goo blog サービス終了のお知らせ 

南斗屋のブログ

基本、月曜と木曜に更新します

橋本胖三郎『治罪法講義録 』・第15回講義

2025年05月01日 | 治罪法・裁判所構成法
橋本胖三郎『治罪法講義録 』・第15回講義
第15回講義(明治18年6月11日)

5月1日ブログアップ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第一節 被告人の死去
被告人の死去は、法律上公訴消滅の原因です。

(被告人の死去が公訴消滅となる理由)
刑罰の目的は、犯罪者に苦痛を与えてこれを懲戒し、再び悪事を働かせないようにすること、また、他の者が悪事をしようとするのを恐れ、思いとどまらせることで、法律を犯させないようにすることにあります。

犯罪者がすでに死亡している場合は、将来、再び悪事を働く心配がないので、苦痛を与えて懲戒する必要がありません。仮にその必要があっても、死者の体に苦痛を与えるのは、人がよくするものではありません。

犯罪者であったという理由で死後に刑罰を加えるとすれば、その効果は、人々を戒めるどころか、刑罰そのものを残酷なものとし、人々に嫌悪感を抱かせることになってしまいます。
以上よの理由から、被告人の死亡は公訴を消滅させるものとされています。

被告人の死が公訴消滅となる理由について次のように説く者もいます。
「被告人が死亡した後に公訴を起こす場合、その被告人は、いわゆる『死人に口なし』の状態となり、弁護の手段を持たないため、不当に罪を着せられる恐れがある。」

しかし、このような考え方は、公訴消滅の主な理由ではなく、一つの補助的な理由にすぎないと考えます。
なぜなら、「被告人には弁護の手段がない」という一点だけでは、貴重な公訴を消滅させる十分な理由とはいえないからです。

被告人の死去が公訴消滅の理由となるのは、「犯罪者を懲戒すること」や「他の者がそれに倣うのを防ぐこと」といった刑罰の目的が失われるためと考えるべきです。
━━━━
(他国の例)
死者に対して刑罰を施さないという原則は、古くローマ時代から行われています。

ローマで死者に刑罰を科したのは、以下の二つの例外的場合だけでした。
一つは「神聖を汚した場合」、もう一つは「罪を犯し、処刑を免れるために自殺した場合」です。
それ以外のケースでは、死者に対して刑罰を加えることはありませんでした。

フランスにおいても、古くから死者に刑罰を加えないことは原則でした。
ただし国王に対する罪に関しては、非常に苛酷な刑罰を科し、死体を野ざらしにすることもありました。
これは、刑罰の原則が明確に確立されていなかった時代に行われたものであり、今日の視点から見れば、野蛮な悪習と言わざるを得ません。
━━━━
(被告人の死去の法的効果)
被告人の死去は、社会における刑罰権を消滅させるだけのものなのか、それとも、犯人が行った悪事そのものも消滅させるべきなのか。これは、実際の運用においても非常に重要な問題である。

犯人の死去とともに悪事も消滅させるべきだとするならば、被告人が死亡した後は、その犯罪事実を公に語ることができなくなります。

例えば、二人で共謀して強盗を行った者がいたとしましょう。そのうちの一人が死去し、もう一人に対して公訴が提起された場合、裁判官がこの者を裁くにあたっては、二人以上で罪を犯した場合には刑罰を一等加重しなければなりません。この加重を行うには、判決文の中で共犯の事実を明確に示し、「某所において、某人と共に強盗を行った」と明記する必要があります。
しかし、もし「被告人の死去によって悪事も消滅すべきである」とするならば、判決文の中で死亡した者の名前を挙げることができなくなってしまいます。これは非常に不都合です。

よって、社会における刑罰権が消滅するのみであり、被告人が生前に行った悪事の痕跡まで消し去るべきではないと考えます。
いかに法律の力をもってしても、現実の社会に起こった事実を消し去ることはできないからです。もし無理にそれを消し去ろうとするならば、人々の記憶からその事実を奪い去らなければならないでしょうが、そのようなことはできないでしょう。

したがって、先ほどの例では、判決文の中「共に〇〇を行った」と記すことには、何の問題もないといえます。
━━━━
(被告人の死去の法的効果についての補足)
死者の悪事を公に語ることができなくなると、社会の公益を損ない、真実の歴史を記すことができなくなってしまいます。
また、一個人の私的な利益を害することにもなります。民事訴訟の原告が、死者の悪事を公にすることができないとすると、それによって事実を証明する手段を失い、最終的に損害賠償の請求すらできなくなるといった事態が起こりうるからです。

この点、次のような反論も考えられます。
「共犯者の一人が死亡した場合に、その死者の悪事を公にすることを許せば、その者が冤罪だったとしても、弁明することができず、結果として死者の名誉を著しく損なうことになる」

しかし、死者の名誉を損なうことがあったとしても、生者の権利は必ず保護されなければならないのです。

━━━━
(被告人が死去した場合の手続き)
被告人が死去した場合、それが起訴前であっても、裁判の言い渡し後であっても、上訴中であっても、あるいは上訴期限内であっても、いずれの場合でも公訴は消滅します。このような場合には、刑事裁判上の手続きはすべて無効となります。

