”三月のワルツ”by Takeo Toyama
この盤に出会ったのは、いつものごとく深夜のネット徘徊の最中の事だった。「あ。このジャケの絵は好みだな」と、そのエキゾティックにくすんだ色調の、描かれたばかりのはずなのにもう古びている、みたいなタッチに興味を惹かれた。中に封入されている音楽もさぞかし。
そのサイトでは盤の一部を試聴できる仕組みになっていたのでさっそくクリックしてみると、まさにこの絵の通りのピアノ・ソロが聞こえてきて、いっぺんで夢中になってしまったのだった。
「欧州ワルツ」「気取り屋と野暮天」「五音階の屈折率」など、収められている曲名を並べてみると、加藤和彦の「ベル・エキセントリーク」あたりの続編みたいに見えてくる。実際、時代の流れに背を向け、逆向きに世界を巡る姿勢が、あの頃の加藤の姿とダブるような気もする。
クラシックのようでそうでもなく、ジャズのようでそうでもなく。あまり接したことのないタイプのソロ・ピアノが紡いで行くのは、奇妙に歪んだ映像を映し出すセピア色の写真みたいな風景。
子供の頃、寝汗の中で見た夢に出てきたような、懐かしいのだけれどいったいどこなのか分からない街角。時の止まったその街角に響く、聴き覚えがあるのだけれど、どこで聴いたのか思い出せないメロディ。
ピアノの音に巻き起こされたモノクロの感傷は、気配だけ残して指の間をすり抜けて行く。あとに残るのは、もぬけの殻の映画の書割ばかり。
調べてみるとピアノ弾きは、いつもはさまざまなジャンルの一癖もふた癖もある人々と共に斬新な音楽を作り出している人のようだ。そちらの音楽が好きになれる音楽かどうか私には分からないのだが、このアルバムのような摩訶不思議なソロピアノの音楽世界でたまらなく懐かしい見知らぬ街角に踏み迷う快感は、また味わってみたいものと思う。続編に期待したい。
You-tubeには、このアルバムの音は残念ながらあがっていなかった。仕方がないので参考までに同じ走者の別のセッションの記録を貼っておく。