”alemtaha” by Mohamed Abdu
アラブの盟主を自らもって任ずるサウジアラビアでありますが、かの国の誇る大歌手、となればこれはますますゴージャス!というわけで、アラブ・ポップスの大物・ムハマド・アブドゥの、ちょっぴり不思議作。
なにしろ数多いアルバムのジャケ写真のほとんどではアラブの民族衣装に身を固めて、コワモテ状態でこちらを睨んでいたアブドゥが、ここではスーツに身を固め、ニッコリと微笑んでいる。これがまず不思議だ。
とは言え、アーティスト名とアルバムタイトル以外、アラビア語表記のジャケをいくら眺めても、たとえば企画盤であるとか新境地に挑んだ作品であるとかは分かりはしないんですが、なにかどこかへんてこな雰囲気漂う音の響きではある。といっても御大アブドゥのことですからね、やっぱり堂々の貫禄ではあります。
冒頭、まずは切ないストリングスの響きで始まります。アラブポップスお得意の官能的な響きのユニゾンものじゃない、アラン・ドロンとかマルチェロ・マストロヤンニとかが顔を出しそうな、昔のヨーロッパ製恋愛映画のサントラみたいなオシャレな響き。しばらくして、それに被さる切なくも俗っぽい感傷を撒き散らすムードミュージック系ピアノ。
なんかテレビドラマ”渡る世間は鬼ばかり”のテーマ曲みたいなピアノソロがストリングスのど真ん中を突っ切って行くのであります。
なんだなんだ何が始まるのだと首をかしげていると、やがてハッシとアラブの民俗打楽器が鳴り渡りまして、アブドゥの渋い声がコブシコロコロと響き渡る。これがなんか妙な取り合わせでねえ。
古きよき欧州恋愛映画の世界にアラブ遊牧民乱入、みたいな音像。しかも空耳アワー的な話ですが歌詞の中に「後ろ。後ろ後ろ」と聞こえる箇所が頻出し、夜中に聞いていると、ちょっと怖い。俺の後ろに何かいるのか?
なんて、”笑っちゃう”ってレベルまでは行かないものの、なんとなくむずがゆい気分を喚起する不思議なバラードものが気を惹く作りになっているのであります。
その間に挟まる、勇壮なコーラスを従えたアップテンポの曲はいつも通りのゴージャスな湾岸系アラブポップスなんだけど、今回に限り、それよりもやっぱり”渡鬼”風ムードピアノ大活躍の不思議なムーディ・アブドゥがちゃららっちゃっちゃらっちゃ~♪と左に受け流すバラードものに目が行ってしまう。
変な世界なんだけどね、一度聞いちゃうと妙にクセになるのさ。
これってアブドゥの新境地なんでしょうか?面白いからもっとやって欲しいような、やめといた方が良いような。アラブの人たちからの評価はどうなんでしょう?
この不思議なむずがゆさを楽しむ瞬間、ワールドもののファンになって良かったなあと思える・・・ような、妙なものにかかわりを持っちゃったなあと反省したくなるような・・・なんともいえない皮膜の間で今年も暮れて行くのでありました。