南斗屋のブログ

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侮辱罪厳罰化の影響(インターネット以外)

2022年07月10日 | 地方自治体と法律
(はじめに)
 先般の通常国会で刑法が改正され、侮辱罪が厳罰化(法定刑の上限引上げ)されました(7月7日施行)。
 改正のきっかけとなったのはインターネットでの誹謗中傷による事件でした。インターネット上での侮辱行為について、今後十全よりも検挙が多くなることは容易に予想できますが、インターネット以外での侮辱行為についての影響はどうなるでしょうか。

(影響はインターネットでの侮辱行為に留まらない)
 法務省では、今回の侮辱罪の法定刑の引き上げについてホームページ上でQ&Aを掲載しています。
その中で、「引上げの必要性」について次のように述べています。
「インターネット上の誹謗中傷が特に社会問題となっていることを契機として、誹謗中傷全般に対する非難が高まると共に、こうした誹謗中傷を抑止すべきとの国民の意識が高まっている。近時の誹謗中傷の実態への対処として、侮辱罪の法定刑を引き上げ、厳正に対処すべきとの法的評価を示し、これを抑止するとともに、悪質な侮辱行為に対して厳正に対処することが必要」
 <注目ポイント>
「インターネット上の誹謗中傷」が契機となっていると冒頭で書かれていますが、その後の記載は、インターネットに限定されていないということです。
 国民の意識が高まっているのは、「誹謗中傷全般に対する非難」であり、「誹謗中傷を抑止すべき」と書かれており、ここでは「インターネット上での」という限定はされておりません。

(侮辱罪での検挙事例)
 このことを裏付けるのが、法務省Q&Aにも引用されている「侮辱罪の事例集」です。これは侮辱罪の法定刑関係を審議した法制審議会刑事法部会の会議で配布された資料で、「令和2年中に侮辱罪のみにより第一審判決・略式命令のあった事例」というタイトルがつけられています。30事例が掲載されており、インターネット上での犯罪が多いのですが、そうでない事案が8件あります。
起きた場所に注目しましと、①集合住宅で起きたもの2件、②商業施設で起きたもの2件、③路上又は道路に面した場所で起きたもの4件、④駅で起きたもの1件です。
 侮辱行為の内容についても紹介しておきます。
ア 集合住宅で起きた事案では、「今、ほらちまたで流行りの発達障害。だから人とのコミュニケーションがちょっとできない。」と被害者に対し発言したことが侮辱罪に問われています。
イ 商業施設でおきたものでは、視覚障害者に対し、「おめえ、周りがメインのやったらうろうろするな」との発言。
ウ 路上においては、大声で「くそばばあが。死ね」との発言。
エ 駅で起きたものでは、「ご注意 ○○(被害者名) 悪質リフォーム工事業者です」などと記載した紙片1枚を貼付した行為。
 以上のような行為は、日常でも見かけそうなものですが、これらが令和2年中に侮辱罪として裁判所から認定され、刑(いずれも科料9000円)を課されています。
 これらのケースがなぜ検挙に至ったのかは、この事例集からはわからないので、どのような場合に警察が検挙しようとするのかは読み切れないのですが、侮辱罪の法定刑が引き上げられたことにより、被害者が被害を訴えれば警察は動きやすくなったことは確かです。

(現行犯での逮捕?)
 法定刑が引き上げられたことにより、現行犯逮捕の法律上の制限がなくなりました。
 法務省Q&Aでは、「現行犯逮捕について、これまでは、犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限り現行犯逮捕をすることができましたが(刑事訴訟法217条)、法定刑の引上げに伴い、その制限がなくなります。」とあるとおりです。
 インターネットでの侮辱行為は現行犯では逮捕はまず無理ですが、インターネット上以外での事案については、その場で行われていることですから、現行犯逮捕がありえます。
 現行犯逮捕が濫用されるのではないか?との点が国会で質問されたこともあり、法務省は次のような見解を示しています。
「現行犯逮捕については、逮捕時に、正当行為などの違法性を阻却する事由がないことを含めて犯罪であることが明白で、かつ、犯人も明白である場合にしか行うことができません。仮に「侮辱」に該当するとしても、表現行為という性質上、違法性を阻却する事由の存否に関して、憲法で保障される表現の自由との関係が問題となるため、現行犯逮捕時に、逮捕時の状況だけで正当行為でないことが明白とまでいえる場合は、実際上は想定されません。
 したがって、侮辱罪の法定刑の引上げにより、正当な言論活動をした者が逮捕されるといった不適切な運用につながるものではありません。」
国会では、政治家へのヤジなどは侮辱罪にあたるのではないかという点が質問されましたので、法務省は「正当な言論活動をした者が逮捕されるといった不適切な運用につながるものではありません。」と政治への言論については影響はないことを明言しています。ただ、「正当な言論活動」とは何かというのは相対的なものであり、戦前の警察・検察の検挙の仕方を見ると絶対安心とまではいえないとはいえます。
 その点をおくとしても、法務省見解からすれば、「正当な言論活動」ではないものについては現行犯逮捕がありうるような気がします。
 先ほど紹介した令和2年の侮辱罪検挙事例でも、被害者から110番通報し、警察は被疑者に対して任意同行をかけ、警察で話を聞くという対応をするでしょうが、それを拒否したりすると、現行犯逮捕をする可能性は十分あるような書きぶりです。
 
(おわりに)
 以上、インターネット以外でも今回の侮辱罪の法定刑引き上げは影響があることについて紹介しました。
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