盛・前田玄以など側近の官僚達による謀略の可能性が高いと僕は

思っています


大和豊臣家(秀長)を継いだ秀次の弟・秀保が亡くなりましたが、跡取り

もいなかったため大和豊臣家は断絶となっています

本来なら秀次の子供に継がせ存続するのが豊臣家にとっても良い筈です

が、数少ない豊臣の身内を自ら排除していく晩年の秀吉を見ると絶対権

力者が老いていく怖さを感じます

豊臣家を潰したのは間違いなく秀吉です

一代の英雄・豊臣秀吉にも限界があったという事なのでしょうね

ところで

真田兄弟が目出度く官位を貰う事になりましたね
信幸→従五位下伊豆守、信繁→従五位下左衛門佐、どちらかと言うと信

の方が少し上でしょうか

しかし信繁の口利きで叙任した事を知った信幸は怒りをあらわにします

ましてや父・昌幸も知っていたとは「又、自分だけが蚊帳の外か~。」

と怒るのも無理はありません


「弟の情けで官位をもらっても嬉しくも何ともない。出来る事なら官位

を返上したい」と怒りをぶつけるのも分かりますよね

実直な信幸には立ち回り上手い信繁に嫉妬があったのかも知れません

その嫉妬心があった信幸だからこそ幕末まで続く松代真田藩の礎を作れ

たのかも知れません

徳川の時代に天敵・真田の家を残すのにはかなりの深謀遠慮が必要だっ

た筈です

信幸でなければ成し遂げられなかったでしょうね



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真田丸、きり危機一髪

2016-07-05 | Weblog

今週はあまりにコミカル過ぎて個人的には大河ドラマを

見ている感じがしませんでした

これが三谷ワールドなのでしようか


鶴松が亡くなり落ち込んでいた筈の秀吉ですが、謀反を

起こさない為と訳の分からない理屈を付けて唐入りに突入。

殆どの武将は無益な唐入りに反対だったと思いますが、秀

吉の暴走を止める事はもはや誰にも出来ません

日増しに悪化する戦況の中、名護屋城では秀吉発案の仮装

大会が始まりましたね。


最初はぎこちなかった昌幸ですが、日に日に瓜売りらしく

なっていきます

仮装大会にあまり乗り気ではなかった昌幸ですが、上達も

早く完璧な瓜売り状態、優勝間違いなし

と思ったところに何と秀吉も瓜売りに仮装するとの情報が…

秀吉の顔を潰す訳にはいかず止む無く病欠。

すっかり落ち込んでいる昌幸、後ろ姿に哀愁を感じます

せっかく練習を積んできた瓜売りをようやく披露する機会が…

何と!!母・とりの臨終の席

悦に入って瓜売りを披露する昌幸ですが、その母にまでウル

サイと言われては形無しですね

 

一方、きりにご執心の秀次、側室になって欲しいと哀願して

いましたが、ならなくて良かったですね

後に切腹した秀次ですが、秀次に関わった者は女・子供に関

わらず殆どが処刑されています

きり、危機一髪といったところでしょうかね





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真田丸、魔性の女??

2016-06-27 | Weblog

鶴松の死の影で何となく利休の死が薄れた感がありましたね

 

ドラマでは利休の見張りを命じられる信繁ですが、利休の邸

宅の周りには上杉をはじめとする3000の兵が取り囲んでいた

と言われています

何故か?利休の見張り役を命じられた信繁ですが…主役なので

仕方ありませんよね

その信繁の問いに「人の命を金で操る業の深い商人である自分

は、それがゆえに茶をたてるのだ。茶の道を究める事が出来た

のは、その自分の業が深いからだ…」と答える利休ですが、何

となく理解出来なくもありません

大徳寺の木造の件では「あれで足元を掬われた!!一言でいえば

定めだ!!」と言っていましたが、答えになっていません

利休の木造が欲しいという茶々の我が儘で木造を作った利休で

すが、寸法を間違え等身大利休が完成

置く場所に困った茶々の一言「大徳寺に預かってもらえば~。」

この一言で利休の運命か決定。

とすれば…やはり茶々は魔性の女ですね。

利休からすれば茶々の要望を聞いたあまり三成や吉継に隙を見

せてしまったという事なでしょうか??

