ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

落花

2012-11-29 01:35:05 | アジア

 ”FALLEN FLOWERS”by CHERRY MA

 一聴、サリー・イップの「真心真意過一生」なんて古い作品を思い出してしまったのである。まだ香港が「借り物の時間」の内にいた英領時代、サリーのあのアルバムは、中華民族のドメスティックな喜怒哀楽の只中で静かに湧き出ていた、透き通るような詩情が心を込めて歌われた、見事な作品だった。
 2010年、遥か時をおいて世に出されたチェリー嬢のこのアルバムもまた、時の狭間で人知れず咲いた野の花一輪、みたいな可憐なトキメキを持ってここにある。
 連想は、アルバムの真ん中過ぎてまさに聴かせどころのあたりに、どちらのアルバムも同じように「哭砂」という中華バラードの古典が置かれていることなどに誘発されているだろう。

 もっとも、サリー・イップのアルバムはディスコっぽいダンスナンバーも含む艶やかな出来上がりだったが、こちらは生ギターの爪弾きなどが中心となったアコースティックなサウンドのうちに繊細なバラードばかりが呟きのように歌われて行く、たいへんに静的な作りだ。静謐を歌う、なんて副題が付いていてもいいんじゃないか。
 収められている歌の素性は当方の親しく聴いているものもあり、見当もつかないものもある。いずれも、中国伝統の大衆歌謡のメロディと西洋音楽の和声感覚との交差の果てに生まれた、繊細な美しさを持つ”モダン中華ポップス”ばかり。(いや、外国曲や民謡も含まれてはいるのだが、ここまで親和してしまえば、もう同じこと?)

 どれも20世紀の中国で巷間、親しく歌われていた大衆歌謡の有名無名の佳作群から撰ばれた曲なのだろう。
 そんな、微妙なバランスでこの世にひと時だけ存在した宝石の面影が、時代遅れの幻灯機に映し出されて姿を現す。
 荒れ狂う憂き世に、過ぎ去ってしまったものだけが美しい。そんな悲しい余韻を残して、それらは儚く夜闇に消えてしまう。見送る我らを現世に残して。




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