千葉地裁が一審の大審院判決 大審院明治30年3月22日判決
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監守盗等の件
大審院刑事判決録(刑録)3輯3巻54頁
明治30年第171号
明治30年3月22日 宣告
◎判決要旨
郡書記は郡長の命令を受けて庶務を担当する者であり、金銭の出納の事務は庶務の一部に含まれる。したがって、郡書記が担当することを命じられた事務に関する金銭については、法律上、監守の責任を負う。
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第一審 千葉地方裁判所八日市塲支部
第二審 東京控訴院
被告人 白石重兵衛
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右の監守盗・私印盗用・私書偽造行使被告事件について、明治30年2月17日に東京控訴院で判決が言渡された。被告はこれを不服として上告した。
大審院においては、刑事訴訟法第283条に定められた手続きを履行し、次のように審判する。
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(上告趣意第一点について)
上告趣意第一点は次のとおりである。
一般に、各官庁の金銭出納は会計法及び同規則によって出納官吏を設置し、その者に監守の責任を負わせるものであり、出納官吏でない者には監守の責任はない。
香取郡役所においては、郡長が不在の場合を除き、通常は郡長が知事の特命を受けて出納官吏となる。しかし、被告はこれまで出納官吏としての任命を受けたことがないのであるから、金員に関する監守の責任がないことは明らかである。
原院(控訴院)は、被告が実際にこの事務を取り扱ったことをもって、直ちに出納官吏と見なしたか、あるいは郡長が郡書記に出納官吏を命じることができると判断し、被告が郡長の命を受けて事務を担当したと認定したため、出納官吏としての職責があるとしたのか、判決文にはこの点についての明確な記載がない。
出納官吏を任命する権限は知事に属しており、郡長といえども知事の命令なしに出納官吏としての職責を持つことはない。また、郡長が出納官吏としての任命を受けていた場合であっても、その分任官吏を他人に命じることはできない。そして、郡書記の職務については、地方官官制により、郡書記は郡長の命を受けて庶務に従事するものと定められている。したがって、郡長が不在の場合などやむを得ない事情がない限り、郡書記に出納官吏を特命していないのである。
被告はこれまで出納官吏としての任命を受けたことがないから、本件金銭に関して監守の責任を負わない。それにもかかわらず、判決文には法律上の責任の有無が明示されておらず、さらに監守盗罪が成立しないにもかかわらず刑法第289条を適用して処罰したのは不法である。
〈大審院の判断〉
地方官官制第四十八条には、「郡書記は郡長の命令を受けて庶務に従事する」と規定されている。この「庶務」とは、郡役所で取り扱うべき諸般の事務を指すものであるから、金銭の出納業務も当然にその中に含まれる。したがって、本件における徴発に関する金銭の出納業務も、郡長がその担当を郡書記に命じる権限を持つ。
原院(控訴院)では、被告が千葉県香取郡の書記として勤務していた際に、郡長である行方豊太郎の命を受け、馬匹徴発の業務を担当し、買い上げた馬の代金をその所有者に支払う業務を管掌していた事実を認定しているのだから、被告がその馬匹買上代金に対して監守の責任を負うのは、当然である。したがって、原判決が監守の責任の有無を明示していないとする主張は失当であり、刑法第二百八十九条を適用して処断したことは、妥当な判断である。