 

鶴松危篤の知らせにニンマリしている武将が二人

50を過ぎた秀吉には跡取りが出来る可能性が殆ど無く、豊臣も

秀吉一代で終わり、乱世へ逆戻りとほくそ笑む家康と昌幸

家康はともかく、息子・信繁と同じような立ち位置では生きら

ない自分に昌幸は気が付いていたのでしょうね。
昌幸は乱世でしか才能を発揮出来ないのです

 

ところで…

一度権力を手にした者はそれを失う事を必要以上に恐れると言

います。

もし、権力を失うとすれば身近にいる実力者が…

 密室の茶室は情報交換の場としては最適、情報が洩れる事も殆

どありません

利休の弟子である武将はあまたいますが、その武将達と権力を蓄

えた利休が共謀すれば…

秀吉が疑心暗鬼にかられても不思議有りません

陰の実力者として動いている分には良かったのですが、財力も兼

ね備え発言力も増してくると絶対権力者から見て脅威でしかない

のです

利休失脚は必然性があったと僕は思っています。

秀吉から蟄居→切腹を言い渡された利休は一切の弁明もせず受け

入れたと言われています

茶の湯を通したネットワークと情報力を持っていたがため秀吉に

重宝された利休ですが、それ故排除されたとも言えます。

秀吉からすれば諸刃の刃だった訳です。

もしかして?利休は何れこうなると思っていたかも知れません

生き様も含め、分かっていても後戻り出来ないのが人生なのでし

ょうかね


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真田丸、北条幕府?何てことも??

2016-06-20 | 歴史

この時点で惣無事令違反に当たるは、北条と伊達ですが、

名胡桃城を乗っ取った北条と蘆名を滅ぼし領地を併合した

伊達と比べれば誰が見ても伊達の方が重罪ですよね

本来なら伊達を取り潰し北条が生き残るところですが、秀

吉の裁定は違いました

実の母に毒殺さかかった正宗ですが、その為予定より遅れ

て小田原に到着します

得意のパフォーマンスで秀吉の心の中に素早く入り込み攻

め滅ぼした蘆名領のみの没収で一件落着

流石に秀吉の御前でズンダ餅の作り方までは披露しなかった

と思いますが…


一方の北条ですが…氏直は早くから秀吉に下る道を模索して

いた様ですが、氏政が中々首を縦に振りません

家臣達も相変わらずの小田原評定、当主・氏直と実質的な権

力者・氏政のツートップも決断を下せず時間だけが過ぎてい

きます

氏政・氏直父子の決断力、政治力の無さには目を覆うものが

ありますね


武田が滅んだ後、北条の領土は最大になります。

氏政は凡庸な国主だと言われていますが、政治家としてはと

かく、武将としては優れた資質を持っていたと僕は思って

います

この時点での石高から見れば豊臣の次が北条です

秀吉としては240万石の大々名をそのまま残しておく訳には

いかなかったのです。

北条を取り囲むように伊達・上杉・徳川も犇めいています。

その他、佐竹・里見・最上などなど…

もし、これらの大名達が反豊臣を掲げ結束すれば流石の秀吉

でも太刀打ち出来ないかも知れません

その時に盟主となるのは240万石を領している北条です

北条幕府!!源頼朝の再来、何て事も絵空事ではなかったのか

も知れません。

秀吉は北条を潰し、その後に徳川を入れ、伊達・徳川の楔と

して旧蘆名領に蒲生氏郷を配置、睨みを利かせます

災いの種を無くそうとしたのでしょね

 

 

