ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

南洋中華街仏教POPS

2006-03-10 02:18:36 | アジア

 「佛曲傳心燈」by蔡可茘

 走在輪廻路上 一路要知足 
 要感謝心去付出 以歓喜心来受苦
 走在輪廻路上 一路要惜福
 用大智彗去領悟 以大慈悲来祷祝
 南無阿弥陀仏 如去如来 来去自如
 南無阿弥陀仏 願将一切衆生度
 
 ・・・え~どうでしょうか、御仏の尊い教えに心洗われましたでしょうか?このアルバムに収められている「自如」なる歌の歌詞なんですが。

 マレ-シアの中華系の人々のコミュニティに流通している、不思議な活力に溢れたロ-カル・ポップスがあります。いかにも南国らしいチャチャチャのリズムがはじける、その上に泥臭い演歌世界が炸裂したりの、なかなかにあなどれない代物であるのですが。
 中国語でも福建あたりの言葉で歌われているケースが目立つんで、日本の愛好家の中にはこれらを”福建ポップス”などと呼んだりしていますが。この世界はいずれ、語らねばならない世界なんだけど、今回はその世界でもさらに傍流の仏教ポップスに関してであります。

 福建ポップス界の人気者だった蔡可茘が1999年に出したのが、御仏の教えをしっとりと歌い上げたこのありがたいアルバム。作詞者の名も、星雲大師やら心然法師などと、なんともありがたい響きを帯びている。いや、もしかしたら本物のお経にメロディを付けてしまったのかも知れないですな。歌詞カードに並ぶ漢字を拾い読みして行くと、そんな可能性も考えられないでもない、そんな気分になってくるのですが。

 このような趣向の仏教ポップスが定番として現地に存在しているのか、いるとすれば、どのような人々にどのように支持されているのか知りたいところですが、毎度おなじみ、なんの情報もなしでありまして申し訳ない次第。

 仏教ポップスといっても辛気臭いばかりでもない、冒頭に挙げた「自如」なんか、実はカーペンターズの曲のカヴァーなんですと言われても納得してしまいそうなフォ-ク・ロック調の親しみやすいメロディであります。
 しかしそこに忍び入る、なにやら親戚の法事にでも出ている気分になる、木魚や鉦の響き・・・そんなアレンジやら、蓮の花があしらわれたジャケ写真など、やはり宗教色濃い物件であるのは確かなようで。仏教徒の端くれとしては、どことなくなんとなく、襟を正して聴かねばならぬ・・・ような気分にもなってくるのでした。

 キリスト教系のポップスなどというものは普通にあるし、歌舞音曲に厳しいイスラム圏にさえ、カッワーリーのような音楽が存在する。が、仏教世界の宗教系ポップスは、あまり語られることもなく、密かに蓮の葉の上で半眼を閉じ、アルカイックな笑みとともに歌われるばかり。なんとかこれらを体系化して語れないものかな、などと思っているのですが。