ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

日本がラテンだった頃

2006-03-18 05:14:33 | アジア

 昭和30年代風の建築物に妙に心惹かれてしまうのは何故だろうか。

 里帰りしてきた幼馴染みの友人と会い、ちょっと話をしようなんて時に行くのは、決まって喫茶店のDである。
 そこは、彼が十代に「非行少年」をやっていた頃の思い出の戦場であることもあるのだが、それ以上に、その昭和30年代におけるモダニズムがそのまま生きている、というか、まあ早い話が当時からずっと改装のなされていない店内の雰囲気が彼も私も好きだからである。

 店のど真ん中に池というかプールの如きものが設えられていて、その中に昔風の前衛彫刻、みたいな構築物が立っている。ああ、さぞかし開店当時はナウい代物だったのだろうな、と思わされる作りであり、それが時の流れの中で古びるにまかされているのは、なかなかに風情がある。

 飲み屋などでも、いい具合の物件を飲み歩きの際、偶然に足を踏み入れた路地の突き当たりに発見し、こいつは儲けた、などと嬉しくなる事もある。まあ、稀だが。

 理解できない人に、これらの魅力を語るのは難しい。だって、いい感じじゃないか。説明が必要だろうか。
 看板ひとつ取っても配色や字体が嬉しい。カウンターや飾り窓の仕様、今の感覚では「無駄」でしかない空間の使い方。その他諸々。
 昔風のモダニズムの魅力。活力に溢れていた時代の息吹が伝わってくるような。今時、見られない、あからさまなお洒落が込められていて、しかも愛らしくピント外れだ。

 その種のものを、よその町などに行った際、つい探してしまったりする。たとえばN市だったら駅裏のあの辺りに、おそらく昭和30年代に建てられ、そのままなのだろうな、と想像される飲み屋群がある。
 いい雰囲気だなあ、ひょっとして扉を開けると吉行淳之介とか遠藤周作とか安岡章太郎などの「第三の新人」たちが若かりし頃の姿のまま「ハイボール」などを飲んでいるのでは、と、訳のわからない空想をしてしまったりするのだが、ちょっと入る勇気が出ずにいる。土地勘のない町でもあり、店内の雰囲気や、そこに集まる客たちがどのような「層」の人々なのか想像がつかないからである。うっかり入ってしまってから「あ」と思っても遅い。

 というのは気の廻し過ぎで、入ってしまえばなんという事もない店なのかもしれないのだが、東北のある町に行った際、ちょうど頃合の30年代風飲み屋街を見つけビデオに撮ろうとしたら「何を探りに来た」などと因縁をつけられ、なかなか恐ろしい思いをした事もあるので、この辺はなんともいえない。

 その他、いつギターを抱えた小林旭が乱入して来ても不思議ではない、みたいな古色蒼然たるキャバレーが廃墟と化していたり、なんて風景も実に捨てがたいものがあるのだが、しかし、この種の趣味が悩ましいのは、気にいった物件を買い取って所有するわけにも行かない所である。
 時の流れとともに「物件」は続々と取り壊されて行く定めにあるのである、それはどうしたって。

 いっその事、自分の家をそのように改装してしまおうか、とも思うのだが、「新作」に「いい味」が期待出来るものかどうか。という以前に、そんな金もない。

 さっきまでメキシコの古い曲、「エストレリータ」をギターで弾く練習していたんだけど、音の飛び方がラテン特有なので、どうもうまく行かない。技術的にはなにも困難ではないのだが、暗譜する、というか曲を「手癖」として指に覚えさせるのに、てこずってしまうのだ。

 この種の古いラテンの曲というのも、「昭和30年代的風景」に良く似合うなあ。ブームだったんだろうな。私のガキの頃の思い出の町の風景にも、大々的にラテンの曲が流れていたものなあ。セレソローサとかマリアエレナとか・・・あの時代を体現すると言っていい小林旭の一連のヒット曲なども、ラテンのリズムなしには考えられないし。

 アキラと言えば、昔、私の町にあったHという喫茶店などは、非常に30年代のアキラ度、というか映画「渡り鳥シリ-ズ」度の高い物件だったので、バブルの当時に取り壊され、パチンコ屋になってしまったのは実に残念だ。

 まず店内に入ると・・・まあ、普通の喫茶店なのだが、店内に中二階部分が設けられていて、これがまるでアキラ映画に出てくる「クラブ」のノリだったのだ。
 1階席を見下ろす形で、ドーナツ形にしつらえられた2階部分は、店のオーナーだが実はギャングの親分、なんてアキラ映画の典型的登場人物が子分たちを前に策略を巡らす、なんてシーンが即戦力で撮影できる雰囲気が漂っていた。
 店の内装一つ一つも、見事に昭和30年代へのこだわりを見せ・・・じゃないな、あれは当時から店内の改装をしていないだけの事だ。

 そのうち店専属の踊り子がエッチな踊りを、当然ながらラテン・ナンバーをバックに踊り始め、(映画では、ですよ^^;)で、なぜか不意に乱闘が起こったりしますな。
 そこにギターを抱えて登場するのが渡り鳥アキラだ。そいつを認めて、薄笑いを浮かべて2階席から降りてくるのが、その時点ではギャングに用心棒として雇われている身分の宍戸錠、いや、「エースのジョー」だ。

 なんて「見立て」を楽しむために通っていたんだがなあ、喫茶Hよ。
 あの店に流れていたBGMも、当然の事ながらラテンナンバーだった・・・ような記憶があるんだけど、これは私の思い込みかなあ。