三成が攻めた忍城ですが、秀吉の命で水攻めを敢行。

決して三成自ら水攻めを主張した訳ではなさそうです

攻め難い湿地帯にある忍城ですが、周りは平地。

水攻めともなれば大規模な土木工事が必要になります。

現地視察を終えた三成は水攻めは難しいと考えていた様ですが、

現地を見ていないとはいえ秀吉からの命令には逆らえません

小田原征伐で唯一落ちなかった忍城ですが、そのため戦下手の

レッテルを張られる羽目になった三成

忍城攻めは水攻めに固執した秀吉の失敗といっても良いのかも

知れません。



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真田丸、窶れて行く二人!!

2016-06-14 | 歴史

暫く行方知れずとなっていた信繁の姉・まつの夫・小山田茂誠

どの場面で再登場するのかと思っていましたが、籠城中の小田

原城だとはは驚きでしたね

史実では茂誠が北条に仕えていたのは間違いなさそうです


それにしても…信繁が氏直を説得するため単身小田原城へ行くな

んてドラマとして見る分には面白いですが…

吉継や三成、家康までもが信繁に氏直説得を託します。

北条の命運が信繁の肩に掛かっているのです

全く有り得ない話ですが、ドラマならではですね

 

小田原攻めで日に日に窶れていく武将が二人。

三成と氏直

二人共、思い通りにならない戦局が原因のようです

有利不利に関係なく悩みは尽きないようですね

 

ところで

後北条の祖・早雲(伊勢新九郎盛時)は桓武平氏の末裔だと言われ

ています

足利幕府の官僚として仕えていた様ですね。

鎌倉執権の北条家の後裔ではありませんが、先祖を同じくすると

いう意味では同族と言っても良いのかも知れません。

伊勢氏から北条氏を名乗ったのも頷けます

 

いよいよ北条征伐ですが、氏政は何故?秀吉に臣従しなかったの

でしょうか??

信玄や謙信ですら攻略出来なかった小田原城があったせいだけで

しょうか??

それとも秀吉の出自を蔑んでいたからでしょうか??

豊臣軍20万、北条軍8万、軍勢の数は少し誇張した数だと思います

が、この数だけ見ると全く歯が立たない相手ではなさそうです

難攻不落の小田原城と8万の軍勢が有れば氏政でなくても勘違いする

かも知れません

 

氏政はおそらく…希望的観測も含め徳川や伊達の援軍を期待していた

のでしょうか

全国の武将を敵に回し籠城しか選択肢がない戦いに勝ち目がない事く

らい氏政も分かっていたでしょうね。

巨大な小田原城には35年分の兵糧は有った筈です。

数年持ち応えれば…攻めている秀吉軍の武将達にも亀裂か入ります

しかし、この戦いには唐入りの為か九州勢は加わっていません。

戦況が膠着すれば九州勢も加わるかも知れないのです。

頼みにしていた徳川も秀吉軍に加わり、残る伊達までもが秀吉に降伏

して万事休す

援軍の期待出来ない籠城戦ほど惨めな戦いはないのです



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真田丸、惣無事令違反!!

2016-06-07 | 歴史

惣無事令…

秀吉の許可なくして戦が出来なくなるという事ですが、

武将同士の争いの殆どは土地問題です。

戦が出来なくなった代わりに秀吉が裁定を下さなくて

はならなくなります

一所懸命と言いますが、武士は命懸けで土地を守るも

のです

理不尽な裁定を下すと禍根が残り豊臣政権が揺らぐ事

にもなりかねません

鎌倉幕府二代将軍・源頼家も土地争いに対する裁定が

元で失脚したとも言われています

ある意味、戦で解決するより難しいかも知れませんね

 