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(上告趣意第二点について)
上告趣意第二点は次のとおりである。
告発人および被害者は、刑事訴訟法第123条において証人となることが許されないのであるから
、予審においてこれらの者を証人として取り調べた調書は違法であり、原審においてこれを証言としての効力があるものとし、断罪の資料としたのは不法である。
〈大審院の判断〉
法律上、告発人や被害者を証人とすることを許さない規定は存在しない。したがって、原院(控訴院)においてこれらの者を証人として取り調べ、その予審調書を証言としての効力があるものとし、断罪の資料としたことは、決して違法ではない。
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(上告趣意第三点について)
上告趣意第三点は次のとおりである。
原院(控訴院)において、被告が各馬匹所有者の印影を盗用したと認定された。しかし、馬匹代金の授受は各馬主ごとに個別に行われており、そのやり取りを知る者は他にいないため、実際に盗用があったのかどうかは、馬主と被告との間の水掛論にならざるを得ない。
それにもかかわらず、各馬主の証言が口頭のみであり、証拠となる書類が存在しないにもかかわらず、それをもとに被告に犯罪があったと断定したのは不法である。
〈大審院の判断〉
事実の認定や証拠の採否は、原審裁判官の権限に属するものであるから、上告理由にはあたらない。
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(上告拡張論旨の第一点及び第二点について)
上告拡張論旨の第一点は、上告趣旨を反復し敷衍しているに過ぎず、上告趣旨に対する説明以上のものを要しない。
上告拡張論旨の第二点は、被告が偽造・行使したと認定された馬代金受取書は、権利や義務に関するものではないため、刑法第210条第1項を適用した原判決は不法である、という主張である。
〈大審院の判断〉
しかし、金銭の受取書のような書類は、権利義務に関する証書であることは明らかである。したがって、原院(控訴院)が刑法第210条第1項を適用し、処断したのは妥当である。
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(結論)
以上の理由により、刑事訴訟法第285条に基づき、本件上告を棄却する。
明治30年3月22日、大審院第一刑事部公廷において、検事・岩田武儀立ち会いのもと、この判決を宣告する。
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〈原文〉
監守盜等ノ件
大審院刑事判決録(刑録)3輯3巻54頁
明治三十年第一七一號
明治三十年三月二十二日宣告
◎判决要旨
郡書記ハ郡長ノ命ヲ受ケ庶務ニ從事スヘキモノニシテ金錢出納ノ事務ハ庶務ノ一部ニ屬ス從テ其擔任ヲ命セラレタル事務ニ關スル金錢ニ對シテハ法律上監守ノ責任ヲ有ス
第一審 千葉地方裁判所八日市塲支部
第二審 東京控訴院
被告人 白石重兵衛
右監守盜私印盜用私書僞造行使被告事件ニ付明治三十年二月十七日東京控訴院ニ於テ言渡シタル判决ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ
大審院ニ於テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ審判スルコト左ノ如シ