では、一度起訴された後、審理中または上訴中に被告人が死亡した場合には、どのような手続きが妥当でしょうか。

この場合、裁判所は判決を言い渡すことなく、ただちにその事件を放棄するべきです。

もっとも、民事訴訟の原告がいる場合には、治罪法の規則に従い、適切な処分を行わなければなりません。

フランスでも、被告人が死亡した場合には何らの判決も言い渡さないことが原則です。
上訴中に被告人が死亡した場合には、大審院(最高裁判所)は単にその書類を原裁判所に還付するのみであり、判決を言い渡さないのが通例です。

━━━━
(没収対象の物件について)
被告人が死亡した場合、身体刑はもちろんのこと、罰金であっても科すことはできません。

しかし、差し押さえられた没収対象の物件については議論があります。

阿片やその吸引器具のように、法律上の応禁物(禁止されている物品)を所持することは刑法によって罰せられる行為です。

では、これらの物品を所有していた被告人が死亡した場合、それらを没収して良いでしょうか。また、例えば、偽造証書、偽造印章、偽造貨幣などがすでに差し押さえられた後に被告人が死亡した場合、これらをどのようにすべきでしょうか。

被告人の死去によって、主刑が消滅すればその付加刑も消滅すべきです。没収は付加刑の一種ですので、没収は言い渡すことはできないとも考えられます。
しかし、これらの物品を被告人の遺族に引き渡し、没収しないとすれば、社会的な利害の観点からは新たな害悪を生じる危険があることは否定できず、社会の利益になるとは言えません。
場合によっては、これらの物品の引き渡しによって、死者の遺族が不正な利益を得ることになる可能性もあります。

フランスの法学者オルトラン氏は「このような場合には、検察官の請求によって没収を言い渡すべきである」と述べています。

様々な考えがありますが、私はこの説を支持します。所有者のいない物品は政府の所有に帰するという原則がありますので、それを国庫に没収することは、決して不当ではありません。
その物品が応禁物(法律で禁止されているもの)でない場合で、被害者が明確であるときは、それを被害者に引き渡すべきであることは、言うまでもありません。
しかし、被害者が誰であるかが明らかでない場合は、これを拒む正当な所有者がいないのでふから、行政的な処分によってその物品を国庫に納めることは、不適当とは言えません。


━━━━
(共犯者への措置)
被告人の死去により消滅するのは、あくまでその本人に対する公訴のみです。共犯者に対しては一切影響を及ぼしません。したがって、正犯者が死亡したとしても、従犯者に対して公訴を提起することには何の支障もありません。

フランスでは、この原則に一つの例外を設けており、それは姦罪に関するものです。姦婦が死亡した場合には訴えを受理しません。この措置は、おそらく死者の名誉を保護することを目的としたものでしょう。

以上で、被告人の死去に関する説明を終えます。次いで、第二節へ移ります。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第二節 確定裁判

確定裁判の効力は極めて強大です。法格言にも、「裁判によって確定したものは、その効力が真実の事実よりも強い」とあります。したがって、一度裁判を経て確定した以上、これを軽々しく覆すことは許されません。

有名な 「一事不再理」(同じ事件について二度裁判を行わない)という原則は、各国の文化の発展度合いによって適用範囲に差があるとはいえ、ほぼ全世界で実施されています。
このことからも分かるように、確定裁判に関する制度が国家にとって必要不可欠であることは、改めて詳しく説明するまでもありません。

この講義では、刑事確定裁判の効力について、次の三つの項目に分けて説明します。

第1. 確定裁判の性質
第2. 確定裁判を成立させるための要件
第3. 公訴権を阻止する裁判の種類

この順序に従って説明します。
━━━━
第一 確定裁判の性質

「一事不再理」 の原則は、その起源を古代ローマ法に発し、次第に世界各国へ広まり、今日に至っています。

(ローマにおける確定裁判の原則)
ユルビアン氏の説によれば、ローマにおいては確定裁判の原則に大きな制限が加えられていた といいます。その例として、次のような場合が挙げられています。

1. 刑事原告人と被告人が結託し、証拠を隠滅して無罪判決を得たが、その事実が後に発覚した場合。
2. 以前、ある刑事原告人が訴えを起こし判決が下されたが、判決後に重大な利害関係を持つ被害者が、自分以外の者が訴えていたことを知らず、新たに訴えを起こした場合。

このように、ローマ法においては確定裁判の原則に一定の例外が設けられていました。

━━━━
(「一事不再理」 の原則の重要性)
「一事不再理」 の原則は、法律が十分に発展していない国においては、しばしば他の要因によって妨げられることがありますが、この原則は 天理に基づき、社会構成の基礎を成すものです。
なぜなら、人民の権利と幸福を守る上で、確定裁判に勝るものはないからです。この原則が存在しなければ、人々は 一日たりとも安心して生活することができません。今日、自分の権利が認められたとしても、明日にはそれが覆されるかもしれず、また、今日勝訴しても、翌日には敗訴となる可能性があるからです。

確定裁判の効力がたびたび覆されてしまうと、人々は裁判を信頼しなくなり、最終的には裁判にとって最も重要な尊厳と威信を失うことになります。

この点から考えても、確定裁判の原則は、民事・刑事を問わず、社会に不可欠です。英仏両国がこの原則を憲法に明記しているのも、このような理由によります。
各国の憲法において、この原則が主に刑事裁判に関するものとして規定されているのは、刑事事件において特にその必要性が高いためです。

わが国においても、「治罪法」第九条および第二百六十一条において、この原則が明示されています。


━━━━

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 千葉地裁が一審の大審院判決 ... | トップ | 文政13年4月下旬・色川三中「... »
最新の画像もっと見る