いよいよ戦国裁判の始まりです。

被告・真田、原告・北条、裁判官・石田三成と秀次、

証人・本多正信、各々の思惑が絡んだ裁判です

裁判長・秀吉の判決が見物ですね。

判決…

沼田の2/3北条、残りの1/3を真田、徳川が真田へ代替

地を用意する。

北条氏政が上洛する。

掻い摘んで言うとこんなところでしょうか。

秀吉は北条氏直に大きく譲歩し沼田領の割譲と引き換え

に氏直の上洛を約束させます

長く続いた沼田領問題は秀吉によって解決されますが、

三か月後大問題が発生、いわゆる名胡桃城事件

この事件が引き金となって北条征伐が発動されます。

沼田城に入ったのは北条の中でも親秀吉と言われている

北条氏邦の家臣・猪俣邦憲です

その猪俣邦憲が名胡桃城の城代・鈴木主水を騙し城を乗

っ取ってしまいます

明らかな惣無事令違反。

そもそも沼田城の目と鼻の先に在る名胡桃城だけを何故?

真田領として秀吉は認めたのでしょうか??

秀吉の作為が感じられます

伊達・徳川⇔北条との間に楔を打つ為の時間稼ぎだったの

ではないのでしょうか??

戦国時代では名胡桃城事件のような争いは日常茶飯事です

が、天下人・秀吉が出した惣無事令に違反したのは確か。

何れこのような争いが起きると秀吉には確信があったと僕

は思っています

氏政が速やかに上洛し秀吉に謁見し形だけでも臣従してい

れば別ですが、大大名北条を潰す大義名分を秀吉に与えて

しまった北条氏政は凡庸な国主だったのでしょうね

 

ところで

個人的には裁判官・秀次が言った言葉がとても印象的でした

「譲り渡すにせよ、奪い取るにせよ、沼田城が暗に真田の城

だと認めている事にならないか?もし、沼田が北条のものだ

とすれば、取り返す、奪い返すと言うべきである。語るに落

ちるとはこの事。」

ドラマでは無能力な二代目として描かれていましたが、好人

物の片鱗を見せましたね

もし?秀次が殺されなかったなら…

豊臣家はあんなに早く滅亡しなかったと今でも確信している

僕なのです

 

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真田丸、江雪斎は有能なネゴシエーター!!

2016-05-31 | 歴史

残すは北条と伊達のみとなった秀吉による天下統一

関東の覇者北条は中々上洛に同意しません

秀吉を侮っているのか?秀吉の天下が長続きしない

と思っていたのか?

何れにしても天下の情勢を見誤った感があります

 

ドラマでは家康が氏政を説得しようとしていまし

が、現実的には有り得ない話です。

秀吉に頼まれたのなら分かりますが、家康自ら動く

となれば秀吉に不信感を与えてしまいます

「何の得にもならないが、たまには得にならない事

もしてみたくなる。」と家康が言っていましたが、

家康らしからぬ言葉ですね。

危ない橋を渡り得にならない事をするほど家康は愚

かな武将ではありません。

 

利休に「北条、潰なはれ。」と言われ北条征伐を決

めたかのような流れですが、秀吉は初めから北条征

伐を心に秘めていたと僕は思っています

秀吉は北条を潰す為の大義名分を求めていたのです

この後に起きる名胡桃城事件が正にそれ

北条は秀吉の術中に嵌ったともいえますね

ところで

北条の外交僧・板部岡江雪斎ですが…

鎌倉幕府14代執権北条高時の次男の末裔だと言われて

います

後北条とは名ばかり、北条氏と何の繋がりも無い後北

条氏に使える事になるとは皮肉なものですね

武田・上杉・徳川・豊臣との外交交渉に携わった江雪

斎ですが、後北条氏滅亡の後は秀吉に御伽衆として仕

えています

弁舌が巧みなだけではなく度胸も有り仁義を重んじ相

手の懐に入っていく交渉術は一級品だったとも伝えら

れています

有能なネゴシエーターといったところでしょうか?