上告趣意第一點ノ要領ハ凡ソ各官廳ノ金錢出納ハ會計法及ヒ同規則ニ依リ出納官吏ヲ置キ以テ監守ノ責ヲ負ハシムルモノナレハ此出納官吏ニ非サレハ監守ノ責任ナシ而シテ香取郡役所ハ郡長闕員ノ塲合ハ格別通常ノ塲合ニ在テハ郡長ニ於テ知事ノ特命ヲ受ケテ出納官吏トナレリ故ニ被告ハ曾テ出納官吏タルノ命ヲ受ケタルコトナキヲ以テ金員監守ノ責任ナキヤ勿論ナリ然ルニ原院ハ被告カ此事務ヲ取扱ヒタルニ付直チニ出納官吏ト爲シタルカ或ハ郡長ハ郡書記ニ出納官吏ヲ命スルコトヲ得ルト爲シタルヨリ乃チ被告カ郡長ノ命ヲ受ケ此事務ヲ取扱ヒタリト認メタルニ因リ隨テ出納官吏ノ職責アル者ト爲シタル乎判文ニ之ヲ明示セス抑出納官吏ヲ命スルハ知事ノ職權ニ屬シ郡長ト雖モ知事ノ命ナキ以上ハ此職責アルコトナク又郡長ニシテ出納官吏タルノ命ヲ受ケタル者ト雖モ其分任官吏ヲ他人ニ命スルコトヲ得サルナリ而シテ郡書記ノ職掌ハ地方官々制ニ依ルニ郡書記ハ郡長ノ命ヲ受ケ庶務ニ從事ストアリ故ニ郡長闕員ノ如キ止ムヲ得サル塲合ノ外郡書記ニ出納官吏ヲ特命セサルナリ云々要スルニ被告ハ曾テ出納官吏タルノ命ヲ受ケサルヲ以テ隨テ本案ノ金員ニ付監守ノ責任ナキ者ナリ然ルニ法律上其責任アルヤ否ヤヲ判文ニ明示セス且監守盜罪ヲ構成セサルモノニ對シ刑法第二百八十九條ヲ適用シ處斷シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ
◎地方官々制第四十八條ニ郡書記ハ郡長ノ命ヲ受ケ庶務ニ從事ストアリテ庶務トハ即チ郡役所ニ於テ取扱フ可キ諸般ノ事務ヲ指シタルモノナレハ金錢出納ノ事務ノ如キモ亦此中ニ包含スルモノナリ然ラハ則本案ノ徴發ニ關スル金錢出納ノ事務ト雖モ郡長ニ於テ其擔任ヲ郡書記ニ命スルノ職權アルコト勿論ナルヲ以テ原院ニ於テ被告ハ千葉縣香取郡書記奉職中郡長行方豐太郎ノ命ヲ受ケ馬匹徴發ノ事務ヲ擔任シ馬匹ノ買上代金ヲ其持主ニ下付ス可キコトヲ管掌シタリトノ事實ヲ認メタル上ハ右馬匹買上代金ニ付被告ニ監守ノ責アルコト固ヨリ論ヲ俟タサルナリ故ニ原判文ニ監守ノ責アルヤ否ヤヲ適示セスト云フコトヲ得ス隨テ刑法第二百八十九條ヲ適用シ以テ處斷シタルハ相當ノ判决ナリトス
同第二點ハ告發人及ヒ被害者ハ刑事訴訟法第百二十三條ニ於テ證人タルコトヲ許サヽルモノナレハ豫審ニ於テ右等ノ者ヲ證人トシテ取調ヘタル調書ハ違法ナルニ原院ニ於テ之ヲ證言ノ効アルモノトシテ斷罪ノ資料ニ供シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ
◎法律上告發人又ハ被害者ヲ證人ト爲スコトヲ許サヽルノ規定アルコトナシ故ニ原院ニ於テ右等ノ者ヲ證人トシテ取調ヘタル豫審調書ヲ證言ノ効アルモノトシテ斷罪ノ資料ニ供シタルハ决シテ違法ニアラサルナリ
同第三點ハ原院ニ於テ被告カ各馬匹主ノ印影ヲ盜用シタリト認メタレトモ馬匹代金ノ授受ハ馬主一名毎ニ之ヲ爲シタルモノニシテ他ニ此授受ヲ知ル者ナケレハ果シテ盜用シタルヤ否ヤ馬主ノ一名ト被告トノ間ニ在テ水掛論タルヲ免カレス云々然ルニ各馬主等カ口頭無證ノ供述ニ成リタル書類ヲ採リ以テ被告ニ犯罪アリト斷定シタルハ不法ナリト云フニ在テ
◎原承審官ノ職權ニ存スル事實ノ認定及ヒ採證ノ當否ヲ論難スルニ過キサレハ上告ノ理由トナル可キモノニアラス
同擴張論旨ノ第一點ハ上告趣旨ヲ反覆敷衍スルニ過キサレハ上告趣旨ニ對スル説明ニ依テ了解ス可シ
同第二點ハ被告カ僞造行使シタリト認メタル馬代金受取書ハ權利義務ニ關スルモノニアラサルニ刑法第二百十條第一項ヲ適用シタル原判决ハ不法ナリト云フニ在レトモ◎金錢受取書ノ如キハ權利義務ニ關スル證書ナルコト勿論ナレハ原院カ刑法第二百十條第一項ヲ適用處斷セシハ相當ナリトス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本案ノ上告ハ之ヲ棄却ス
明治三十年三月二十二日大審院第一刑事部公廷ニ於テ檢事岩田武儀立會宣告ス