そんな有能な人物だったからこそ秀吉の御伽衆として

召し出されたのでしょうね

その時の逸話があります

小田原城開城で生け捕りとなった江雪斎に戦争責任を

秀吉が詰問します。

江雪斎は「負けたのは誰のせいでもない。北条は滅ぶ

運命だった。全国の武将を相手に戦った事は北条の面

目躍如、これ以上の事は無い。遠慮なく首を刎ねよ。」

と言います。

主を全く批判しない物言い絆され「一命は助ける。今

後は豊臣に仕えよ。」と秀吉が言ったとか

豊臣が滅んだ後、江雪斎は徳川に仕え子孫は幕末まで

家名を守っています

因みに、江雪斎の姉の子供が家康の側室・万で、紀州

徳川家の祖・徳川頼宜と水戸徳川家の祖・徳川頼房を

産んでいます

御三家の内二家に江雪斎の血(北条得宗家)が潜んでい

るのです。

歴史って面白いですね




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チーズケーキ、白らら!!

2016-05-27 | グルメ

ちょっと見はザル豆腐

いや、どう見てもザル豆腐

ラップを外してもザル豆腐にしか見えませんが、かご盛り白らら(しらら)

というチーズケーキなのです

ぶどうの木・銀のぶどう社で作っているそうです

食べて驚き!!今までのチーズケーキの概念が変わります。

チーズの香りとほのかな酸味、口の中でスーット溶けてなくなります。

こんなチーズケーキは初めてです

チーズケーキであってチーズケーキではない、新しいスィーツですね


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真田丸、落首事件!!

2016-05-24 | 歴史

今の時代と違い一夫多妻が当たり前、正妻を離縁して有力者の娘を正妻

として迎い入れる事に昌幸はじめ信幸にも躊躇はなかった筈です

とはいえドラマとしては当たり前を当たり前として描く訳にはいかない様

です

ドラマでは仕方なく妻・こうを離縁する信幸ですが、真田の為とはいえ苦

渋の決断だったと思います

そんな信幸の前で「信幸がどうしてもと言うので認めたと言わんばかりの

昌幸。」

全く呆れた父親です

離縁されたこうは里へ帰ったとばかり思っていたら何と!!小松姫の侍女と

して再登場

いくら何でも有り得ません

流石というよりも驚きの三谷脚本ですね。

 

秀吉による虐殺事件、いわゆる落首事件

犯人とされる尾藤道休を含め60人以上が殺されたと言われています

現代ならネット上で匿名の書き込みに対し怒った作者が犯人を捜し報復した

といったところでしょうか??

京都ですので一揆を起こす事も出来ず目安箱も有りません。

溜まった市民のフラストレーションを吐き出す術がないのです

聚楽第の壁に落首を書いた市民感情が分からなくもありません。

 

当時、秀吉は刀狩令を発令していましたが、名目は方広寺大仏の建立です

一般市民からは嫌われた政策です。

一方で側室をたくさん持っていても中々跡取りに恵まれず、やっと懐妊した

子供が本当に秀吉の子なのか??

と市民に揶揄されてもおかしくはありません。

市民ばかり臣下の武将の殆どがそう思っていた筈です???

老境にさしかかった絶対権力者・秀吉には聞き流すだけの度量も残っていなか

ったのでしょうね

歴史上、秀吉ほど類稀な運と人並み外れた能力を兼ね備えた人物はいないと個

人的には思っています

秀吉を見るにつけ、年を重ねる怖さを感じてしまいます

ところで

信幸に離縁された(こう)は昌幸の兄・信綱の娘だと言われています。

信幸とこうは従妹という事になります。

信綱は長篠の戦いで弟の昌輝とともに戦死しますが、信綱・昌輝兄弟は中々の

人物だったとも伝えられています。

父・幸綱と真田三兄弟(昌幸は当時武藤嘉兵衛)は武田二十四将に数えられてい

たとか??

武田家臣団の中でもこのような一族はおらず新参者としては稀です

信玄がいかに真田親子の能力を高くかっていたか分かりますね



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真田丸、不思議な糸!!

2016-05-16 | Weblog

つくづく人間の欲は尽きないものですね

太政大臣として位人心を極めた秀吉が次に欲しいものは

どうやら茶々の様です

茶々が信繁に言った言葉が将来を暗示している様で意味

深でしたね。

「私と源次郎とは不思議な糸で結ばれている気がする。

離れ離れになってもあなたは必ず戻ってくる。そして私達

は同じ日に死ぬ。」

予言と言うよりは強烈な愛情表現と取れなくもありません

愛情を感じられない茶々が、愛情を取り戻した瞬間なのか

も知れません。

茶々は自分の運命を受け入れ秀吉の側室となりますが、三成

だけは胸騒ぎを覚えている様ですね

「これから殿下は何処に向かわれるのか??」と信繁に対し

呟きます。

伊達と北条が秀吉に服し天下統一となったその後…

日本の中で秀吉の欲しい物が無くなってしまいます。

三成の不安な気持ちも分からなくはありません

ところで

ドラマでは信幸との縁組に乗り気ではない忠勝ですが、小松姫

との婚姻を提案したのは本多忠勝だと言われています

武人としての忠勝は真田の武略を恐れ尊敬もしていた筈。

忠勝が溺愛していた愛娘の婿に信繁を選んだのも頷けます

小松姫は容姿端麗にして気性も非の打ちどころがなかったと伝え

られています。

そんな小松姫だからこそ真田家が幕末まで家名を保つ事が出来た

のでしょうね

この婚姻はあくまでも政略結婚です。

信幸には既に正妻がいましたが、正妻を側室にまでしてこの婚姻

を受けています。

ドラマでは…側室になった正妻をどう描くのでしょうか??

小松姫とあまりに器量に格差がある為自ら身を引いたのでしょうか??

興味が尽きません。

おそらく後世の作り話だと思いますが…

家康が婿候補を並べ小松姫に品定めをさせたと言われています。

婿候補達は家康と忠勝を恐れ髷を掴んで顔を覗き込む小松姫に対し

されるがまま状態

唯一、信幸だけが無礼な振る舞いの小松姫の手を扇で払いのけたとか

このことで小松姫が信幸との結婚を決めたと言うのですから世の中分

からないものです??

もしこの話が事実なら…

幕末まで続く真田家の命運がこの時決定した事になりますね




 

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真田丸、上洛出来なかったのです!!

2016-05-09 | 歴史

ようやく届いた信繁からの手紙

「上洛すれば大名にしてやるとの秀吉からの伝言が!!

さぞかし喜ぶと思ったら「大名の座は力で勝ち取るものだ!!

と駄々を捏ねる昌幸

その昌幸を必死で説得する信幸

三者三様の親子模様ですね

 

ようやく上洛した昌幸の前にもう一人の身内…阿国の一座に

いた姉の松。

すっかり記憶を無くしています

何とか記憶を取り戻させようと必死に昔話を始める親子です

が、中々上手くいきません

てっきり松の夫・小山田茂誠との再会で記憶を取り戻すものだ

とばかり思っていましたが、まさか!!きりの足だったとは

流石、三谷脚本です。

ところで

昌幸が上洛出来なかった一番の原因は北条です。

沼田城に固執する北条は沼田城を再三攻めています

守っていたのは昌幸の叔父・矢沢頼綱。

昌幸とすれば沼田城へ援軍を出したいところですが、徳川

の動きも気になり中々援軍を送る事が出来ません

信濃の豪族小笠原や木曾は既に上洛していますが、臨戦態

勢のさなか昌幸が戦場を離れる事など有り得ません。

ドラマでは昌幸の遺志で上洛を先延ばしにしたかの様な描

かれ方でしたが、昌幸は上洛しなかったのではなく出来な

かったのです

表面上秀吉は昌幸に対し激怒したと言われていますが、本心

は違うところにあったのでしょうね。

家康は一旦は許可された真田攻めの梯子を外され、昌幸は家

康上洛の餌に使われただけ

翌年、秀吉は建前上昌幸に恩赦を与え上洛を促しています。

全て秀吉の筋書き通り、結局、昌幸も家康も秀吉に利用され

ただけの様ですね



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真田丸、惣無事令!!

2016-05-03 | Weblog

久し振りに信繁の姉・松が登場しましたね。

行方不明になっていましたが、まさか出雲の阿国の一座にいたとは…

驚きです

どうやら記憶を無くしているようですが、果たして戻るのでしょうか??

おそらく最愛の夫・小山田茂誠が登場して記憶復活のパターンでは…

個人的には今からそのシーンが楽しみです(違うかも知れませんが?)

 

上杉の助けもなく秀吉からのお墨付きを得た徳川と戦わなければなら

なくなった昌幸ですが、ここで徳川の家臣となっていた弟・信伊から

吉報が

秀吉からの停戦命令発令

命拾いした昌幸ですが、「実は勝てないと思っていた。」と心の内をあ

かします。

「秘策がある!!」と言っていましたが、どうやらハッタリだったようで

すね。

昌幸の周りにいる人達はもう暫く昌幸に翻弄されそうです

ところで

秀吉が発した惣無事令、大名間の私闘を禁止したものですが、さすがの

家康も無視出来なかったようですね

上田征伐にあたり家康は秀吉に許可を求めてきました

後顧の憂いを無くし上田征伐に専念したかったのでしょうが、この時点

で家康は秀吉の軍門に下ったと見た方が良さそうです。

 

惣無事令は秀吉が初めてではありません

信長も甲州征伐(武田氏)の後、惣無事を発令し甲州での戦闘停止を命じ

ています。

惣無事令は秀吉の専売特許ではなく信長の二番煎じだった訳です

因みに、惣無事令違反の名目で九州征伐(島津氏)と小田原征伐(後北条氏)

が実行されていますが、島津氏は残り北条氏は滅亡しています

この差は一体何だったのでしょうか??

島津は遠隔地、北条は遠隔地とはいえ島津ほどではありません。

うがった見方をすれば…

北条の周りには徳川・上杉・佐竹・伊達などの有力武将がいます。

それらの武将達が同盟し反秀吉で結束するとしたら

秀吉にとって北条は何としても潰しておきたかった大名だったのでは…

この後に起きる名胡桃城事件が切っ掛けで北条氏は滅亡しますが、

秀吉の術中に北条が嵌った感じがしなくもありません



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真田丸、いたちごっこですね!!

2016-04-26 | 歴史

頼りにしていた上杉までもが秀吉に下り右往左往する真田ですが、

気が付けば四面楚歌状態ですね

信幸までもが、「源次郎に頼むしかない!!」と言う有様。

真田として打つ手が無いようです

馬廻衆に抜擢された信繁、秀吉の懐に入り情報収集に余念がありま

せん

「殿下は徳川に貸を作っておきたいだけ、本気で真田を潰す気は無

い、徳川が真田を攻めたら殿下が止めてくださると言い切る三成。」

そうは言っても疑心暗鬼状態の信繁ですね

 

家康に対して強硬路線で臨んでいた秀吉ですが、天正大地震が引き

金になり協調路線へと変更します

大阪は特に被害が大きく復興にかなりの時間とお金が掛かるためで

しょうね。

今も昔も自然の前で人間は為す術がありません。

家康にとっては直接対決を避ける事が出来たのでが、この時から秀

吉による家康への上洛要請が始まります

秀吉と家康は一応和睦したものの家康は中々上洛しようとしません

秀吉の妹・旭を家康の正室として差し出しますが、それでも家康は

動こうとしないのです。

家康は真田討伐を画策しますが、昌幸も指を銜えて見ていた訳では

ありません。

徳川領・佐久群へ侵攻を開始しますが、秀吉によって阻止されます

昌幸は上洛しないのではなく出来なかったのです

秀吉からすれば命令違反なのですから激怒するのも分かります。

結局秀吉は家康の真田征伐を支持し上杉景勝にも真田支援を禁止。

昌幸最大のピンチ

真田への援軍を禁止された上杉ですが、昌幸はその上杉を通して釈明。

秀吉はその釈明を受け入れ真田征伐を中止し真田問題を話し合うため

と称し家康に上洛を求めるのです

秀吉は初めから真田を潰す気は秀吉にはなかったのでしょうね。

真田は秀吉に翻弄された事になります。

流石秀吉、一筋縄ではいきません

一方の家康も、したたかさでは秀吉にひけを取りません。

屁理屈を並べ又もや上洛拒否

いたちごっこですね。

九州征伐を決定した秀吉ですが背後の安全を確保しなければならなく

ります。

ここで秀吉苦肉の策、何と生母・大政所を実質的な人質として家康の許

へ差し出す事に

何たる秀吉のしつこさでしょうか?流石の家康も降参です

 

ところで

感情を殆ど出さず笑う事も生涯で一度しかなかったと言われている遠藤

憲一演じる上杉景勝

ドラマでは信繁にだけは心を開いている様ですね

かの有名な前田慶次郎でさえ景勝の前ではふざけた態度をとらなかつた

とも言われています。

寡黙な景勝ですがどうやら衆道(ホモ)だったようですね

今の時代と違い衆道は武士の中ではマイノリティーではなく嗜みといった

ところでしょうか??

そういう意味で遠藤・景勝を見ると、何となくホモに見えなくもありませ

んよね



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真田丸、乱世の信繁、平時の信幸!!

2016-04-18 | 歴史

屁理屈をこね上洛しない昌幸

原因はまたしても沼田問題です。

真田にとっては沼田はいつも厄介な問題ですね。

信長のこともあり中々上洛に踏み切れないでいる昌幸ですが、

本能寺の変のせいでしょうか?かなりのトラウマ状態です

少ない情報で判断するのは流石の昌幸でも決断がつかないよ

うですが、それにしても大阪にいる信繁に丸投げし暫くは静

観するとは…

よほど信繁を信頼していたのでしょうかね?

信幸が不貞腐れるのも分かります

あまりにも信繁に頼り切っている昌幸に薫の一言、「息子は信

繁だけではありませんよ。」

昌幸曰く、「乱世が過ぎて世の中が落ち着いた時こそ信幸の出

番なのだ。荒れ果てた土地を再び耕し国を立て直す時こそ信幸

が役に立つのだ。あの生真面目さが役に立つのだ。」

乱世の信繁、平時の信幸といったところでしょうか??


いよいよ一日遅れで景勝と会う秀吉。

景勝が秀吉に謁見する前に信繁が秀吉と会っていた何て信繁から

言える筈がありません

しかし、謁見の場で秀吉が自ら暴露!!

秀吉は確信犯なのです

人たらしの面目躍如ですね。

 

有り得無い話ですが、検地を決定する大事な会議の場に何故か?

信繁も同席。

的外れの答えを連発する秀次に対し「升の大きさを統一すれば

良い。」と答える信繁ですが、前振りがあましたね

初対面の席で福島正則が飲んでいた升と秀吉が飲んでいた升です。

同じ一杯の酒でも量が違い過ぎます

三谷脚本ならではなのかも知れません。

因みに、秀次は言われているほど無能な人物ではありません。

明暗をつけるため仕方ない人物設定なのではないのでしょうか?

 

いよいよ窮地に陥る昌幸ですが、このままで済む筈がありませ

徳川と北条を巻き込みまたしても沼田問題がネックに。

今度ばかりは秀吉の仲裁案を断れなくなる昌幸ですが、暫くは

長い物に巻かれるしかなさそうですね



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